六.潜入 ロードンの飛行艇の滞在も今日で最後となった日、その周りにはいつものように様々な物売り業者が立ち並んでい た。 飛行艇の補給は軍で行うが、その中に乗り込む兵士達の個人的な物資は個人で買い求めなければいけない。 そして、需要があればそこに供給する者が現れる。あの手この手を使って、商人達は敷地内に入り込み商売を始め たのであった。 軍の方でも、自分達に必要な物を売りに来てくれるので、無碍(むげ)に追い出す事も出来ず。滞在が二、三日過ぎ る頃には、暗黙のまま公認される形で商人達は公然と商売をするようになったのである。 但し、物売り業者が敷地深くまで入ってこないように標札が掲げられるのと、当然、見張りの人間は増員されたの だが・・・ その中に真新しい帽子を被ったパン売りが二人、大勢の若い兵士に囲まれながら露店を開いていた。 当然、兵士達には食事は支給されているが、若い兵士達にとってはその量は物足りないらしく、このパン屋はいつ も盛況なのである。 「おい、兄ちゃん。いつもの親父さん、どうした?」 そう、話しかけられた少年が言葉を詰まらせていると隣りに立っていた、同じくパン売りの少年が笑顔で答えた。 「今朝、物運ぶときに腰をやっちゃって、それで代わりに俺達がパンを運んで来たのさ。」 「へー、そいつは大変だな。」 「うん、おかげで今日、学校をさぼる羽目になったよ。」 「ははは。俺なら勉強するより、パン売ってる方がいいと思うがな。」 「でも、俺、偉い学者さんになりたいんだよ。」 話しかけた兵士は、少年の言葉に一頻(ひとしきり)り感心すると、他の人にも頼まれてきたのか袋一杯にパンを抱 えてパン売りの前から去って行った。 兵士が前からいなくなると笑顔を見せていた少年が隣の少年を肘でつつく。 「おい、怪しまれるだろ。うまく話を合わせろよ。」 そう話す帽子の下には、先日、この船に客人(?)として来訪した街の少年、ロキ=マクリルの顔があった。 「俺、アニキみたく嘘が上手くないもん。」 そして、更にロキに足を踏まれ、けんけん立ちをしている少年は、その弟分を自認しているテッパ=シュースであ った。 二人は今朝早くにこの敷地近くに忍び込み、手頃な行商者を探していた。それはこうして怪しまれずに軍事船に近 付くためであり、ロキの目にかなった不運なパン屋さんは、眠り草によって近くの小屋に寝かされているのであった。 「でも、アニキ。これからどうするんだい?」 ロキの最終目的は、この軍事船に忍び込む事である。この事はテッパにもまだ話していない。 テッパには、ただ、『ロードンの軍事船を間近に見に行こう。』と、誘っただけなのである。 何故、話さなかったかというと軍事船の中に忍び込むとなると、万が一見付かった場合には命の危険が伴う。しか し、パン屋になりすまして敷地に入る程度ならばそれ程危険は少ない。 つまり、ここから先はロキ一人で行動を起こそうと考えていたのであった。 「あのさ・・・」 「アニキ、この船に乗り込むつもりなんだろう。」 言葉の途中でテッパが機先を制した。ロキは、どう切り出そうと考えていた所に相手にズバリと言い当てられたの で言葉をなくし、ただ頷いた。 「どうして、分かった。」 「そりゃ、分かるよ。」 テッパは、当然と言いたげに笑顔を見せる。が、ロキは殊更、真剣な表情になった。 「じゃあ、後は俺一人でやる。お前はこのままパン屋になりすまして、ここを離れろ。」 「・・っていうと思ったよ。」 テッパは肩を竦(すく)めて、そう言った。「でも、ついていくよ。」 「おい!」 ロキが詰め寄るが、テッパは強く繰り返した。 「相手はロードンだよ。一人じゃ無理だって。それに・・・」 テッパが目を伏せた。ロキにはその仕草で言いたい事が分かる。それは、リアが連れ戻されたとき、ロードンの軍 人に居場所を教えたのはこのテッパだった。 勿論、無理矢理、白状させられたのであって、ロキはテッパの責任とは思っていないし、その時の傷は今でもテッ パの衣服の中に痛々しい程残っている。 が、今度はそれだけでは済まされない。 それが分かっているだけにロキの方も強く言うのであった。また、強く言うのはロキの焦りでもある。 この場所で目立つわけにはいかない。 テッパとの言い争いが長引くのはうまくないのである。 「・・・しょうがない。一緒に行こう。」 「やった!」 焦(じ)れたロキが折れる形となった。 二人の騒ぎに多少、注目が集まったようだが、今ならただの口喧嘩と思われているだろう。 ロキは周りの商人達が商品を片付けだしたのに倣って、テッパに店をたたむよう指示する。 「いや、待て。」 ロキが途中で止めたのは、眠らせたはずのパン屋のオヤジがふらついた足取りでこちらにやって来るのが見えたか らだ。 ここで鉢合わせになるのは、まずい。 二人は、パンを並べている荷台に隠れるようにして、その場を離れようとした。 その時である。「おい。」と、背中越しに声をかけられた。 心臓の鼓動が数テンポ早くなるのを感じつつ、二人は振り返る。 するとそこには先程、大きな袋一杯にパンを買っていった兵士が立っていた。 「さっきのおつりが多かったぞ。」 兵士は手に銅貨数枚を差し出した。 「いえ、そんなの結構ですよ。」 ロキが慌てて、そういうが、兵士も頑として聞かない。 「いや、我が軍、特にベルボット参謀は大変厳しいお方で、賄賂の類(たぐい)を受け取るわけにはいかないんだ。」 「賄賂だなんて。そんな大層な額じゃないですよ。」 「金額は関係ない。要はいわれのない金子をいただくわけにいかないと言っているんだ。」 「分かりました。では返してもらいます。」 これ以上の時間のロスは出来ない。ロキはその兵士から、銅貨数枚を受け取った。 しかし、その時慌てて手を差し出したため、銅貨一枚がロキの手からこぼれ落ちてしまう。 「おいおい、しっかり受け取れよ。」 落ちた銅貨を兵士が拾い上げる。「おや?」 そして、再び、渡そうとした時に先程まで目の前にいた少年二人の姿がいなくなっていたのであった。代わりに本 物のパン屋が立っている。 「おう、親父さん。腰の具合は大丈夫かい?これ、つりだ。」 パン屋は、まだ、半分眠り草の効果が効いているのか、ぼうっとした表情でそれを受け取った。そして、数分後、 このパン屋は握りしめた銅貨に首を傾げることになった。 一方、ロキ達は商人達が店を開いていた場所から、更に奥。軍事船とは目と鼻の先の物陰に隠れていた。 本来、この場所はすでに商人達が侵入できない所まで来ているのだが、ロキとテッパは持ち前の身軽さとフットワ ークで物陰から物陰を移り渡り辿り着いたのである。 しかし、問題はここからであった。 船への出入り口は、見たところ一箇所しかない。しかもそこには常時二名の兵士が見張りに立っているようで、侵 入する隙など見当たらない。 「アニキ、どうする?」 「そうだな・・・。」 その時、ロキの目にある物が映った。 「あれを使おう。」 「え?」 ロキの指し示す方向を見ると、そこには大きな木でできた箱がある。その箱にはロードンを示す『赤い流れ星』が 記されていた。 きっと、軍事船の中に運ばれるのだろう。 ロキとテッパは、再び物陰に隠れながら、木造の箱に近付いた。 何とか箱の裏に回ったロキは、そっと箱の蓋に触れてみる。すると軽い力で上に持ち上がる。 ロキとテッパは笑いを堪えながら、周りを見渡した。兵士の位置を確認すると箱の近くには兵士が一人しかいない。 「よし。」とばかりにロキが頷くと、足下にある石を拾って兵士の横に投げる。 兵士が物音に反応して、そちらの方向に注意を払った瞬間、二人は箱の中に潜り込んだ。 絶妙のタイミングである。そして、後は箱の中で勝手に運ばれるのを待つだけであった。 ただ、誤算だったのがその箱の中味がロードン地方特有の乾物。いわゆるくさやであった事である。 ロキとテッパは祈る思いで、早く運ばれるのを待つのであった。