【平成17年度大峰縦走線歩道公衆トイレ整備事業第1回現地説明会提出 2003・10・25】


    聖地大峰山系を“マイカー日帰り登山”で穢してはならない  


         弥山山頂公衆トイレ新設についての提案



                              大台ヶ原・大峰の自然を守る会
                                   会長  田村 義彦

◆はじめに
 平成17(2005)年3月、奈良県は「大峰山系環境共生推進計画」を策定した。昨年、懇話会での
検討中に「三位一体改革」によって環境省の直轄事業に移行することになった。
 奈良県は登録を予想して、数年前から歩道、避難小屋などの過剰施設整備に努め、すでに殆ど終
わったといえる。弥山山頂公衆トイレは本年度に残された最後の課題であるが、それにとどまらず、
来年度以降に予想される「登山基地」建設につながる重要な課題である。公衆トイレの技術的検討
の前に、世界文化遺産登録後の大峰山系全般の施設整備について考えたうえで、提案をしたい。

◆世界文化遺産登録の誤った理解
 和歌山・三重・奈良三県が世界遺産登録に期待したのは経済的利益でしかなかったが、ユネスコ
の意図は勿論そうではない。人類が長い歴史の中で創造し継承してきた文化的な価値を有する記念
物、建造物、遺蹟などを、次世代に継承するために「危機にさらされている世界遺産リスト」に登
録されたのである。「紀伊山地の霊場と参詣道」は、単なる社寺と道の関係ではなく、山岳信仰の
霊場と修行の道の関係にあるという「文化的景観」に価値が置かれ、それを保全するために登録さ
れたのである。

 登録1ヶ月後の2004年7月31日に奈良において開催された国際シンポジュウム『紀伊山地における
文化遺産について考える』において、4年前に世界遺産登録に最初に手を挙げた金峰山修験本宗宗
務総長・金峰山寺執行長 田中利典氏は「世界遺産というと、観光資源とか地域振興にばかり利用
されるふうに聞いておりましたので、もし今度の登録によって吉野・大峰がそういう形になったら、
かえって、手を挙げない方がよかったのではという気すらしてきまして、本当にこの1ヶ月ぐらい
気落ちしてまいりました。世界遺産登録に手を挙げたのは一つには、吉野・大峰の聖地性、歴史性
を地元の人に自覚していただきたいという思いからで、修験者自身がもう少し自負心をもってほし
いと思ったからです。もう一つは、壊れつつある大峰の自然環境と修験の場を守っていきたいとい
う思うからであります。」と発言された。((財)ユネスコ・アジア文化センター 文化遺産保護
協力事務所編集発行の『記録集』)
 私は、このシンポジュウムに出席したが、「記録集」にはテープ起しされていないが、田中利典
氏は「金儲けしろとはどこにも書いてない」とまで発言した。

 また、修験道の行者さんからは本会HPを読んで賛同のメールが届き、「行者さんの中に、世界
遺産登録を期に、奥駈道が過剰整備されることを心配する声が上がっている。」と教えて戴いた。

 ところが、洞川で開催された登録記念式典で奈良県知事が「これで観光客が増えるだろう」と挨
拶する姿がTV、新聞で報道された。文化よりもお金を優位に置くこの国、この県の恥ずべき現実
である。
 世界自然遺産登録後の屋久島、白神山地、白川郷などの観光公害の惨状には言葉を失う。奈良県
は屋久島の現状を受けて、「これだけ多くの観光客が来るからそれを受け入れる施設が必要だ」と
いうが、それは間違った発想である。そのような惨状を大峰山系で繰り返してはならないのだ。

◆大峰山系を不便な山として保全しよう
 奈良県の計画では来年度以降、林道と登山道の接点に「登山基地」(トイレと休憩所)新設がい
くつか予定されている。 
 世界文化遺産としての価値が評価された大峰山系の聖地性、歴史性は、都市から遠く離れ、交通
の便が悪いために容易に人が立ち入ることが出来ない地域に宗教が存在したからこそ今日まで存続
し得たのである。世界文化遺産登録を観光の目玉にして、地域振興の美名の下に、大峰山系を“マ
イカーで日帰りできる観光の山”に変えてはならない。長いアプローチを汗して登る不便な山とし
て残すことこそが、世界文化遺産登録の精神に沿うことである。
 大峰山系最奥の七面山に、荒れた舟ノ川篠原林道を4WDを駆って登るのはまともな登山ではな
い。登山の堕落であり、聖地七面山に対する冒涜である。坪ノ内林道が稜線に達したからといって
そこに登山基地を作る必要はない。大峰同様に世界文化遺産登録を受けたイタリアのアッシジでは、
観光バスやホテルの姿はないという。

◆弥山は“マイカー日帰り登山”の観光の山ではない
 改めて言うまでもなく、古来、弥山は川合から長い尾根道を辿るか、険しい弥山川を遡行して一
日かけて頂きに達し、感動にふるえた聖峯であった。ところが行者還林道開削によってトンネル西
口に車を置いて日帰りする登山者・観光客が増えていった。その登山道を誰が開設したのか知る由
もないが、近年更に、昔からの小坪谷源流の踏み跡を広くして道標まで建て、近道であるため殆ど
の日帰り登山者・観光客がこのルートを利用するようになり、日帰り観光バスまで来るという。
 環境省は公園計画見直しでこのなし崩し短縮ルートをリストアップするというが、現状追認は奥
駈道の堕落につながる国の責任放棄である。強く翻意を求めたい。リストアップすれば次ぎはトン
ネル西口の登山基地建設につながり、更に、上北山側のエコツアーを受けてトンネル東口の登山基
地建設にもエスカレートし、大峯山系の観光地化が一気に進むことになる。

 ちょうどこのケースに酷似した例が北海道・大雪山国立公園トムラウシ山にある。トムラウシ山
は大雪山国立公園のなかで最も原生的な自然景観を残す山であり、当然日帰り登山は不可能であっ
たが、近年、近道として利用されてきた林道の踏み跡がなし崩しに登山道になり、日帰りが可能に
なった。そのために、トムラウシ山直下の南沼キャンプ指定地の高山植生の破壊や屎尿問題が顕在
化してきた。現地では、このなし崩し短縮登山道の閉鎖が真剣に論議されている。

◆弥山山頂公衆トイレ新設は奥駈道観光地化のはじまりである
 古来、長い奥駈道を辿る行者、登山者のための公衆トイレは1箇所もなかった。弥山山頂公衆ト
イレは行者還トンネル西口からの日帰り観光登山者のためのものである。小坪谷源流の自然を破壊
しているなし崩し登山道を閉鎖すれば公衆トイレの必要はない。弥山に安易に訪れる日帰り観光登
山者のために、聖地弥山山頂に公衆トイレを新設することは、修験道の霊場に対する冒涜であり、
観光地化に手をかすことになる。奥駈の修行に励む修験者の横を日帰り観光登山者がぞろぞろ歩く
姿はあってはならない光景である。

◆質問
(1)弥山公衆トイレ設置の理由(目的)は、奈良県の資料では「弥山小屋のトイレは、降雨時や
  ピーク時に土壌処理槽の容量が不足し、液肥状の未処理水がオーバーフローし、周辺植生への
  影響、臭気等の問題が発生しているから」とされているが、公衆トイレの新設によって、弥山
  小屋のこの問題は確かに解決するのか? 
  ・土壌浄化浸透方式(奈良県資料P.84)は不確かな方式であるから、宿泊者・従業員だけで
   も処理しきれないと考えるが大丈夫か? 因みに、奈良県の資料P.36では「合併処理方式
   (土中蒸散方式)」とも記されているが、正確な表記に統一されたい。
  ・降雨時のオーバーフローは利用人数に関係ないのでは?
(2)公衆トイレ建設費は? 費用対効果は? 
  ・奈良県の資料によると、弥山小屋の宿泊者・テント宿泊者・日帰り登山者のトイレ利用者の
   総数が、平成15年は8000人、16年は1万人になっているが、宿泊者以外のトイレ使用者は何
   名か? 
  ・弥山小屋定員100人を越える公衆トイレとしての利用日数は平成15年で22日、16年度で23日
   で、共に12%に過ぎないがC/Bは?
(3)搬出費はどこがいくら負担するのか?

◆提案・・・公衆トイレ新設を止めて、弥山小屋トイレの貯留式改造を
 弥山小屋のトイレ処理問題が積み残されるのであれば、公衆トイレ新設の目的を満たさない。山
岳トイレの処理方法は環境省の「環境技術実証モデル事業検討会」などでいろいろ検討されている
が、生物学的にも、物理化学的にも未だに完全な技術は開発されておらず、乾燥・焼却か搬出しか
ない。弥山小屋の現在の土壌浄化浸透方式は期待できないので、モノレールによる搬出を前提にし
た貯留方式に改造することを提案する。新しい建物による景観阻害を防ぎ、税金の節約にもなるで
あろう。

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◆ 奥駈道の道標についての要望
 「吉野熊野国立公園吉野地域管理計画書」の「第3 大峰山脈管理計画区」の「1 管理の基本方
針」「(1)保護に関する指針」の「ア 風致景観の特性及び保全対象」に「建築物、歩道、標識
等公園施設等の整備にあたっては、木材等自然材料を使用し伝統的な雰囲気を保つことに留意する。
」とある。
 ところが、五番関から奥駈道に、奈良県教育委員会の「奈良県歴史の道(大峯奥駈道・熊野参詣
道小辺路)整備活用計画」に基づいたと思われる灰色の石材の道標が三県共通のデザインでいちは
やく設置された。人工石と思われる道標は、自然景観、雰囲気を阻害し、既設の木材の道標に対し
て違和感があり、重複設置の個所もある。吉野・大峰の世界遺産は未完成であって、ユネスコから
管理計画の提出を求められ、現在作成中である。その段階で、緊急を要しない道標設置を急ぐとは
理解に苦しむ。
 環境省は大台ヶ原においてはサイン懇話会を開催して時間をかけて入念に検討してきたが、大峰
山系において、特別保護地区内のこの性急な設置について充分な検討がなされたのであろうか。
 奈良県森林保全課には「大峯奥駈道保存管理計画」があるが、むしろそれを隠れ蓑に過剰施設整
備を行ってきた。行政の縄張り意識で、それぞれ勝手に乱雑に整備することは許されることではな
い。環境省は大台ヶ原同様整理して、重複するものは撤去していただきたい。
 今後も出るであろう各自治体からの身勝手な整備要求に対して、大峰山系の自然と文化の保全に
責任を負う環境省は、毅然とした姿勢で臨んでいただきたい。
                                          以上