八.桃園結義 
  

  劉備、関羽、張飛の三人が出会ってから寒い冬を越し、いよいよ暖かい春の季節が訪れた。そして、今は、満開に
 なった桃園で三人は再び顔を合わせる。 
  今まで遠く離れていようと過去に言葉を交わしたのが一瞬であっても三人の思いは変わらなかった。 
  「劉備殿、御健勝で何よりでした。」 
  「いや、おいらのことより、三人がこうして、又、会えたことの方が大事だよ。」 
  「そうだぜ。関兄。」 
  張飛がそう言うと関羽の肩を叩いた。関羽は何事もなかったように頷く。 
  しかし、劉備には一つの疑問が残った。 
  「おい、劉備殿が不思議がっている。説明した方が良いんじゃないかい。」 
  「そうだな。実は、劉備殿がここに来られる前に私と張飛が先に着きまして、二人で話してみたところ、これから、
 世に出るに当たって、劉備殿を主君と仰ぎ生涯付き従っていくということで一致しました。」 
  「まあ、それでより団結力を強める意味で俺と関兄が義兄弟の契りを結んだってわけさ。」 
  二人の話を聞いて、やっと得心した劉備であったが、彼の口から、又、新たな提案が出された。 
  「そいつはありがたいがおいら自身、まだ、自分の力というのが分からない。二人を上手くまとめることができる
 かどうか。・・・で、どうだろう。その主君だ何だってのはやめて、おいらも義兄弟の中に入れてくれねぇかい。」 
  二人は、この提案に難色を示したが、それで劉備が納得するのならと了解した。但し、あくまでも劉備を主君と仰
 ぐということとそれと関係し、劉備を長兄とすることを条件とした。
  が、劉備も人をまとめていく以上、誰かが中心にならなければならぬとは思うが主君や長兄の件は、年長者の関羽 
 が適任と主張する。 
  三人の会話に出口がなくなりそうになり、堂々巡りとなったところで一人の男が声を掛けてきた。 
  「それじゃ、私が決めて差し上げましょうか。」 
  「誰だ。てめぇ。」 
  若干、苛つきだした張飛が男を睨み付ける。しかし、その男は平然としたものであった。 
  劉備は、この突然現れた男に見覚えがあったが、なかなか思い出せない。 
  「御三方の後ろに見事な桃の木がございます。その木を触った位置で兄弟順を決めるというのは。勿論、その中で
 長兄が主ということですか。」 
  「何言ってやがんだ。この野郎。」 
  「待て、張飛。劉備殿、お知り合いですか?」
  「うん。今、思い出している。」 
  劉備は、ジッと男の表情を伺う。もう、少しで思い出せそうなのだが、今はまだ駄目なようだ。 
  「面白い。では、取り敢えず、貴公の話に乗ってみようではないか。」 
  「何でだよ。」 
  「従う従わないは後から決めよう。ほら、張飛、お主からだ。」 
  関羽に説得され、張飛は納得いかないながらも言うことを聞くことにし、腹立たしさを紛らわすように目一杯飛ん
 で、桃の木の枝を掴んだ。 
  続いて、関羽も飛んで桃の木に触れたが張飛よりも若干、下の位置であった。 
  そして、最後に劉備の番である。 
  「劉備殿。この謎を解き、木のどの位置に触れるかによっては、私も貴方に一生付いていきたいと思います。」
  「ああ、分かってる。つまり、決心しろってことだろ。」 
  この返事に男は満面の笑みを浮かべた。そして、劉備は、木の前に立つとしゃがみ込み、木の根元に触れる。 
  「これでいいんだろ。出てきたらどうだい。張世平さん。」 
  「はっはっはっ。ばれておりましたか。劉備殿。」 
  豪快な笑い声とともに恰幅(かっぷく)の良い男が現れ、その後に料理やら酒やらを持った侍女が現れた。 
  「ああ、やっと思い出したよ。糜家の姉妹を送ったとき、門前にこの男が立っていたのを。名は確か・・・・」
  「簡雍(かんよう)と言います。」 
  「そう、簡雍憲和(けんわ)だ。」 
  一度だけ会い、しかも一言も言葉を交わしていない人間の字まで覚えているとは、簡雍は、いたく劉備に敬服した。 
  張飛は、突然現れた男や娘達。又、あっという間に宴席が設けられた展開に着いていけず、その場に立ちつくすだ
 けであった。 
  一方、関羽は、先程の謎という言葉が気になり、簡雍に問いただす。 
  「で、先程、貴公が言っていた謎とは何のことか。」 
  「ああ、それはこういうことです。木というのは大地から生え、先へ先へと伸びていくもの。つまり、枝は若く、
 根は古いということです。」 
  「なるほど。では、根元を触られた劉備殿が古い、つまり長兄。一番高い枝を触った張飛が若い末弟。そして、私
 が真ん中の次兄というわけか。」 
  「はい。しかも劉備殿は、それを分かっていながら、敢えて木の根元を触られました。つまり、我々の上に立って
 下さるということを決心されたのです。」 
  「おおお。」 
  関羽、張飛の口から感嘆の声が洩れた。 
  「へっ、柄じゃねぇかもしれねぇが、そういうことだ。」 
  劉備が少し照れながら、そう言った。 
  「では、宴席の準備も間もなく終わります。皆さん、席に着かれてはどうですか。」 
  張世平が手を叩いて、みんなを促した。それぞれに侍女から酒の入った杯が間つなぎとして渡される。 
  「しかし、張世平さん。何でここにいるんだい?」 
  「ああ、私ですか。実は、糜家の姉妹からあなた方のことを聞きまして、まあ、感動したといいますか・・・」
  「嘘だね。商人はそんな事じゃ動かねぇよ。」 
  「はっはっはっ。」 
  劉備にぴしゃりと断言されて、張世平は豪快に笑い出した。 
  「いや、本当のところは商人の勘ですよ。あなた方に今、投資をしておけば後々、何倍にもなって返ってくるって
 ね。」 
  「つもり、商人の勘とやらは、我々が成功すると言っているわけですな。」 
  「おお、そいつは良いじゃねぇか。」 
  関羽と張飛は、張世平の言葉に喜んだ。 
  「それとこいつは私と遠縁の者なのですが、どうか家臣の末席に加えてはいただけないでしょうか。」 
  そう言われた簡雍は、前に進み出て深々と頭を下げる。勿論、劉備には異存もなく、二つ返事で了解した。 
  劉備の返事を聞くと簡雍は、喜びながら宴席の裏方に回り、炊事の手伝いを始める。簡雍の指示が的確なのか、宴
 席は瞬く間に出来上がった。 
  劉備、関羽、張飛の三名が用意された席にそれぞれ座り、花香る桃園にて誓いの宴が始まった。 
  そして、杯も一巡しほろ酔い加減になったところで、張飛が劉備、関羽を促して、三人が宴席の中央に集まる。 
  「長兄、関兄。俺達、義兄弟の契りを天地に誓おうぜ。」 
  「うむ。そうだな。」 
  関羽と張飛は、腰に帯びていた剣を天に掲げる。劉備もそれに倣った。 
  「天地に誓う。我ら三名、」
  「待った。四人にしてくれ。」 
  関羽が一声を上げたが、劉備が途中で切り簡雍を手招きした。簡雍は突然の指名に畏れ多いと固辞するが、劉備に
 手を取られ引っ張られるように中央に出される。 
  「劉備殿。私にはあなた方と義兄弟となる資格なぞありません。」 
  「仲間になるのに資格なんかいらねぇよ。」 
  「しかし・・・・」 
  「いや、簡雍殿。これは義兄弟の契りであるが、主従の契りでもある。さあ、貴公も輪の中に入られよ。」 
  関羽の取りなしで簡雍も納得し、三人の剣に自分の剣を合わせる。感動のあまり頬が上気していた。 
  それを見て、関羽が張飛に小声を掛ける。 
  「見たか、張飛。これが劉備殿の人を受け入れる器だ。この器、育ち方によって、天下も飲み込むかもしれんぞ。」
  「ああ、確かにな。」 
  「何、ごちゃごちゃやってるんだい。さっさと始めようぜ。」 
  劉備の言葉によって、天に掲げた剣が三本から四本に変わり、改めて関羽から一声を上げた。 
  「天地に誓う。我ら四名、生まれし時は違えども。」 
  続いて、張飛が、
  「死す時は、同じ日同じ時を願わん。」 
  簡雍が、
  「又、幾多の困難、苦難を乗り越え。」 
  最後に、劉備が、
  「万民に安息を与えん。天地の神々よ、御照覧あれ。」 
  四人が言い終えると、もう片方の手に持っていた杯を一気に飲み干した。 
  そして、どこからともなく、拍手が起きる。拍手の渦の中、四人は、それぞれの顔を見合った。誰一人、一点の曇
 りなく、燃え上がるような意志が目に宿っているのが分かる。 
  「よっしゃ、本当に今日は吉日だね。」 
  中でも劉備が一番喜びの表情をみせ、簡雍、張飛、関羽と固い握手を交わし合った。 
  「長兄、これから、どうします。」 
  「ん?そうだね。義勇兵ってのはどうだい。劉姓のおいらが世に出るのは、天子様の手助けってのが一番の道だろ
 う。」 
  他の三人も頷き、ここに誕生した劉備一家の進路は決まった。それからは、張世平も交え、五人で大いに飲み、笑
 った。本当に旧知の間柄であったように。 
  いつの間にか高かった陽も傾き始め、宴席も終わろうとしたとき、侍女達の制止を払いのけて村の若者達が駆け込
 んで来た。その数は十や二十ではない。 
  「何者だ。てめぇら。」 
  張飛が素早く丈八蛇矛を手繰り寄せた。関羽もいつでも青竜偃月刀を出せるようにする。 
  そんな中、劉備が無造作に男達の前へと歩いて行った。 
  「おめぇら、どうしたんだい。」 
  「長兄、お下がり下さい。」 
  関羽、張飛、簡雍は慌てて立ち上がり、若者達と劉備の間に入った。 
  「いいよ。」 
  しかし、劉備は、更に関羽達を掻き分けて、先頭にいる若者の目の前に立つ。 
  「何か、この劉備玄徳に用があんだろ。」 
  「はい。」 
  そう言うと若者は素早く平伏をした。後ろに並ぶ男達も一斉に平伏する。 
  「劉備様、恐れながら、先程の桃園の誓いを立ち聞きさせてもらいました。おれ、感動して。村の連中に呼び掛け
 てきました。どうか、俺達もその義勇兵の中に入れて下さい。」 
  見渡せば、百人は下らない人数の男達が頭を下げている。劉備は腕組みをして考えた。 
  「おいおい。まだ、具体的に何をするかってのも決まってねぇのによ。」 
  「いや、張飛。間もなく、黄巾党という農民の反乱が起こる。それを鎮めるには、兵力は必要だ。が、いきなり、
 百人の頭だ。臆することなく、長兄が受け入れるかどうか・・・・。」 
  「お受けになりますよ。あの人は。地元の楼桑村では、皇帝になる男と呼ばれているそうだ。皇帝様がたった百人
 の人数に臆することなんかないでしょう。」 
  関羽と張飛は、そう言った張世平を振り返る。 
  「早速、百人分の武具と食糧を用意しなければいけませんな。」 
  「すまねぇな。張世平さん。よっしゃ、付いてこい。てめぇらも死ぬときはおいらと一緒だ。」 
  「おおお。」 
  無数の男達の歓声が桃園内にこだました。まさに大地が震えるという形容がぴったりする場面である。 
  「へっ。そんじゃ、劉備一家の旗揚げだ。」 
  ここに劉備玄徳の覇業の第一歩が始まった。まだ、見窄(みすぼ)らしい一軍であるが、天下の英雄の一人として、
 僅かながら確かな一歩を踏み出したのである。 




戻る       次ページへ       TOPへ