四.一矢 
  

  部屋の中央に一人の男が立ち、その向かいには俯(うつむ)いたままの少女。そして、両脇には衛兵が少女に銃口を
 向けて立っていた。 
  その男が手で銃口を降ろすように指示すると少女の方に詰め寄った。 
  「貴方がこの部屋から逃げ出したのは、これで二度目ですか・・・。あまり、『オニール』を困らせないで欲しい
 ですね。」 
  オニールとは今、部屋の隅にいる女性のことである。中央に立たされている少女、リアの監視を任されている人間
 だ。
  リアはその方向を一瞥(いちべつ)すると正面に立つベルボットの顔を見返した。 
  その自信に満ちた表情を見ると不思議に思う。 
  『どうして、こんな顔が出来るのだろう。いつから、変わってしまったのか。』 
  リアの想い出の中にあるベルボットと目の前に立つ男とでは、格段の開きがある。いつも優しく、幼き頃、淡い恋
 心をいだいた事もあった。 
  しかし、今のベルボットはその昔の想い出を全て否定するかのように冷たい視線でリアを貫く。 
  これも巨人兵に魅せられた、古代兵器の魔力なのだろうか。それとも、笑顔の裏に秘めた野望を隠していたのか。
  「うむ。しかし、うまい具合にエンジントラブルが起きましたね。まさか、ここから逃げるために貴方が仕組んだ
 のですか?」 
  リアは答えない。ベルボットは、まあいいでしょうと前置きしてから、次の質問をした。 
  「しかし、これではっきりした事がある。貴方が逃げたという事は、つまり、何かを隠しているという事ですね。」
  「ないわ。」 
  間髪入れずに答えたが、その言葉はベルボットの無言の圧力によってはじき返された。 
  「そうですか。それでは貴方が世話になっていた少年にでも聞いてみますか。」 
  「まさか・・・。」 
  ベルボットを睨み返していた瞳は力無く伏せられる。リアは身を固くして、下唇を噛んだ。 
  「いやいや、まったく、無能な部下を持つと大変だ。その少年もここに連れてくる裁量を下せないのですから。」
  ベルボットの言葉を聞いて、リアは僅かながらもホッとした。取り敢えず、ロキは彼らの手に落ちていないようだ。
  しかし、自分に係わった人間が次々とロードンの軍人に非道い目に合わせられると考えると・・・ 
  「ロキは関係ないでしょ。」 
  「ほう、その少年。ロキというのですか。」 
  ベルボットはリアの神経を逆なでするように、わざと初めてロキの名前を知ったかのように振る舞った。それはリ
 アにも分かっているが、感情は抑えられない。 
  「それとそのロキという少年に貴方は、何かを投げつけて渡したそうですね。それは、一体?」 
  渡したものとは、父ティルから貰ったペンダントの事だ。リア自身も確信は持てないが、それは巨人兵にまつわる
 某かのアイテムだと思っている。 
  だからこそロードン兵に捕まったとき、とっさに投げたのだが、今になって軽率だったと後悔する。 
  かえって、そのペンダントに注目を集める結果となり、又、その事でロキにもロードンの手が回る事は間違いなく
 なったのである。 
  「答えられないと言う事ですね。やはり・・・」 
  「いえ、あれは彼にお世話になったお礼よ。」 
  苦し紛れにリアはそう言うが、効果を望むのは無謀というものだろう。しかし、ベルボットの追及は終了した。
  「まあ、いいでしょう。相手はただの学生のようだ。」 
  ベルボットにはいつでもどうにでもできるという思惑があったのだろう。衛兵に命じて、リアを下がらせた。
  ベルボットはリアが立ち去ると近くの部下を一人呼び、小声で耳打ちした。 
  何かを命じられた部下はベルボットに敬礼をした後、素早く退出していく。 
  一人残されたベルボットは、暫く顎に手を当て考え込んでいたが、ふとその姿勢をとくと近くの椅子に身を投げ出
 し、そっと目を閉じた。 
  
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    ロキが窓から顔を覗かせると慌てて隠れる人影が二つあった。リアと別れてから、三日が経つ。それから毎日ロキ  をつけている二人組がいた。   恐らく、いや、間違いなくロードンの手先だろう。   目的はこのペンダントのはず。・・ただ、すぐに奪い取りに来ないのはどういう事なのか?   まさか、あの状況でペンダントに気付かないとは思えない。これは、いつでも取り返せるという余裕からなのか。   ま、何にせよ。相手が時間をくれるというのだ。その時間を有効に使わない手はない。   ロキは、ゆっくりと今後について考える事にした。   ベットに横たわり、天井を見上げる。思い出されるのはリアが連れ去られた場面であった。今でも、自分の無力さ  に無性に腹が立つ。   リアとは別に昔からの知り合いというわけでもなければ恋人というわけでもない。   それなのにロードンに対してのこの怒りは何なんだろう。   リアが全てを話してくれたとは思えないし、嘘をついているかもしれない。ロードンのやっている事が正しいのか  もしれないのだ。   正邪の区別は、ロキにはつけられないが、今は自分の感性に従おうと思う。   『でも、自分に何が出来るのだろう。』   リアとも話したが、ロードンを相手にするにはロキは力がなさ過ぎる。ロードンに対抗するには、大きな味方が必  要。しかし、そんな味方など思いつきもしない。   「うーん。『シャガン公国』が動いてくれればなぁ。」   打つ手が見えず、ロキは思わず呟(つぶや)いた。シャガン公国とは、西のロードン帝国に対抗できる唯一の大国で  ある。   西のロードンに対して東のシャガンは、近代兵器を導入して台頭してきたロードンとは対照的に歴史、伝統ある統  治国家であった。   しかし、シャガンはロードンにも増して、この地から離れているし、当然、ロキはシャガンに対して何の影響力も  持っていない。   ロキの呟きは、ただのぼやきで終わった。   それでは、せめて足下をかじりつくような、一矢報いるような事は出来ないだろうか。   リアが連れ去られた最後、あの暗闇の中、間違いなくリアと視線が合いこのペンダントを託された。その思いに少  しでも答えたいのだ。   「ペンダント・・・か。」   その時、ロキは何かを思い出し、身を起こした。そして、自分の机の中をあさり、引き出しの奥から古ぼけた箱を  取出す。   埃まみれの箱だが、ロキには希望に輝いて見える。   「よし、これでロードンの奴らに一泡吹かせてやるか。」   ロキはその箱を手に口元を綻(ほころ)ばせるのであった。   
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    「『ザンタ』よ。俺達、いつまであんなガキの見張りをさせられるのかな?」   「さあな。ベルボット参謀に直接聞いてくれよ。」   そう答え、ザンタが見上げた先には、同じくロキの監視をベルボットに任された『ダマトア』がいた。   二人はロードン軍の中で雑用係的な存在であったため、このような仕事を任される。   ずんぐりむっくりのザンタは、体型そのものが性格を表すようにおっとりとした性格で、一方、のっぽのダマトア  は功名心が強く自分の今の立場から早く抜け出そうと躍起になっていた。   「おい、部屋の明かりが消えたぞ。」   不意にダマトアが声をあげた。ザンタも見上げると先程まで灯りがついていた部屋の明かりが消えたのだ。   ロキの家は二階建ての木造で、ロキの部屋は二階にあった。その部屋の明かりが消えたと騒いでいるのである。   時間はまだ、陽も沈みかけて間もなく。就寝する時間には少し早い。   となれば、どこかに外出するという事だろうか。   普通に家の中にいるのであれば、暇ではあるがのんびり監視は出来るが、外出するとなると話は変わる。   ロキを見失う事なく、また、見付からないように尾行をしなければならない。   これが二人は苦手なのだ。だから、毎日、学校についていくのも大仕事であった。   「おい、出てきたか?」   「いや、まだだ。」   二人は食い入るように玄関を見つめる。が、なかなかロキの姿は見えなかった。   「ねぇ、何してるの。」   その時、突然後ろから声をかけられ、二人は跳び上がるようにして驚いた。   振り返るとそこにはロキが立っている。二人は今度は本当に跳び上がって驚くのであった。   尻餅をついて着地した二人にロキは、顔を近づけると、   「ねぇ、渡したい物があるんだけど。」と言って、にっこり微笑む。   ザンタとダマトアの二人は、ロキが差し出している輝くペンダントを驚いた表情のまま見つめるのであった。
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