奥駈道釈迦ヶ岳事故に関するブログ「山道を行く」について

 本会HPにリンクしているブログ「山道を行く」について、5月23日の現地調査に基づいて若干
コメントします。
 この事故についての本会の基本的な考え方は5月18日に環境省に提出した『観光事故を口実に奥
駈道の過剰整備促進を危惧する要望書』に述べています。 

【遭難カルテ57】【考察】(2006/05/15)
まず、山頂付近での情報が少ないので、滑落の原因は不明です。
1泊後の2日目の事故でした。
―― このバスツアー一行は、5月11日夜東京を発って、12日朝に大台ヶ原に着き、“百名山”の
一つ日出ヶ岳を往復したあと、再びバスで大峰山脈の行者還トンネル西口まで走り、そこから弥山
小屋に登って(3〜4時間)宿泊。
 弥山の隣の八経ヶ岳がやはり“百名山”の一つなので、このツアーの目玉商品が、「一回に百名
山の二つを稼ぐ」ことであったことを参加者が新聞記者に語っています。
 
釈迦ヶ岳の滑落原因は、事故発生時刻が午後2時とすれば、朝、小屋を発って6時間位雨の奥駈道
を歩いて来ています。疲れて注意散漫になっていて、雨で濡れた岩でバランスを失って滑落したの
ではないかと想像します。先行者が右を指示したのに左に行って滑落したと聞きましたが、岩が濡
れていなければ意識せずに通過できるところです。23日に出会った地元の人達3人も、口を揃えて
「あんなところは落ちようと思っても落ちられないところだ」と不思議がっていました。えてして
山岳事故はこのように特別なところで起きるよりも普通のところで起きるものです。

転落した巽さんは2時間後、自力下山中に救助されたとか。
―― 二つ目の転落現場については文末にのべますが、転落者は最後尾を歩いていたので転落直
後は誰も気づかず、しばらくして気づいたのが午後4時過ぎで、自力下山後救助隊に出会ったのが
午後9時28分、小仲坊のすぐ上だったそうです。
 滑落した白谷は滝がなく、殆どが伏流の巨岩累々の谷です。>転落後自力でルートに復帰したの
が事実だとすれば、登山道が谷を渉る数ケ所のどこかだったのでしょうが、好運でした。脳挫傷を
負った身体で5時間も闇のなかを未知の谷を下り得たとは信じ難いことです。幸い、登山道が谷に
平行して走っていたため、登ってきた救助隊と行き違いにならなかったのは僥倖でした。
 
その間、他の15人はいったい何をしていたのでしょう? もし、彼を置き去りにして下山して
いたとしたら、最低の集団です。
今回の事故で気づいたのは、リ−ダーの存在が希薄なことです。
―― 全くおっしゃる通りです。問題をリーダーとパーティに分けて考えてみましょう。
(1) リーダーと報道されている方は、所謂登山で言うリーダーとは到底考えられません。バス
ツアーの添乗員でしょう。彼は今まで4回、東京から客をつれて弥山に来ていますが、弥山から先
の奥駈道の経験はなく、下見もしていません。16人もの登山の素人の生命を預かる責任の自覚はな
かったと言わざるを得ません。彼は記者に「責任は感じますが、間違ったことをしたとは思ってい
ません」と語っています。これは、反省の弁ではありません。己の無責任で無謀な判断が理解でき
ない登山の素人の感想です。人を死に至らしめた70歳を過ぎた老人が口にすべき言葉ではありませ
ん。74歳の身で我が事のように恥じ入ります。

 時は勝手に過ぎていきます。新聞が報じる「登山暦50年」の中味が問題です。彼の経験から得た
想像力で、雨に濡れた未経験の奥駈道の危険性を考え得なかったとすれば、「登山暦50年」など馬
齢に等しく無価値な虚飾に過ぎません。
 彼がまともなリ−ダーであれば、東京から連れてきたチャーターバスを、行者還トンネルに回送
させて下山すべきでした。それをせずに、あえて悪天候を無視してバスが待つ前鬼に行こうとした
のが事故の原因です。客の要望を第一義に考えた強行スケジュールで、事故は起こるべくして起き
たのです。

(2) この山行は、所謂山岳会会員による山行ではありません。「若葉歩こう会」と称する組織
が月に2回、不特定の参加者を募集して行なうツアーに過ぎません。巷の観光業者が不特定多数の
参加者を募集して行なっている幾多の観光旅行の山岳版です。このような形態が近年定着したよう
で由々しいことです。旅行社に頼まれて毎週北海道へ出かけて「小遣い稼ぎ」をしている某山岳連
盟の役員を知っています。

 主催者が旅行社であればわかりやすのですが、この例のように「山岳会」に似た名前を名乗るた
めにメディアも世間もだまされます。観光業者であれば営業するためには当然法的規制があるでし
ょうが、放的規制も、事故の救援能力、弁済能力もないこのような形態はシロタクと同じです。
各地で「自称プロガイド」の事故が多発して放置できなくなり、北海道、東京都、長野県、屋久島
などでは条例を作って規制に乗り出しました。NPOもそうですが、能力のない素人のいかがわし
い行為がまかり通る世相の反映かもしれませんが、こと人命に関わることだけに放置すべきではあ
りません。この事例も警察の判断はまだ報じられていませんが、死亡者の家族が訴えた場合、主催
者の責任は免れないでしょう。

 一方、もともと、「楽に安く誰かに連れて行ってもらう」ことを期待して参加した人達は自分
のことだけで精一杯で、メンバーを助ける気持ちも能力もあるはずがありません。むしろ自分の楽
しかるべき山行が妨害され、迷惑を受けたと認識しているのではないでしょうか。しかし、責めて
もはじまりません。もともとそのような集団です。山屋のメンバーシップ論、パーティシップ論の
次元で論じることは不可能です。

 事故の翌朝、一行はチャーターバスに乗りこんで、「予定通り」前鬼を発って帰京しました。帰
宅後、「大峰で大変だったのよ!」と格好の土産話になったことでしょう。登山とは無縁の単なる
観光ツアーのアクシデントだったのです。

【日々是好日40】遭難の続報(2006/05/17)
しかし、71歳のリ−ダーに、機能しない12人。
よく山に行こうと思うものです。
―― まさにその通りです。ただ、お言葉を返す様で恐縮ですが、「機能しなかった」のは71歳
の添乗員でした。おっしゃる通り「登山のパーティ」ではなく「ただの団体旅行」だったのです。
ただ問題は、「疑問があれば、参加しないはずですから」というまともな発想ではなく、「疑問も
抱かず、参加者が増えている」現状です。
 大峰では百名山プラス世界遺産で今後事故は増え続けるでしょう。そして地元の村当局は事故防
止を口実に施設整備を国に求めるでしょう。アプローチが長く不便であり、修験道の行場としての
歴史性があったが故に原生的自然が残された大峰が、便利で安全な山に開発されていくことを危惧
します。事故の度に駆り出される地元の人達は、登山口に「遭難は自己責任。事故が起きても助け
にいかない。」と看板を建てたいと言っています。

※ 二人目の転落現場は、木製階段から滑ったのではなく、谷側が崩落している登山道から誤って
谷に転落していました。丁度山側の鎖が終わってほっとして、谷側への警戒心がゆるんでバランス
を崩したのかもしれません。老人の筋力の衰え、バランス感覚の悪化、注意力の低下は最近の中高
年登山者の事故の大きな原因です。釈迦ヶ岳同様、注意力、バランス感覚があれば落ちるところで
はありません。一方、登山者の心理を知らない行政が、鎖の設置に配慮を欠いたとも言えます。下
山者にとって、鎖がもう5m長ければ事故は起きなかったでしょう。
 谷側には細いトラロープが張ってありましたが、行政の責任回避のために張ったもので、転落者
を支えるためではありませんでした。転落者がバランスを失って思わずロープを握ったのか、ロー
プをかけてあった細い木が根から引き抜かれて転落場所を示すかのように現場にぶら下がっていま
した。幸い転落したガレの傾斜がゆるく、砂地であったため一命を取り留めたのは好運でした。

 周知の如く、新聞の常としてよほどの事がなければ続報、訂正は出ないものです。その後報道は
ありません。
                            2006年5月30日    田村 義彦