九.覚悟 
  

  ロキが目覚めたのは、暗がりの部屋の中であった。隣りに人の気配がするのは、恐らくテッパだろう。規則正しい
 呼吸音が聞こえる。 
  寝ているのか気絶しているのか判断に迷うところだが、テッパが生きて近くにいるという事だけでロキには十分だ
 った。 
  暗転の中、ロキは慎重に立上がり、辺りを見回す。 
  ここは小部屋のようで、数歩歩くと直ぐに壁にぶつかる。そこから、壁伝いに歩いていくと木製の扉に辿り着いた。
  どうやら、鍵はかかっていないようだ。 
  ゆっくりとそのノブを回すと音をたてないように注意しながら、外に出る。 
  勿論、外といっても本当の表ではない。ロキが踏み出した場所は廊下のようで同じような扉が幾つも並んでいた。 
  そっと耳を当てると扉を通して寝息が聞こえる。その隣の扉も、そのまた隣の扉も同様であった。 
  どうやら、ここは寝室として使われている部屋のようだ。思い起こせば、ロキが起き上がった場所も簡易ながらも
 しっかりとしたベットの上であった。 
  これで大体の自分達の居場所は分かった。 
  では、そう、誰がロキ達をこの部屋に運んだのだろう。あの二人組が近付いてきたとき、突然足首を掴まれ、点検
 孔のような穴に引きづり込まれたのまでは覚えている。 
  しかし、それ以上の記憶は全くなかった。 
  ただ、大きな手のひらの感触が微かに残っているだけであった。 
  ロキは取り敢えず、元いた部屋に戻ろうと振り返る。その時、小さく声をあげ、思わず後ずさった。 
  そこには表情までは捕らえる事は出来ないが、大柄な男が一人立っていたのだ。 
  その大男はロキの方を窺っている様子で、見つめられているロキは身動きがとれず固まった状態となる。 
  相手も同じ状態でお互いに牽制し合う状況が続いたが、この均衡を破ったのは大男の方であった。 
  大きな太い腕が伸び、ロキの襟首を掴むと高々と持ち上げられてしまう。手足をばたつかせるが抵抗の「て」の字
 にもならない。 
  この腕から逃れる事は無理と判断したロキは抵抗をやめ、相手の出方を待つ事にした。何といっても、相手の意図
 が分からない。 
  勿論、これからお茶でも飲んで話をしようって雰囲気ではない事は分かっているが、少なくともこの場で命を取ら
 れる心配はなさそうだったからである。 
  その大男はロキを担いだまま、歩き出したのだから。 
  「ねぇ、どこに連れて行く気さ。」 
  しかし、返事はない。試しにもう一度尋ねてみるが、やはり、結果は同じだった。 
  ロキが諦めて溜息を吐いたところで、その大男の足が止まった。そこはロキが初めに寝ていた部屋の前であった。
  大男が扉を開けるとロキをベットの上に放り投げる。そして、その大男も部屋の中に入ってきた。 
  「うそ、ちょっと、やめて。」 
  大男がロキに近付いて来るにつれ、身の危険(?)を感じ、ベットの端の方に尻餅をつきながら逃げる。 
  が、狭い部屋である。ロキの体はアッという間に壁にぶつかり、逃げ場がなくなってしまった。 
  隣で高いびきをかいているテッパが恨めしい。 
  大男のひげ面が迫り、ロキの目に涙がたまった頃、その大男はやっと口を開いた。 
  「お前、リア嬢さんとはどういう関係だ。」         
  「へ?」 
  まるで間抜けな返答だが、正直、完全にパニックになっていたロキは、この大男が何を言っているのか分からなか
 ったのだ。 
  「おい、聞こえないのか。リア嬢さんと・・・」 
  「わぁ、ストップ。近付かないで。」 
  「お前、何か勘違いしていないか?」 
  再三、拒絶を繰り返し、話すら聞こうとしないロキの態度に大男は怪訝(けげん)な表情でそう言った。そして、僅
 かながら落ち着きを取り戻したロキが、ようやく大男の言葉に耳を傾けた。 
  「俺はお前に聞きたい事があるだけだ。」 
  「ホントに?」 
  なおもしつこいロキに大男は憤慨した表情で睨み付ける。 
  「他に何がある!」 
  一喝にびっくりしながらも、ホッと胸を撫で下ろすロキであった。 
  「ああ、良かった。こんな所で一夏の想い出かと思った。」 
  「馬鹿な事を言うな。」 
  大男の強面(こわもて)が更に近付いてきたので、ロキはのけ反りながら、「話します。話します。」と繰り返す。
  この大男の名前はポリーブというらしい。先程、廊下の影でリアとザンタ、ダマトアの会話を覗いているロキ達を
 見掛け、どうもリアの知り合いと踏んでザンタ達に見付からないように点検孔に引きづり込んだそうだ。 
  いわばロキ達の恩人である。 
  「関係って言われても、知り合ったのはほんの一週間前だし・・・」 
  「ただの知り合いってだけで、このロードンの軍事船にまで忍び込んだって言うのか?」 
  それはロキの中でうやむやになっている点であり、どう答えて良いのかよく分からない。 
  「そこら辺は自分でもよく分からないんだ。そんないい加減な考えで、テッパまで巻き添えにしちゃったし・・・。」
  しかし、何も見えない手探りの中でも、一つだけしっかりと握りしめた気持ちがロキにはある。それを信じての行
 動なのだ。 
  「でも、リアが巨人兵の事を話した時、・・・そして、ロードン兵に連れ去られた時、このままじゃいけないって
 思ったんだ。」 
  「ふーん。なるほどな。」 
  ロキの言葉にポリーブは不満顔で頷いた。そして、気持ちだけでは駄目だという。 
  半人前の思いつきでの行動程、迷惑なものはない。 
  ポリーブは厳しい顔でロキにそう言った。 
  確かにそうかもしれない。向こう見ずであったし、何というのか、そんな自分の行動に酔う部分もあったのかもし
 れない。 
  でも、もうロキは船に乗ってしまったのだ。これから先、自分の行動に対しての責任と大国ロードンと係わったと
 いう覚悟が必要となってくる。 
  ポリーブは考えがまとまらず、黙りこくった少年を持て余すように溜息を吐いた。 
  「それでお前は、一体、何がしたかったんだ?」 
  ・・・『何がしたい?』。 
  思考中のロキの頭の中に新しいキーワードが登場し、混乱が増す。今まで、ここまで真剣に考えた事なんてなかっ
 た。 
  「おいおい。固まるな。・・・それにお前がとれる行動は二つだけだ。この船を降りるか降りないか。それだけだ。」
  突き放したポリーブの言い方が結論を急がせた。それがロキの素直な気持ちを導き出す。 
  「降りない。・・・ 俺は、俺は巨人兵を見てみたい。」 
  「何?」 
  少年のとんでもない発言に流石の鬼ポリーブも度肝を抜かれた。 
  しかし、これがロキの本当に素直な気持ちであったし、絶対に取るべき行動と信じた。 
  リアを助けたい。いや、助けると言ってもどんな行動がリアを助けた事になるのか。この船から逃がすことか。 
  ・・・違う 。違うはずだ。 
  そう、それが分からないから、自分自身迷っているのだろう。 
  その答えが巨人兵にあるとロキは断言する。 
  「分かった。しかし、悪いな。とれる行動は二つだが、お前に選択権はねぇんだ。」 
  ポリーブは眠っているテッパを担ぐとロキにはついてこいと手招きする。 
  ロキにはその時の覚悟も出来ていた。 
  ただ、もし身の危険があるのならば、自分は甘んじて受けるがテッパだけは必ず守ろうと誓う。 
  ポリーブに続いて、扉を出たロキの目には迷いはなかった。  
 


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