二.コンタクト 
  

  教室の中に終業のベルが鳴り響く。そのベルが鳴りやまぬ内に、勢いよく教室を飛び出した少年がいた。
  少年はよく陽に焼けた顔に笑みを湛(たた)えながら廊下を走る。年の頃は十六歳、眉が太く瞳の奥には意志に強さ
 を感じた。 
  そして、後を追うように眼鏡をかけた女教師も教室を出てきた。 
  「待ちなさい。ロキ、『ロキ=マクリル』。」 
  「だって、授業はもう終わりだろ。」 
  ロキは走りながら振り返り、そう、叫んだ。しかし、その態勢が災いして、前方の障害物に気づくのが遅れる。 
  見事に衝突し弾かれるように倒れ込んだロキは、打った頭を押さえながら、今の事故現場を確認する。そこには熊
 のような体格に髭面を綻(ほころ)ばせる校長の姿があった。 
  「ロキ君。セインツ先生がお呼びだ。」 
  尻餅をつきながら後ずさるロキに、大きな髭面が迫る。「わ、ちょっ。」 
  尚もその姿勢のまま、校長から逃れるように後ずさるが、今度は後ろ向きの背中に硬いものが当たりそれ以上進む
 ことが出来なくなった。 
  絶対的中する嫌な予感にロキは顔を持ち上げると、そこにはやはり、担任の『セインツ=ラクター』がいた。 
  「お話しがあります。」 
  笑顔の中に威圧を込めて放たれた言葉にロキは力無く頷くのであった。 
  
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    「貴方のおじいさまから聞きましたが、こないだの参観日の通知をしなかったそうですね。」   セインツの言葉にロキは拗(す)ねたようにそっぽを向いた。窓の景色には春の青空が広がっている。下校途中の生  徒の笑い声もこだまする。   それら全てがロキには非道く煩わしく感じ、苛立ちばかりが募ってきた。   そんな姿にセインツは溜息を吐く。   「黙っていては分かりません。わけを話して下さい。」   「わけなんかないよ。別に授業参観なんて、どうだっていいだろ。」   「どうでもいい何て事ないでしょう。おばあさまも、出られなくてとても残念がってましたよ。」   一週間ほど前の参観の日、ロキの家族だけ参加していなかった。ロキは別段気にした様子もなかったので、用事が  あって来られなかったんだろうとセインツはその時思った。   が、その後、相談したい事もありロキの実家を訪れてみると、どうも違うらしい。   ロキを育てている祖父母には授業参観など寝耳に水といった感じで、全くの初耳であったとの事だ。   そして、話をしている内に、この老夫婦にロキから親と認められていないのかと泣き崩れられ、セインツは居たた  まれなくなり、こうしてロキの話を聞くに至った。   ロキの両親が亡くなり、祖父母夫婦のもとで暮らすようになって一年が過ぎようとしている。ロキの複雑な気持ち  も分からないではないが、それ以上に一緒に暮らしている老夫婦の事を考えると・・・   「これは言わないでおこうと思っていたのですが、おばあさまは泣いておられました。身近な人間を悲しませてい  る事に何も感じないのですか。」   「うるっさいな。」   ロキはそう言うと机を叩いて教室を出て行った。セインツは言い過ぎたかと後悔をしながら、遅れて廊下に出るが  ロキの後ろ姿はもうなくなっていた。   「セインツ先生。」   肩を叩かれて、後ろを振り返るとそこには校長の『ブラウン=ラクター』が立っていた。   「お父さん。・・私、言い過ぎたかしら。」   「いや、彼には誰かの助けが必要だろう。難しいかもしれんが、頑張るんだぞ。」   そう言いながらセインツの頭に手を添える。そして、気づいたように、   「こら、学校では校長先生だろ。」   「ごめんなさい。」   セインツは舌を出して謝った。視線が合い、どちらからともなく笑い出す。   ラクター親娘はそっと肩を寄せ合うのであった。  
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    「アニキ、こんな所で何してるんすか。」   河原の土手に寝転んでいたロキに話しかけてきた少年がいる。歳はロキより一つか二つ下といった感じで、口元に  まだ幼さを残していた。   ロキの事をアニキと呼んでいるが本当の兄弟ではない。どこで知り合いになったのかロキには覚えがないが、いつ  の間にかまとわりついて来て勝手にそう呼ばれるようになったのである。   ロキはその少年を一瞥(いちべつ)すると、再び面倒くさそうに寝転がる。   「何かあったんすか?」   「別に。何もないよ。」   「だって、嫌な事とかあったら、いつもここに来てるじゃないすか。」   少年は仰向けのロキの横に膝を立てながら寄り添い、しつこく話しかける。ロキはそんな少年の仕草が妙に煩  (わずら)わしく感じた。   そんなロキの心情などお構いなしにこの少年は、矢継ぎ早に言葉を繰り出す。   「何か悩み事があったら、この『テッパ=シュース』様に相談して下さいよ。」   自分の言葉にロキが何も反応を示さないと知るとテッパは、興味を引こうと話題を変えてきた。   「あ、そうそう。街の奴らが噂してたんすけど、何か港にロードンの軍事船が二、三日停泊するって話ですよ。」   ロードンと言えば、西の大国である。そんな国の軍船がこんな片田舎に何のようなのか。その後のテッパの話から、  補給のためと知ったが、この町じゃ補給たってたかが知れている。   その他に何かあるのかも・・・   先程までの苛立ちの気持ちが幾分薄れて、テッパの思惑通り好奇心が湧き出てくる。    憂さ晴らし的な気分も手伝ってか、ロキはテッパをその港に行ってみようと誘う。テッパは喜んでロキの後に付い  て行くのであった。       
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    「あれか。」   ロキとテッパは古びれた港に並んで立ち、軍事船を指さした。流石に警備の人間が立っており、あまり近くに近づ  けない。   しかし、遠く離れたこの場所からでも大国ロードンの軍事船は十分に迫力があった。   「凄いな。」   ロキは素直に感動を覚えている。その横でテッパが目を光らせてロキに耳打ちした。   「この建物の裏つたいに、あの飛行船に近づけますよ。」   半ば強引にロキはテッパに連れられ、飛行船に近付こうとした。別に船に侵入しようっていう訳ではないが、近く  で見られるというだけで緊張する。   興奮する気持ちを抑えながら、ロキは裏路地を進んで行った。   その時、ふと後ろで人の気配がする。気になって振り返ってみるが、そこには誰もいなかった。   ロキは首を傾げる。そのまま、テッパの後をついて行こうと思ったが、やはり、気になる。   よく見ると建物の裏口ドアがゆれているのに気付いた。   ロキはそっと近付いて、ドアを開けた。その瞬間、ロキの体は建物の中に引きづり込まれる。   突然、目の前に広がる暗闇と顔に当たる柔らかい感触にロキは戸惑う。   そして、耳元では女の声が聞こえた。   「静かにして。」   小さな声であったが、何かせっぱ詰まった感じと妙な説得力があり、ロキを頷かせるには十分であった。   別に刃物を突きつけられているわけでもなければ、ロープで拘束されているわけでもない。ただ掴まれているだけ  である。そして、はっきりとは分からないが相手は多分、女性。   いつでも逃げ出せると直感したのか、ロキは冷静でいられた。表では、突然ロキの姿が消えたので、慌てて捜して  いるテッパの気配を感じる。   ロードンの軍事船の近くなので大声を出せないでいるのが、こんな状況とはいえ可笑しく感じた。   ロキは自分が冷静というより余裕でいられるのに驚く。そんな心情を相手も察したのか、ロキを掴んでいた手を放  した。   声の質から若い女性だとは思っていたが、暗闇に目が慣れてきて相手の輪郭がぼんやりと分かると予想外に若く、  ひょっとしたら自分と大して歳が変わらないのではないかと思った。   「誰?」   「驚かせて、ごめんなさい。」   この女性というより女の子は、思い詰めたように、または迷っているように言葉を詰まらせる。とにかく、自分に  は危害を与えないと完全に分かるとロキは、自らにじり寄って行った。   「ね、何、何をしてるのこんな所で?」   自分が拉致(?)された相手にする質問とではないと我ながら思ったが、もう言ってしまったので仕方がない。ロ  キは相手の出方を伺った。   が、相手は黙ったままである。   何か考え事をしているというより、ロキを見て値踏みしているようであった。   そして、散々、時間をかけて出てきた言葉が、「私を匿(かくま)って。」である。   「は?」   ロキは聞き返したが、いつの間にやら握られていた手に力を込められ懇願されると、わけが分からないが頷くしか  ないのかと思ってしまった。   「うん。分か・・・」   不意にこの女の子に抱きつかれ、ロキの頭はますます混乱してしまう。   表からは遠慮がちなテッパの声が聞こえてきたが、完全に思考が停止したロキは返事をするという行為自体も忘れ  てしまうのであった。




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