江戸暦─長月の行事 其の四



飯倉神明社の祭礼】
(芝明神祭)

 正しくは飯倉神明宮祭と言いますが、芝大門にあった事から通称『芝大明神の祭り』と言われます。
 江戸の頃にはほとんどの人が芝神明宮の名しか知らず、古称である飯倉神明の本号を知る人は少なかったようです。

 九月十一日〜二十一日まで続くことから「だらだら祭り」の名があります。
 本来は上記の期間の祭礼になりますが、九月早々には社内に見世物、曲馬、力持などの小屋が立ち、曲独楽や軽業の興行が始まったそうです。
 様々な露店も立ち並び、軒提灯が連なって大層な人出になりました。
 この人出は九月下旬まで続きます。
 面白い事に、本来の祭礼の日がいつなのかもわからずに参詣していた人も多かったようです。
 ただ、この界隈はもともと江戸府内でも屈指の繁華街であり、平素から人出は多く常に賑わってもいました。

 社内には名物と言われた店がいくつかありました。

「吹き矢」:
 矢を吹き付けて当てるのですが、的としては種々様々な人形や鳥獣・樹木・妖怪の作り物などが下から出たり上から降りたりとして、更には竜宮の扉が左右に開くなどの細工がされた店がありましたが、他の地にはなく、江戸一と言われました。
 さしずめ、今で言う「アミューズメント・パーク」と言ったところですか。

「花の露屋」:
 化粧品を扱っている店ですが、甘酒を振舞っていました。
 が、割合振舞われる人は少なかったようです。

「生姜売り」:
 境内には江戸名物の「谷中生姜」を売る店が多数出ましたので「生姜市」とまで言われました。


 また、社内各所にある提灯、幟の類は以下のようになっています。
「社入り口横の大灯篭」 芝泉堂と言う師が、弟子の中から十歳以下で優れた者に『両太神宮』の文字を書かせました。
「源助町の孔雀幟」 大きさ二間四方の朱の鳳凰で、羽翼を左右に伸ばしたものを幟の先に付けた。
「東江源隣の筆による幟」
「芝大門前の軒提灯」 深川新和の両太神宮の篆(てん)文字を使います。


前の頁 次の頁 長月の目次に戻る