十一.二度目の出会い 
  

  「機関士長に頼まれていた物、持ってきましたよ。」 
  男は部屋の扉が開くと、まず、第一声にそう尋ねた。リアは一瞬、驚き考えた素振りをみせるが、何か思いだした
 のかその男に会釈すると本当に申し訳なさそうな表情を返した。 
  「すいません。」 
  「いや、すいませんついでに部屋の中まで運びますよ。」 
  リアの返答を聞く間もなく、男は部屋の中に入っていった。技術職の人間は、どうやら武骨な人間が多いようだ。
  女性の部屋にズカズカと入り込むとは、軍関係者では考えられない。しかし、不思議と嫌悪感はなく、リアはポリ
 ーブの事を思い出しながら、苦笑いをした。 
  「じゃあ、そこに置いて貰えます。」 
  「はい。おい、マナナン。」 
  読んでも返事がないのを訝(いぶか)って、男は振り返るがそこには誰もいなく、ロキが運んできた荷物だけがポツ
 ンと置かれていた。 
  「扉を開けたときには誰もいませんでしたよ。」とのリアの言葉に、男は首を傾げるが、何かの用事でも思い出し
 たのだろうと深くは考えなかった。 
  一方、ロキの方は男が部屋に入っていく様子を廊下の陰から眺めてから、背中を壁にもたげる。そのまま、ずるず
 ると滑り落ち床に腰を下ろした。 
  ポリーブとの約束で勝手にリアと会うわけにはいかないのである。その場を必ず設けるという言葉を信じて、ロキ
 は今までリアを訪れる事をしなかった。 
  突然、会えば驚くだろうし、何かの弾みでロードン兵に正体がばれるかもしれない。 
  その時、リアにまで被害は必ず及ぶ。秘密の共有者は少なければ少ないほどいいのだ。 
  どのくらい考え込んでいただろう。もう昼休みの時間は過ぎたかもしれない。 
  ロキは立ち上がると別に埃はついていなかったが、無意識にズボンを払った。そして、息をつく。 
  「仕事に戻ろう。」 
  誰に言うでもない。まさに独り言を呟いて、頭の切り替えをした。このまま座り込んでいたら、弱気な自分が現れ
 そうであったのだ。 
  立ち上がったとき、太股と腕に張りを覚える。普段、力仕事などした事のないロキである。ここに来て、まだ三日
 目だが運動不足を表すには十分な期間であった。 
  しかし、何故か心地よい痛みであった。 
  それはここでの生活が充実しており、初めて出会う物全てに新鮮な驚きを感じたからであった。 
  だから機関士の仕事も苦にならなかったのだ。もっとも、体を動かしていれば何も考えずにすむという事もあった
 のだが。 
  「すいません。」       
  その言葉は突然にロキの心臓を鷲掴みにした。ロキの思考は停止する。いや、頭の中だけではなく体も硬直した。
  背中越しに掛けられた声には聞き覚えがある。というより、今、ロキが最も会いたい人物の声だっだ。 
  だが振り返る事は出来ない。 
  そんなロキの様子に気付かれていないと勘違い、リアはもう一度、声を掛ける。 
  どうするべきか、判断がつかなかった。だが、迷っている時間もそれほど与えられているわけではない。 
  ロキは取り敢えず、リアに背を向けたまま、「何ですか?」とだけ答えた。 
  「あの機関士の方ですよね。先程、私の部屋に同じ機関士の方が荷物を届けてくれたのですけど、中にこんな物が。」
  そう言ってリアが差し出したのは、使い古された帽子であった。ここからは見えないが、それにはロキの作業服に
 ついているのと同じマークが刺繍されており、それは機関士を意味するマークであった。 
  どうしてそんな物が?というよりポリーブがリアに渡した荷物って、一体何なんだろう。 
  その疑問にはロキが聞くでもないのにリアが勝手に答えてくれた。 
  「ポリーブおじさんから父の遺品を貰ったんです。その中に・・多分、おじさんの持ち物だと思うんですけど紛れ
 ていて。」 
  「遺品?」 
  ロキが思わずそう口走ったのは、以前は行方不明と聞いていたからだ。しかし、軍の上層部以外の人間にはティル
 =シークルスは岩盤事故にあったという事にしてあるので、リアはそう言ったのであった。 
  「そう、父の遺・・・・。」 
  一度目はすんなり言えた言葉が、二度目には出てこない。 
  ベルボットから父が生きている可能性があると言われた。リア自身もそうであって欲しいと願う。 
  しかし、心の何処かでは、もう死んでしまっているのではないかという心配が燻(くすぶ)っている。 
  リアが父の死という事を口に出すのは、その火種を大きくし膨らませる事につながるのだ。 
  だから、ロキにその部分だけクローズアップして聞かれると言葉を詰まらせてしまったのだ。 
  リアは、「父は死んでいない。」と大きく叫びたかった。だが、これはあくまでも機密。これ以上何か問題を起こ
 せば豹変したベルボットは、自分に何をするか分からない。 
  またロキの方も、「そうじゃない。」と言いたかった。 
  リアの思い詰めた感情が背中に伝わる。 
  別に責めるつもりではなく、不意に出てしまった自分の言葉がこれほど苦しめるのだとは思いもしなかったのだ。
  いっそ、振り返って正体を現したい。でも、それが出来ないのだ。 
  ジッと押し黙った時間が二人の間に流れた。 
  「ごめんなさい。私・・・」 
  この緊張感に耐えられなくなったリアが自室に向かって走り出した。 
  涙で廊下が歪んで見えたが、構わずにリアは走り抜ける。 
  「待って。ごめん。」 
  不意に掛けられた言葉で不思議とその足が止まった。リア自身どうしてか分からなかったが、止まってしまったの
 だ。 
  何か目に見えない言葉の温かさを感じ取ったのかもしれない。 
  振り返ると同じく少年も振り返っていた。 
  まだ、ぼやけてよく見えない。それに少年はポリーブの帽子を深く被っているようで表情を捕らえる事は出来なか
 った。 
  「ごめんな。」 
  少年は、もう一度、リアに謝った。 
  リアは首を左右に振る。この少年が謝る事など何一つないのだ。 
  「君のお父さんは、きっと生きてるよ。」 
  リアは思わず自分の口に手を当てた。涙が再び、頬を伝う。 
  しかし、哀しみの涙ではない。 
  どうして、この人は私の思っている事が解るのだろう。 
  「貴方は・・・。」 
  「俺は、マナナン。機関士見習いだ。」 
  「マナナン。・・・ありがとう。」 
  リアの表情に笑顔が戻った。正確には泣き笑いであったが、ロキには初めて出会ったときに寝ぼけた後にみせた照
 れ笑いと重なって見えた。 
  「じゃあ。仕事に戻るから。」 
  「えっ。」 
  もう少し話していたかったが、無理に引き留める事は出来ない。リアも年齢ほど子供ではない。 
  「これ、機関士長に渡さなきゃ。」 
  ロキが頭を指さし、僅かに見える口元からははおどけた表情が伺える。 
  「よろしく、お願いします。」 
  リアもわざとらしく大袈裟に深々とお辞儀した。それを後目にロキはゆっくりと歩き出した。 
  「また、会える。」 
  「もちろん。」 
  その言葉を聞くとリアも歩き出す。最後まで見送る必要はないのだ。 
  何故なら、また会えるのだから。 
  マナナンの懐かしいというには記憶に新しい雰囲気に戸惑い以上に嬉しさを覚えるのであった。



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