江戸暦─長月の行事 其の弐



【重陽の節句】



 菊の節句。この日より綿入れを着、足袋を履きます。
 また、長寿を願って菊酒を飲みます。
「重陽」とは陽の数字である九がふたつ重なる事を言います。
 その事から、九月九日は縁起の良い日とされ、祝うようになったとの事です。
 これも大陸から伝わってきた行事の一つです。

 また、文化年間に巣鴨・染井の植木夜が菊人形を作って展示したものが、安政年間には千駄木団子坂に移って人気を博しました。

 菊作りは江戸を通じて大変な人気があったようで、様々な品種が作られて行きました。
 そのうち、愛好家の人達が他人の作った菊と競ったりする「菊合せ」が行われるようになっりました。

 正徳年間(1711〜16)頃から、この菊合せが熱狂的になって来て、京都の方では入賞花(勝菊)には花芽ひとつに尽き一両から三両の値が付いたそうです。

 一方で江戸では例によって染井の植木屋達が「菊花壇」を作って見事な菊を並べていたので、江戸の秋の風物詩となっていました。
 文化年間にはこの菊花壇が発展してそれぞれの植木屋が工夫を凝らした『菊人形』が登場してきますが、安政年間に千駄木の団子坂に移って、大人気を博しました。

 現在でもこの菊人形は各地で盛んに作られていて、人気を博しています。


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