七.潜入2 「おお、交代の時間だ。」 椅子の上でくつろいでいた兵士が時計に目を配って、慌てて立ち上がった。そして、向かいに座っていた、もう一 人の兵士にも声をかける。 二人はテーブルの上にある飲みかけのコーヒーを名残惜しそうにして部屋を出ていくのであった。 兵士が持ち場に向かい、静かに扉が閉められた後、誰もいなくなったはずの部屋で何かが擦りあわされる音が聞こ える。 よく見れば、部屋の隅にある段ボールの蓋が誰も触れずに徐々に浮き上がってきているのだ。その浮き上がった隙 間から、四つの光が覗く。 その光は四つの瞳であり左右に激しく動き、パチリと瞬きをした後、安堵の色が帯びた。そして、再び、段ボール の蓋が閉められる。 「よし、誰もいなくなったみたいだ。」 「今がチャンスっすね。」 箱の中にいるのは、ロードンの軍船に忍び込んだロキとテッパであった。 二人は箱の中から飛び出すと部屋を見回す。 この軍船に忍び込んだ後、訳も分からずに飛び込んだのがこの部屋であった。丁度、忍込んだとき、この部屋は真 っ暗であったが、近付く足音が聞こえたので慌ててこの段ボールの中に飛び込んだのである。 「ここはどこ?」 「何か分かんないけど、休憩室みたいだな。」 入って来たときと違って、煌々(こうこう)と電灯に照らされた部屋の中には大きなテーブルに灰皿、飲みかけのコ ーヒー、奥には仮眠を取れるようなベットがあった。そして、壁には兵士の軍服が何着か掛けられている。 「これから、どうするのさ。」 「そうだな。」 一頻(ひとしき)り考え込んだ後、ロキはニヤリと悪戯っぽく笑う。 「え、何?」 テッパはロキの視線を追うように壁を眺めるのであった。そして、テッパの焦点がロードン兵の軍服に合う。 ロキに確認すると大きく頷いた。 「そういう事。」 その言葉を切っ掛けとして、早速、自分達の衣服を脱ぎ捨て、着替えを始めるのであった。 二人が着替え終え、部屋を飛び出ると丁度、出ていった兵達と入れ替わりの兵士達が戻ってきた。 ロキは何食わぬ顔でその兵士達に挨拶して、廊下を歩く。挨拶された兵は、つられて挨拶を返すが、部屋のドアノ ブに手をかけたときに、一旦その手を止めて立ち止まった。 ロキ達は特段、急いでる風には見せずに廊下の角を曲り、その場で兵士の様子をドキドキしながらうかがう。 しかし、ロキの不安をよそに兵士は、そのまま部屋の中へと入っていった。 仕事で疲れており深く考えるのをやめたのか、それとも全く気付かなかったのかロキには判断できなかったが、一 応、これで自信がつき、二人は廊下を歩いていくのであった。* * * * * * * * * * * *「おい、ザンタ。何で俺達こんな所にいるんだ。」 「さあな。一応、あの小僧を連れてきたんだから、任務は成功だと思うんだがなぁ。どうしてだろう。」 「そうだ。俺達は任務に成功したんだ。それでこの仕打ちはないよな。」 「ああ、この仕打ちはない。」 ベルボットからロキの監視を任されていたザンタとダマトアは、今、機関室の中で汗を掻きながら、エンジンの点 検を行っている。 正規の機関士が倒れたため、代理として派遣されたわけだが、彼らは兵士としての訓練は受けたが、機関士として の教育を受けたわけではないので、任される仕事といえば基材運びが関の山である。 今も点検といっても、助手を務めるのみで実際にエンジンをいじっているのは正規の機関士である。 二人はその後ろで面白くなさそうに小声で話すのであった。 何故、小声かというと、今、一緒に点検しているのは、ここの機関士長を努める『ポリーブ』であり、一般には鬼 ポリーブと恐れられている存在だからだ。 現に二人はここに来た初日にその鬼ぶりを身をもって体験したので、一層、気にしながらの会話となる。 「おい、そこのレンチを取ってくれ。」 「はい。」 異口同音に二人は、ポリーブの要望に応えるべく、床に投げ出されているレンチを取りに行った。 それもお互い、ポリーブに気に入られたいがためにレンチを取り合うように。 ここら辺は、仲がいいのか悪いのか判断に迷うところである。が、当然、こんなやり取りをしていれば、ポリーブ に手渡す時間が遅れるわけで、一喝が入った。 「早くしろ!」 「は、はい。」 レンチの取り合いもダマトアが勝ちを収め手渡すが、ポリーブは背中越しに受け取ったので二人の取り合いは意味 がないものとなる。 「よし、ここは、もういいだろう。」 機関室で一仕事終えたポリーブは、そういうと額の汗を拭いながら出ていく。ザンタとダマトアは慌ててついてい った。 「お前らも大変だろうが、上からの命令だ。しっかり、やりな。」 歩きながら、珍しくポリーブが優しい声をかけてきた。しかし、それを聞く二人は頷きながら内心では舌を出す。 三人が廊下を進むと若い衛兵、二人とすれ違った。 ぎこちない軍礼だったが、気に留めるでもなく三人は次の現場に向かう。昨日から、右翼の可動部分の調子がおか しいのだ。 もう、そろそろ他の人員にて修理が完了するはずだが、機関士長として、その成果を確認しなければならない。 飛行中での修理だ。命綱をつけているとはいえ、危険な仕事である事には変わりない。労いの言葉でもかけてやる かと考えていると、ポリーブの耳に聞き慣れない声が飛び込んでた。 『もっと、堂々としろよ。』 『ごめん。アニキ。』 ポリーブは振り返り、ザンタとダマトアに声をかけた。 「今、何か言ったか?」 聞かれた二人は、後ろで舌を出したことがばれたのかと焦るが、いくらポリーブでも人の子、心の中を覗けるわけ がない。 二人は言葉を発せず、大きく横に振って首だけで返事をした。 返事を聞くまでもなく、ポリーブは二人ではないことを知っていたが、他に思い当たる人間が近くにいなかったの で、つい聞いてしまったのだ。 ポリーブが衛兵がいなくなった廊下をジッと見つめる。 それを不思議そうにザンタとダマトアは見上げた。が、ふいにダマトアの顔が崩れるように綻(ほころ)んだ。 ザンタも倣って、誰もいなくなった廊下を見つめるのである。 「おい。」と、声をかける相棒のザンタの脇腹を肘でつつき、『黙っていろ。』と口を強く結んで見せた。 長年の経験でザンタも機敏に察知しそれ以上は何も言わず、歩き出したポリーブに後れをとらぬようにダマトアを 促しながら足を運んだ。 内心では、どんな悪巧みをダマトアが考え出したのかとワクワクさせながら。 その悪巧みというのは、いつも失敗し、それが当人達の出世を大きく遅らせている事を当人達以外、知らぬ者はい ないのだが・・・ 二人が後ろでにやけている様子にポリーブは鼻を鳴らすのであった。