一.ペンダント 
  

  月の夜光を浴びながら、飛ぶ飛行船があった。その機体の横には『赤い流れ星』のマークがある。それは、大国
 『ロードン』の軍事船であることを示す。 
  飛行船は自らの武威を誇示するかのようにこうこうとライトを光らせ、静寂な夜の波をかき分けて行った。 
  その飛行船を指揮する『ベルボット=オヌール』は、二十八歳の若さながら軍事の中枢に携わり、又、考古学の専
 門家としてある古代兵器の発掘を任されていた。 
  『ある古代兵器』 
  それは古の古文書にある7日で世界を焼き払ったという、伝説の巨人兵の事である。 
  その伝説的神話を信仰し、発掘に大きな資金をつぎ込んできたロードンに大きな成果が現れたのは今から一年前の
 ことであった。 
  伝説の巨人兵の眠る島『ヨークンハイム』の中央にある火山『キュイロン』。その火口付近の洞窟から、巨人兵の
 体の一部が発見されたのだった。それは、人間に例えるならば腕の部分であった。 
  この成果に発掘者達は狂喜し、ロードン中枢部は更なる資金投入に踏み切ることになる。
  そして、新たに派遣される人材を乗せたがこの飛行船であった。 
  「ベルボット参謀、ヨークンハイムは1月ぶりになりますか。」 
  「ああ、待ち遠しかった。人材、基材収拾にこれほど時間を要するとは思わなかったからな。」 
  ベルボットに話しかけてきたのは副官であるが年齢はベルボットより上であった。軍の中では年齢よりも階級の世
 界である。 
  若くして高官となったベルボットの周りは、常に年上の部下ばかりでこういった物言いにもすっかり慣れている様
 子である。 
  ベルボットは、今後の巨人兵発掘のプランを練るために一人になりたかったが、この年上の部下は、まだ、何か言
 いたげにベルボットのやや後ろに侍したままでいる。 
  ベルボットは仕方なく話しかけ、切っ掛けを掴んで退出させようとした。 
  「それより、我が艦にいる姫君の様子はどうだね。」 
  「それが・・・」 
  何気なしに聞いた言葉で、副官の表情が曇ったのを訝(いぶか)ったが、聡(さと)いベルボットは艦内にいるうら若
 き乙女の気性を思い出し納得したのであった。 
  
*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *
    「ちょっと、出てってよ。」   「・・やめて下さい。」   クッションを投げつけられた女性は、自分の頭を抱え、身を低くしながらそう言った。が、物の雨はやまず、つい  に硬い本が頭に当たり、「うーん。」と唸って倒れてしまった。   物を投げつけていたのは、十四、五歳の女の子で、女性が倒れたのを見届けるとしめたとばかりに部屋を飛び出し  ていった。   この少女の名前は、『リア=シークルス』。巨人兵発掘の前任者『ティル=シークルス』の娘である。   二年前まで巨人兵の発掘責任者として赴任していたティルは、一年前に洞窟内で岩盤事故に遭い、不幸にも命を落  とすことになる。   そして、その後任として、ティルが目を掛けていたベルボットが就いたのであった。   「・・早く、急がないと。」   リアは走りながら、胸元に輝くペンダントを握りしめた。それは一年前、父親であるティルからプレゼントされた  品である。   そして、そのペンダントと一緒に送られてきた手紙にはこう書かれてあった。   『親愛なるリア。私は今、後悔の念にさいなまれている。巨人兵。あれは人が触れてはいけない禁忌(きんき)の箱  だったのかも知れない。考古学者の好奇心から、ここまで発掘を進めてきたが・・・私はどうすればいいのだろう?  迷っても仕方がない。もう、後戻りは出来ないことは分かってる。どうか、不甲斐ない父と笑って欲しい。』   この手紙がリアの元に届いた三日後、父の訃報が知らされた。   リアはその訃報を聞いて、三日三晩泣きはらした後、ある決意をした。今まで住んでいた屋敷を引き払い、ヨーク  ンハイムへ派遣される人材に志願したのだ。   母親は既に他界していない。他に身よりもなく屋敷を引き払うのは比較的簡単であった。   ただ、十数年母親代わりとして世話をしてくれた『スーチン』と別れるのは最も辛いことだったが、それ以上にリ  アの決意は固かったのだ。   その決意の原動力となっているのは、父親の不審な死である。   リアが受け取った手紙には、巨人兵発掘に否定的な内容が記されている。恐らく現地でも何かしらの衝突、問題は  あったと想像できる。そこに突然の訃報。   岩盤事故と聞いているが、自分の父親以外に大きな怪我を負ったという人物の名は挙がっていない。   リアならずとも不審に思うだろう。   昔から、研究と称して家庭に帰ることは滅多にない父であったが、リアにとってはかけがえのない肉親であったし、  父と言うより、同じ考古学を学ぶ人間として尊敬をしていた。   その死を確かめたかったのである。   そして、若いながらも父親譲りの博識とベルボットの口添えがあってか、ヨークンハイム行きのメンバーに選ばれ  るのであった。   しかし、それはあまりにも軽率な行動であった。それに気付いたのは、航海が始まって二日目のことである。   艦内のクルーの自分を見る目が余りにも異様であったからだ。それは、まるで監視されているかのようであった。   そして、ロードン王都『ブリデン』を発ってから一週間も経つ頃には、公然と女史官が見張りとして付き、いわば  軟禁状態となったのである。   その監視の目を解き、リアはようやく僅かながらの自由を得たのであった。   リアが走りながら向かったのは、この飛行船のブリッジである。そこには恐らくベルボットがいるはずだ。   この艦の責任者はベルボットである。リアを監視させているのはベルボットの命令であろう。リアはベルボットに  会って、自分を監視させている真意を質(ただ)したかったのである。   普段、運動に興味のなかったリアの息は直ぐ上がってしまったが、何とか目的の場所に辿り着くことが出来た。   一応、軍事船であったが、今回は人材補給を目的としていたため衛兵が少なかったのが幸いしたのである。   ブリッジの中に駆け込んできたリアに対し、まず、最初に声を掛けてきたのは副官であった。   「リア嬢。いくら前任のティル殿のご令嬢といえど、今はいち研究員。勝手に動かれては困りますな。」   物言いは丁寧であったが、その表情は全く正反対である。が、リアもそう簡単に引き下がらなかった。   今、この時を逃せばベルボットと正面切って話す機会が二度となくなると感じたからだ。   「ベルボット参謀と二人で話がしたいのですが。」   副官はにべもなく、その申し出を断った。用件があれば自分が聞くというのである。   しかし、この副官では話にならない。リアはしつこくベルボットとの面会を要求する。   折しもその時、この騒ぎを聞きつけたベルボットがブリッジの奥にある操縦室から現れたのであった。   「何かご用かな?リアさん。」   「ご用?よくそんな事が言えるね。自分の胸に手を当てて考えてみなさい。」   リアの剣幕に持て余すような表情を作るとベルボットは、副官に何事か告げてからリアの前に立った。   「分かりました。それでは、私の部屋でお話を伺いましょう。どうぞ、こちらです。」   リアはベルボット、そして、二人の衛兵に挟まれる形で部屋へ案内された。部屋に着くと勧められるままにソファ  ーに身を沈める。   ベルボットは背を向けて立ったまま、リアに話しかけた。   「用件というのは、監視の件ですか?」   「当然でしょ。何で私がそんな扱いを受けなければならないのよ。」   ベルボットはリアの質問に即答はしなかった。何か感情を押し殺すように俯(うつむ)いて、その後、ゆっくりと振  り返る。   「我々は貴方と貴方の父君を疑っている。」   振り返ったベルボットの表情は大変、厳しいものだった。リアは幼少の頃から、父の元で研究をしているベルボッ  トの事を知っており、家族同然の付き合いをしていた。   少なくても十数年の付き合いである。そんなリアが初めて見た表情であった。   「疑う?何を?それに父はもう・・・」   リアは自分で話していて、途中で言葉を詰まらせた。ベルボットの話す意図とは別の所で気付いた点があったから  だ。   「・・まさか?」   「そう、貴方の父であるティル=シークルスは生きています。いや、少なくとも我々はそう思っている。」   「どういう事?」   「ティル先生は、岩盤事故になど遭っていないと言うことです。」   ベルボットの言葉に衝撃が走った。父の突然の死という謎を究明しようと乗り込んだのだが、それがいきなり解決  されたのである。   「じゃあ、父は今、どこに?」   「それは分からない。・・・我々も捜索中です。」   「な、何があったというの。」   「ティル先生は、巨人兵の機密資料とともにどこかに姿をくらませたのです。」   ベルボットの言い様は、いかにも苦々しげであった。普段の冷静な姿を知っているだけに、リアには別の人間のよ  うな錯覚さえ起こさせるのであった。   「私はティル先生を心の底から尊敬していた。なのにあの男は、この世界的大発見の前に後込(しりご)みし逃げ出  したのだ。」   ベルボットの乾いた笑いが部屋の中にこだまする。リアは手紙の内容と今のベルボットの言葉を反芻(はんすう)し  ながら考え込んだ。   あの父に限って、発掘を途中で投げ出す事は考えられない。何か事情があるはずである。   「機密資料というのは?」   「それは私にも分からないが、巨人兵を動かすためには重要な鍵であったと認識している。」   「それで、父から私に何か連絡がないかと疑っているのね。」   ベルボットはただ頷いて見せて肯定を示した。   「貴方とは長い付き合いだ。あまり、手荒な真似はしたくない。ティル先生から、何か連絡を受けているのであれ  ば、正直に言ってもらいたい。」   「そんな、連絡なんかあるわけないじゃない。私は父はもうこの世にいないと思っていたのよ。」   ベルボットはリアの表情を伺いながら、鋭い眼光を向ける。口元に残る笑いがリアの心の中に染み込んだ。   「さっきの表情から察するに、確かに生存は知らなかった様子ですが、それ以前に何か受け取った物などありませ  んか?」   リアは表情には出さないが、胸に輝くペンダントの事を意識する。自分の鼓動が早まるのを感じながら、ゆっくり  と左右に首を振った。   その動作で、ペンダントが光を放ちながら揺れる。   ベルボットの視線がそのペンダントに止まったが、この場ではそれ以上の追求はなかった。   「うむ。なるほど。あの老婆にも聞きましたが、何も記憶にないとの事でしたからね。」   「老婆?まさか、スーチンに何かしたの?」   「ええ、なかなか口を割らないのものですから。」   「・・・ひどい。」   リアはベルボットの部屋を出た後、目に見えない絶望感に打ちひしがれながら自分の部屋に戻った。   部屋には先程、リアにのされた女史官が待ち構えており、くどくどと説教を始めたが、そんなのは耳の中には全く  入ってこなかった。   ベルボットの口添えがあったにせよ、自分の実力が認められて、この巨人発掘の研究員に選ばれたと思っていたの  だが、事実は違った。   リアの真意は別の所にあったのだが、やはり、考古学者の端くれ。多少なりとも浮かれていた自分が恥ずかしい。   そして、あのベルボットの変貌。父の所在も気になる。   リアの瞳からは止めどなく涙があふれ出た。心の中で様々な想いが交錯する。   そんな事情の知らない女史官は、自分が言い過ぎたのだと勘違いし、一転、リアに情けない表情で謝った。   リアは女史官の手を振り払うと自分のベットの上に身を投げ出した。枕に顔を押しつけながら、今後の事を考える  のであった。   『いずれ、このペンダントの事がベルボットに気付かれるかもしれない。』   リアはそっと胸に輝くペンダントを握りしめるのであった。




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