八.疑い 
  

  一部を除いては消灯され、寝静まった感のある艦内をゆっくりと動く二つの影があった。 
  先程、ライトを持った警備兵をやり過ごしたばかりとはいえ、その足取りは至極慎重であった。 
  「アニキ、いつまで隠れてればいいのかな。」 
  テッパに言われるまでもなく、それはロキも考えていた事だ。このロードンの飛行船に忍び込んだまでは良かった
 が、その先の事はあまり考えていなかったのだ。 
  ただ、ロードンに捕らわれたリアの事を思い、衝動的に出た行動だったのである。 
  とにかく、何とかリアと連絡を取る事が今のロキ達にとって優先するべき行動であった。 
  「この船内のどこかにリアがいるはずだ。まず、何とかして探し出さないと。」 
  「うん。そうっすね。」 
  とは言うものの、この飛行船の中は広い。右も左も分からない状態では・・・・ 
  迂闊(うかつ)にドアを開けるわけにもいかないし、はっきり言って手詰まりな状態なのである。 
  「こんな時、ひょっこり、あのドアからリアが現れねぇかな。」 
  などと都合のいい願望を口に出すが、世の中そんなに甘いものではない。とはいえ、世の中にはそれとは別に偶然
 という要素があり、目の前のドアが静かに開かれたとき、ロキは思わず、「うそ。」と、呆然としてしまうのであっ
 た。 
  それはテッパも同様で二つの間抜け顔が並ぶことになったが、一瞬、ロキの方が早く我に返り、テッパの腕をとっ
 てドアの死角へと隠れた。 
  たまたま、ロキの独り言と同じくドアが開いたからといって、そこから出てくるのがリアとは限らないのである。
  しかし、出てきたのは何と本物のリアであった。 
  二人は驚くのと同時に身を乗り出す。「リアさ・・・。」 
  リアを呼ぶ声が途中で掻き消された。テッパの口の上にはロキの手が被さっている。 
  ロキがテッパの口を封じたのは、リアの後ろに人影を認めたからだ。それも、あまり友好的とはいえない様子であ
 る。 
  荒げたリアの声が聞こえるにあたり、その相手を見定めようとロキはテッパを制して一歩前に踏み出した。 
  「こんな時間に女性の部屋を尋ねるのは非常識ではないですか。」 
  「へっ、俺達はあんたの重要な秘密を握っているんだぜ。」 
  「秘密?」 
  リアと話しているのは男の二人組のようであった。ここからでは、よく聞き取れなかったが、『秘密』がどうのと
 言っていたように聞こえた。 
  リアに何か秘密があるのだろうか。ロキは違った意味で興味が湧き、更に半歩近付く。 
  「秘密って、何の事かしら。」 
  「おいおい、惚(とぼ)けてもらっちゃ困るよ。あんたがあの小僧に渡したペンダントの事だよ。」 
  「ペンダント?」 
  惚けた口調だが、リアの顔色が変わったのが遠くで眺めていたロキにすら分かった。目の当たりにしている二人組
 には尚更だろう。 
  それで気付かないなら余程の・・・ 
  ロキが目を凝らしてその二人組を凝視しているとどこか見覚えがある気がした。なかなか思い出せないでいたが、
 二人組の内背の高い男の言葉をきっかけに思い出すことができた。 
  「そうペンダントだ。俺達が小僧を連れてきたのに何の恩賞も貰えないのは、きっと、そのベルボット参謀に渡し
 たペンダントの秘密を見抜けなかったからだ。」 
  そう、この男達はロキの監視をしていたロードン兵で、ロキはこの男達と一緒にロードンの飛行船に一度乗ってい
 る。 
  名前は確かダマトア。と、するともう一人の男はその時一緒にいたザンタというロードン兵だろう。 
  「言いな。何か秘密があるんだろう。火で炙(あぶ)るのか?水をかけるのか?それともコインで擦るのか?」 
  このダマトアという男、鋭いのか鈍いのかどうも判断に迷う。が、リアにはしらを切り通す自信が芽生えた。 
  「何を言っているのか、さっぱり分からないわ。誰か人を呼びますよ。」 
  一瞬前とはうって変わって、毅然(きぜん)とした態度でリアは言う。遠くで見たいたロキは、『これはリアの勝ち
 だ。』と確信する。 
  「何だと、人が下手に出てりゃあ。」 
  ダマトアが逆上して声を荒げた。「おい、ダマトア。やばい。誰かに見付かったら。」 
  一方、ザンタの方はダマトアの大きな声に左右を見渡して、誰にも気付かれていない様子に胸を撫で下ろす。 
  「用事はそれだけ?悪いけど、私は休ませてもらいますから。それじゃあ。」 
  ダマトアの鼻先でリアの部屋のドアが閉められた。扉の前に立つ二人は、苛立ちつつもこれ以上の追及は無理と諦
 める。 
  悔しさ紛れにダマトアが蹴った壁の音が静かな廊下にこだました。 
  『やばい。こっちに来る。』 
  諦めた二人が廊下を、丁度、ロキ達に向かって歩き出した。 
  リアは何とか追撃を上手くかわしたようだが、今度は自分の身が危ない。このままでは見付かってしまう。 
  しかし、ロキは置かれている状況の変化に体が固まってしまった。先程まで、近くにいたテッパの姿がないのであ
 る。 
  「どこにいったんだ。あいつ。」 
  こうしている間にザンタとダマトアは近付いてくる。額を滑る汗を拭きながら、考え込むが迷っている時間はない。
  ロキは取り敢えず、テッパのことは諦めて、隠れる場所を探すことにした。 
  と、いっても一本道の廊下である。隠れる場所など・・・ 
  その時、太い手がロキの足首を掴んだ。ロキはぎょっとするが抵抗する間もなく、突然できた廊下の穴へと引きづ
 り込まれるのであった。 
  
*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *
    部屋に戻ったリアは中央にあるテーブルを中心に、顎(あご)に手を当てながら室内を行き来した。   これはリアが考え込んだときの癖である。周りが見えなくなり、物に当たっては花瓶を壊したり、怪我をしたりで  世話役のスーチンにはよく叱られたものであった。   「あの二人だから、誤魔化せたけど。ひょっとしたら、上層部からも疑いをかけられているのかしら。」   リアが歩を止めたところは丁度、ベットの前であり、そこで独り言を洩らす。   上層部、特にベルボットから嫌疑(けんぎ)をかけられているのであれば、もっと本格的な尋問があるはずだ。   そう手荒な真似はしないだろうが、ひょっとしたら自白剤を使われるかもしれない。   『いや、そこまではしないはず。』   リアの心の中には、今だ幼かった頃、兄妹のように過ごしたベルボットとの想い出がある。   それにあのペンダントを見せてから、疑われるような行動は何一つしていない。   だから、こうして監視の目もゆるまったのである。勿論、空の上で逃げ場がないという理由があったにせよである。   とにかく、今の自分の立場から言えることは忍耐強く我慢し、より多くの巨人兵に関する機密を盗み知ることであ  る。   そう、自分に言い聞かせるしかなかった。   それに手渡したペンダントはロキの手元にあるはず。一旦、飛び立ったこの飛行船が再びロキの住む町に戻ること  は、まずないだろう。   リアは気持ちを落ち着けようとゆっくりとベットに腰を下ろした。   考えてみると心配な事は何一つないはずなのである。しかし、この胸を過(よ)ぎる不安は何だろう。   こうして黙っているとその不安に押し潰されそうになる。   「ロキは、今頃どうしているかしら。」   ふとロキの屈託のない顔が思い浮かんだ。   リアはベルボットから返してもらったロキのペンダントを握りしめ、窓に映る夜空を見つめるのであった。

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