十.連合結成 
 
 
  酸棗(さんそう)に反董の旗を掲げる十数人の群雄・諸侯が集結した。 
  その陣容は、賛同を呼びかけた曹操や名門・遠家の筆頭、渤海太守の遠紹をはじめ、幽州牧・劉虞(りゅうぐ)、荊
 州牧(けいしゅうぼく)・劉表、豫州刺史(よしゅうしし)・孔ちゅう、えん州刺史・劉岱(りゅうたい)、河内太守
 (かだいたいしゅ)・王匡(おうきょう)、陳留太守(ちんりゅうたいしゅ)・張ばく、東郡太守(とうぐんたいしゅ)・橋瑁
 (きょうぼう)、山陽太守(さんようたいしゅ)・遠遺(えんい)、済北(さいほく)の相・鮑信(ほうしん)ら、そうそうた
 る顔ぶれであった。 
  その軍容は、十万とも二十万とも聞こえ、その報に董卓配下の将達は、恐々とする。 
  そして、その一大軍隊に北平の太守・公孫さんが弟弟子、劉備を伴って合流するのであった。 
  遠術と孫堅の姿はここにはなかったが、別行動をとるという知らせがあり、その陣容には一分の隙も見られなかっ
 た。 
  公孫さんに伴われて、連合軍の人幕に入ると早速、椅子が用意されるが、劉備はやんわりと断り、座った公孫さん
 の後ろについた。 
  その時、曹操と目が合い、互いに目礼をする。 
  その刹那、曹操は壇上に上がり集まった諸侯を前にして、高らかに宣言するのであった。 
  「ここに集まった憂国の士、その心を一つにしすれば悪逆・董卓の野望も潰えることをここに誓う。」 
  曹操の宣言の後に、群雄達の間からざわめきの声が聞こえ出した。 
  宣言、そのものに文句はないが、あたかも自分がこの連合を率いる。そのようにも取れると感じたのだろう。 
  ここに集まった諸侯は、中央の官吏として、その手勢は、万を越える軍を引き連れてきた連中ばかりだ。 
  それに引き替え、曹操は官職を辞しており、その手勢は、わずかに五千に届く程度である。 
  諸侯の言葉を代弁すれば、そんなやつの下につけるか、と言ったところか・・・ 
  劉備は、そのざわめきに、『器量の狭い連中だ。』と、思わざるを得なかった。 
  その空気を感じた公孫さんは、劉備を顧みて目で控えろと合図を送る。 
  その行為に苦笑いをすると、手を前に出して頷いた。 
  不穏な空気の中、再び、曹操が口を開く。 
  「私の今の言葉は、都で董卓の暴政に怯える天子様のお言葉を代弁したものである。私意からではない。」 
  その言葉に諸侯のざわめきが一瞬、止まる。そこで、遠紹が曹操の脇から登場した。 
  「孟徳、そのようなことは言わずとも、みな分かっていることだ。ここに集まった諸侯に私心はない。」 
  曹操の言葉がざわめきを止めたのならば、遠紹の言葉は諸侯を落ち着かせた。 
  その中、劉備は曹操の気苦労に軽い同情を覚えるのであった。 
  恐らく、最初の発言は、遠紹と示し合わせてのことだろう。 
  諸侯の意志を代弁し、信頼を得た遠紹がこれで盟主となるのに異存はなくなった。 
  そして、曹操はわざと遠紹に諭される場面を作り、立場を明らかにしたのだ。 
  「それは私にも十分分かっている。しかし、これだけの人間が集まれば、私心なくとも束ねる者がいなければ、目
 的は達せられまい。・・・そこで、私の一意見を聞いてもらえるのならば、この遠紹本初を反董卓連合の盟主とした
 いのだが、いかがか?」 
  『いかがが?』と、問われても、遠紹の名が出る前であれば、名乗り出る人物もいたかもしれないが、名が上がり、
 壇上に立つ遠紹を引き下ろしてまで、前に進み出る人物はいなかった。 
  案の定、他に名乗り出る人物はなく、この連合軍の総大将は遠紹が務めることになった。 
  総大将襲名の儀として、遠紹が壇上で演説する姿を見て、劉備は出来の悪い三文芝居だと思った。 
  が、いずれにせよ早い段階で大将を決めておかないと、こういう多軍が入り交じった集団は収集がつかなくなる。 
  人選的にも妥当であれば、言うことは何もない。 
  もっとも、今の劉備には発言の権利などなかったが・・・ 
  正直に言えば、曹操を総大将に推すと言いたかったが、それは曹操にとっても劉備にとっても時期尚早というもの
 だろう。 
  劉備は、何故かこれ以上、遠紹の演説を聞く気にもなれず、人に気付かれぬように、そっと人幕の外に出るのであ
 った。 
  時が経つのは早く、既に夕暮れ時で、表に出た劉備の目に飛び込んできたのは、沈む間際にひときわ大きく膨張し
 た夕日であった。 
  以前もこんな夕日を見たことがある。 
  廬植先生のもとから、故郷に帰る途中に一人で見た風景とそっくりなのだ。 
  そう思った劉備に、関羽と張飛が声をかけてきた。 
  「長兄。もう、終わったのですか?」 
  「いや。まだ、遠紹の演説中だよ。」 
  「何だ。やっぱり、遠紹の野郎が総大将かよ。」 
  張飛は、仲間内と賭でもしていたのか、それだけ言うと舌を鳴らして、どこかに消えていった。 
  その後ろ姿に劉備と関羽は苦笑いを浮かべる。 
  その時、劉備は思った。 
  あの時は、一人だったが、今は違う。 
  関羽や張飛。 
  そして、簡雍をはじめとした、その他の仲間達がいる。 
  黄巾の乱で名を馳せた。 
  今回の董卓討伐では、その名を高め、夕日に誓った言葉を実現させる。 
  劉備は静かにそう思った。 
  そう・・静かに・・・ 
  そうしなければ、高鳴る自分を押さえきれない。 
  そんな気分の高揚が自分の中にあった。 
  それは、劉備にしては珍しく、董卓との対決に際して気負っている証拠であった。 
  それほど、董卓は強敵なのだ。 
  先ほどの総大将の件も人選的には、遠紹でまったく問題がないはずだ。 
  しかし、相手が強敵・董卓であるという警戒から、曹操の方が望ましいと感じたのだろう。 
  何とか客観的に自分を見つめ直すことができた劉備は、落ち着きを取り戻そうと関羽の供を断って、一人で散策に
 出る。 
  日もその半分が沈み、夜の帷(とばり)が降りようか。そんな頃である。 
  暫く歩くと、手頃な石があり、劉備はその石に腰をかける。 
  ふと肩の力を抜くと、そのまま両手を地につけて、後ろに軽く反る感じで上体を支える。 
  丁度、空を見上げることになり、うす空に一番星を見つけた。 
  「おっ。好いもん、みっけ。」 
  「何を見つけたんだ。」 
  劉備に不意に声をかけてきたのは、曹操であった。 
  「人幕から不機嫌そうに出て行ったので、驚いたぞ。」 
  「不機嫌そう?」 
  劉備には、そんな気は全くなかったが、先ほどと同じ理由で、僅かながらもそのような表情が出てしまったのだろ
 う。 
  目聡い、曹操だからこそ気付いたのだ。 
  「そうか、そんな顔してたのか。おいらは。」 
  ポツリと劉備が呟くと、反っていた上体をそのまま倒し、仰向けなって横になった。 
  「なあ。曹操孟徳と言えども、怖いと思ったことはあるかい?」 
  「董卓のことか?」 
  返事はないが、答えは決まっている。 
  すると曹操は劉備の返事を待つではなく、その横に立ち、そのまま腰を下ろした。 
  「正直に言えば、私も董卓は怖い。」 
  「でも、あんたが発した言葉で、これだけの大軍が集まった。・・・強いよ。」 
  その言葉に曹操が夜空を見上げる。 
  「強くはない。・・・強くはないから、人を集めた。」 
  その後、交わす言葉を失った二人は、黙り込んだまま時が流れるのに身を任せた。 
  二人の頭上を星が流れる。 
  言葉を失った二人だが、心まで失ったわけではない。 
  どちらからともなく立ち上がると、かけ合った言葉は一緒であった。 
  「天使様をお救いし・・」 
  「・・・董卓を必ず倒そう。」 
  劉備と曹操が手を握り合う。 
  ここにたった今、規模は小さいながらも、真に信頼しあえる反董卓連合が結成されたのだった。 
  「へへ。おいら達にしては、らしくなく気弱になっていたね。」 
  「ああ。だが、君は不思議と人に勇気を与えるようだ。その途方もない人気(じんき)をこの連合にも与えてくれ。」
  「そして、ここの癖のある連中の舵取りをできるのは、曹操殿。あんたしかいない。」 
  握り合うの二人の手の力が一層強くなる。 
  お互いの笑みが交錯し合うと手を離し、同じ方向に向かって歩き出した。 
  「やるって決めた以上、おいらの隊は、一番厳しいところに配置してくれ。」 
  「そうなると、孫堅殿の応援になるが。」 
  曹操の言葉に、劉備が思い出したようにハッとした。 
  あの怖い董卓に、孫堅文台はたった一人、いや遠術というお荷物を背負って、立ち向かうのだ。 
  こんな所で、愚痴っぽいことを言っている場合ではない。 
  「分かった。喜んでいくよ。」 
  劉備の背中に充実した気が満ちていく。 
  曹操は、その背中を頼もしく見つめるのであった。  
 

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