五.偵察 
  

  「ほら、キョロキョロするんじゃねぇよ。」 
  廊下に大声がこだました。 
  リアが見やれば、少年が兵士に軽く小突かれている。何もそんな大声を出さなくてもと思いつつ、やり過ごそうと
 したリアであったが、叩かれた頭をさすっている少年の顔を見て息が詰まった。 
  その少年は見間違いようもなく、三日前に別れたばかりのロキであったのだ。 
  「どうして・・・まさか。」 
  リアは咄嗟(とっさ)にベルボットに連行されてきたと思った。 
  それはそうだろう。ついこの間、ロキについて詰問(きつもん)されたばかりだ。あのベルボットの事である。もう
 手を回していてもおかしくない。 
  ロキがここにいるという事は、あのペンダントも既にベルボットの手に渡ったのであろうか。連れてこられた時に
 ひどい事をされていないだろうか。 
  様々な考えがリアの脳裏をかすめる。 
  リアは兵士に気付かれないようにロキの後を追った。 
  
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    「君がロキ君か。」   それがベルボットがロキに最初に放った言葉であった。しかし、ロキは答えず、左右に首を振り部屋の中を見渡す。   「リアさんを捜しているのかな。」   「ああ、返さなきゃいけない物があるんでね。」   ロキがにこりと笑う。対照的にベルボットが目を細めて、ほう、と唸った。   「私はそのリアさんが君に渡した物というのに大変、興味がありますね。それは、一体何ですが?」   「え?何って言われても・・・ただのペンダントだよ。」   ペンダントと言われ、ベルボットは考え込む。どうしたら巨人兵と結び付くのかを考えているのだ。   「それを私に見せてもらえませんか。」   「うーん。いいけど、その前に一つお願いがあるんだけど。」   ベルボットは、「何かな。」と答える。口元に笑みを浮かべながらなのは、ロキの言い方に子供っぽさを感じたた  めだろう。   しかし、同時に警戒心も少し薄れた。元々、少年という事でそれ程気を使っていた訳ではないが、ベルボットにし  てみれば、『会ってみるとやはり』と言った所であった。   「ロードンの船に乗せてもらえないか。」   一瞬、間があった後、ベルボットは答えた。そのお願いというのも口脇が白い。   「ふっ、それは出来ないな。あの船には我がロードンの軍事機密がびっしり詰まっている。君のような民間人を簡  単に乗せる訳にはいかない。」   「じゃあ、決裂だね。」   ロキがそう言った瞬間、後ろで衛兵達が銃を構える音がした。ロキ自身、喉の奥が乾くのを感じる程、緊張してい  るのだが、ここまでは何とか自分のシナリオ通りきている。   『問題はこれからだ。』   自分に言い聞かせるように呟くと大きく息を吸い込んだ。   「私はあまり手荒な事はしたくない。そのペンダントを渡してもらえませんか。」   「でも、これはリアに返すために・・・」   今、銃に気付いたという演義をし、怯えながらロキは答えた。ギリギリの所で逡巡(しゅんじゅん)している様子を  見せていると、突然、後ろのドアが開いた。   そこにはリアが立っている。   「ロキ!この人にペンダントを渡して、お願い。」   今までジッと中の様子を探っていたリアが、このままではロキが危ないと踏み、部屋の中に姿を現したのだ。   リアの登場にベルボットは驚いていたが、自分をアシストしているようなので微笑みながら頷いた。   「ほら、リアさんもああ言ってる事だし、そのペンダントをこちらへ。」   「分かったよ。」   ロキは差し出してきたベルボットの手のひらに、ポケットから取出した鈍く輝くペンダントを乗せた。   「ほう、これが噂のペンダントかね。ふーん、ティル先生はこんな物をね。」   「・・・何か問題があるのかしら。」   リアは強気にベルボットに言った。   「いえ、ありませんよ。後でじっくり調べさせてもらいます。」   「調べるって、何かあるの?」   「君には関係のない事です。ロキ君を丁重にお送りしろ。」   ベルボットがそう言うと衛兵達がロキを挟むような格好で両腕を取り、部屋から退出させようとした。   「ちょ、ちょっと。リアと話させてよ。」   衛兵は振り返り裁可(さいか)を尋ねたが、ベルボットは構わず行けと指示する。ロキは持ち上げられながらも足を  ばたつかせて抵抗するが、大人の力には抗しがたい。   あっさりと部屋から退出させられた。   そして、ロードン軍が駐屯する建物からも放り出される。ただ、その手には金貨が入った袋が持たされている。   「そいつを持って、とっとと帰んな。それと、今日の事は誰にも言うんじゃねぇぞ。」   ロキを放り投げた衛兵が念を押すように、そう言った。   ロキは、「分かったよ。」と尻餅をついた態勢で言う。それを見た衛兵はフンと鼻を鳴らしながら、「その金で親  孝行でもするんだな。」と言っていたが、それにはロキは答えなかった。   別に返事を期待していた訳ではないので、衛兵はそのまま建物の中に戻って行く。   「孝行したくても、その両親がいないんだよ。」   ロキは衣服についた土埃を払うと、少し影を落とした表情が幾分和らぎ、小走りで家路についた。   「これで、やっと半分か。」   走りながら呟き、今出てきた建物を振り返るのであった。  
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    リアは廊下を歩きながら、表情が笑顔で崩れるのを必至に堪えていた。   『もう、ロキったら、無茶をして。』   心の中で非難しても、その実は可笑しくて堪らない。   ロキがベルボットに渡したペンダントは、リアが渡したそれとは全くの別物である。ロキが取出した時は、思わず  声をあげそうになる程、一目で分かる別物であった。   それを完全にベルボットは本物と勘違いしている。   これでロキはロードンの手から逃れる事になるだろうし、何にしてもあのベルボットを出し抜いたのである。   リアにとっては痛快この上ない出来事であった。   ドアの外で成り行きを聞いていた時は、ロキの真意が全く分からずにドキドキするばかりであったし、本当に銃で  撃たれるのではないかと心配もした。   それにこれはロキの耳にはいると怒られるかもしれないが、あのペンダントをロードンに高く売りつけるつもりで  はないかとも疑ってしまった。   が、結果としては、最高の形になる。  ベルボットに渡ったペンダントを調べてみた所で何も出るはずがないし、もし、何も出ないとしても、元々、巨人兵  と関連があると肯定された物ではない。   つまり、『リアが持っていたペンダントは、巨人兵と関係がなかった。』という結論が導き出されるだけである。   そして、ロキに渡したペンダントという物自体が、ベルボットの記憶から消えていく事だろう。   本当に鼻歌でも歌いたい気分であったが、どこに監視の目があるか分からない。とりあえず、自室につくまで我慢  する事にした。   リアは多少浮かれながら歩いていたが、ふと、その歩を止めた。   『本当にロキの真意が分からない。』   結果として上手くいった事は間違いないが、何故、ロキはここにやって来たのだろう。自分が狙われると予知した  のだろうか?   「まさか。」   自分でそう呟いてから、それしか可能性がない事に気付く。もし、そうだとするならば、ロキは凄い想像力と緻密  な洞察力を有している事になる。   確かに悪い人には見えなかったが、そこまでの人間にも見えなかった。   いや、悪い意味ではなく。ごく普通の少年に思えたのだが・・・   『それとも、別の目的が・・・』   急に胸騒ぎを覚える。何か危険な香りがするのだ。   窓の外もにわかに曇りだし、リアの不安をかき立てるが、答えが見付からないのであればしようがない。   リアはそのまま自室へと進み始める。ただ、足取りはうって変わり、本人が気付かぬうちに少し沈んだものとなっ  ているのであった。




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