江戸暦─皐月の行事 其の壱



【屋形船・屋根船】



 船遊びの始めはかなり古く、慶長(1596〜1615)の頃、夏の暑い日に涼をとるため「ひらた船(底の平らな船)」に屋根を作り、これを借りて浅草川を乗り回したのが最初と言われます。
 明歴の大火の後、船は全て木材の運搬に使われてしまったため屋形船は一曹もなくなってしまいましたが、万治の頃からまた流行りだし、最盛期には十一間もの大きな船が造られたそうです。
 屋根船は別名「日除船」とも言われ、専ら平日に使われて往来や川遊びの用に使われました。
 こちらはさほど大きくもなく、船頭一人二人で漕ぎ出す程度のものでした。
 時代劇などで良く見かける屋形船は、大きさ的には屋根船に近いものですが、屋根船には壁がなく、簾が付いている程度でした。
 ただ、天保の頃に、川遊びと称して川中で淫らな行為をする輩が増えたため、雨雪や波が立つとき以外は簾を巻上げておくようにとの御触れが出ています。
 現代の屋形船はどちらかと言うと屋根船に近いものですが、大きさ的には屋形船と言って良いでしょう。
 ただし、豪華さが大名連が使っていたものとは比べ物にならないし、ましてや大川の河口付近でしか楽しめないので、いま一つ趣が足りなくはあります。


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