修験道と登山を冒涜する奥駈道整備

         ―― 大峰奥駈道の世界文化遺産登録について ――

                                         田村 義彦

【 奈良県の反応 】
 2004年7月23日、「世界遺産登録記念祝賀式典」に於いて柿本善也奈良県知事が「これで多くの観光
客が来てくれるだろう」と臆面もなく挨拶する姿をテレビは放映した。このような知事を首長とする県
民であることを恥じる。新聞各紙も「算盤勘定」を当然の如く書いただけで「遺産の保護」に触れたも
のは全くなかった。
 三県では金が儲かると大騒ぎをしているが、実は奈良ではすでに1993年に法隆寺が、98年には東大寺
や春日原始林が文化遺産に登録されているが、その時は大騒ぎをしなかった。これらの寺では登録以前
から観光客が後を断たず、登録されたからと言って急増することもないだろうと大騒ぎをしなかったの
であろう。ところが、今度は違った。登録の日、どこかのお寺で僧侶が万歳を三唱した。

【 世界遺産とは 】
 「世界遺産」とは『人類が長い歴史の中で創造し継承してきた建物や、かけがえのない大自然などを
(略)大切な宝として守り、次の世代に引き継いでいこうと定めたのが「世界遺産」である。「世界の
文化遺産および自然遺産の保護に関する条約」によって、損傷や破壊から保護し、修復に必要とされる
資金と技術を提供するための国際的な協力及び援助体制ができています。』とユネスコ・アジア文化セ
ンター文化遺産保護協力事務所の文書に書かれている。金儲けをしろとはどこにも書いていない。

 ユネスコは、奥駆道を、特有な自然環境に根ざした、信仰に関わる自然性が高い神聖性を評価して、
その保護管理を求めているのである。そのための保全プロジェクトがない日本は、とにもかくにも登録
を焦って申請書類から「文化的景観」の文言を削って、後で適切な管理計画を付けるという条件で登録
されたと言われている。なぜ、かくも姑息な手段で登録を焦ったのか、いうまでもなく“世界遺産”を
目玉にして金儲けがしたかったからであろう。語るに落ちた国辱的な話である。
 登録の内容についてここで詳しく書く余裕はないし、拙文の本旨でもないが、登録には問題点があり
過ぎる。広域に散在していて、日常の生活空間によって霊場と参詣道が分断されていて連続性がない。
バッファーゾーン片側50mも狭過ぎるし、世界遺産の価値、理念に反すると思われる温泉地もあり、
化遺産として未完成であるにも拘わらず無理やり登録を急いだとしか思えない。

【 登山道過剰整備 】
 登録後の白神山地の観光地化の様子も見ていたが、大台ヶ原が当面する諸問題で忙しかったこともあ
って、紀伊半島の世界遺産についてはほとんど関心がなく、大したことはないだろうと思っていた。し
かし、その間に大変なことになっていた。奈良県は半額の国庫補助を得て、奥駈道とその周辺の登山道
改修工事を進めていた。
 曰く、聖宝の宿跡から釈迦ヶ岳まで、釈迦ヶ岳から前鬼まで、和佐又山から大普賢岳まで、大峰大橋
からレンゲ辻を経て山上ヶ岳まで。合算するとかなり永い距離である。行者還岳避難小屋も40人位は泊
まれる以前の数倍の大きさに新築された。環境省に過剰施設整備ではないかと質すと、奥駈道に至るア
プローチを改修したので奥駆道自体はさわっていないということであったが、一部のアプローチを除い
て、殆どは奥駈道と行場である。(別掲の「世界遺産登録」参照)

 特に和佐又山から大普賢岳の岩稜は、七十五靡の行場のなかで高名な笙ノ窟があり、そこから行者が
山上ヶ岳に千日回峰をする登山道自体が行場なのである。ところが、1979年に奈良県が1000m足らずの
登山道に26基の鉄梯子と4基の板橋を設置した。行者と登山者が岩稜を登ることで五感から感得する意
味を奪う暴挙である。奈良県知事に会って撤去を申し入れた。(会報『自然保護ニュース』No.24所載)
知事は「このような鉄梯子を設置してまで観光客を呼ぶ必要はない。調査して危険なものははずすよう
に指示する。」と約束したが履行されなかった。修験道の側からも抗議の声が上がったとは聞いていな
い。その後知事も代わり、登録によって観光客を呼びたい現知事は、好機とばかりに更なる過剰整備を
命じたのであろうか。和佐又には大きな便所も作られた。

【 自戒をこめて 】
 本会は近年、大台ヶ原の空中回廊設置、鹿駆除計画、自然再生計画、マイカー規制などの重要課題に
専念していて、大峰については全く力を注ぐことができず、遅きに失した。
 ごく最近、大台ヶ原の歩道整備において、環境省が我々の長年の願いにようやく理解を示し、全国の
国立公園に例を見ない、コンクリートを使わない地場材の空積み石階段を地元の伝統工法によって見事
に仕上げただけに、この大峰山系の整備との落差があまりにも大きく、奈良県に対する働きかけを79年
以後何もしなかったことを深く悔いる。
 しかし、白神山地、白川郷に見られるように今後押しかけてくる多くの観光客を受け入れるために、
更なる過剰施設整備・自然破壊が予想されるので、自戒をこめてここで警鐘をならしたい。
 環境省は大台ヶ原の歩道整備計画を毎年、事前に公開して関係住民の意見を聴取し、計画変更をして
いる。奈良県もこれに見習って計画の事前公開をして広く関係県民の意見聴取をすべきである。

【 修験道と登山者 】
 七十五靡の奥駈道は修験道の修行の場である。多少の危険、リスクがあるからこそ修行の場であって、
何の危険のない安全な遊歩道に改修することは修験道に対する冒涜ではないのか。行者が、危険をとも
なう厳しい自然の中を永い日数歩き通すことで、自分の中にある霊性を甦らせるのが奥駈道だと私は考
えている。同じ奥駈道を歩いた場合、修験道と登山との違いは聖なるものを感得できるかどうかの違い
だと考える。修験道にとっても登山者にとっても、原生的自然の存在自体に意味があるのであって、岩
をつかみ木の根を踏んで登る奥駈道をみだりに人工化しないでもらいたいという願いは同じであるはず
だ。
 登録を当てにして、観光客の安全と歩き易さのために施工されたとしか思えないこの過剰整備に対し
て、修験道の側から、「奥駈道は修験の霊場だ。余計なことをするな!」と異議申し立てが何故出ない
のか。整備どころか、昔の姿に修復すべきである。それがユネスコの理念であり、同時に修験道と登山
者の願いであるはずだ。

【 登山道の認識 】
 最後に、修験道から少し離れて、登山道整備に関わる現在の登山者の感性、心情について触れたい。
登山道問題について、永く行政や登山者と論議を繰り返してきた経緯から考えると、登山道の認識は登
山の本質論と、それに基づく登山者の感性に帰結する。誰かに山へ連れて行ってもらうことを期待する
最近の圧倒的多数の中高年登山者は、歩き易い楽で安全な登山道を望む。その圧倒的な要望を受けて、
道路管理者としての行政は登山道をコンクリート練り石階段や空中回廊、木製デッキなどで過剰なまで
に整備して、責任逃れを意図する。

 その嚆矢は環境庁がアパラチャン・トレールを真似した東海自然歩道の木の階段であり、最近の立山
に見られる緑のダイアモンド計画によるコンクリート練り石階段に極まる。大杉谷では、老朽化した吊
橋の危険性を予感でなかった観光客が墜落死して、その責任を問われた国と県は裁判で完敗した。その
悪循環が全国の山岳自然公園の原生的自然を破壊し、人工化してしまったのである。

 登山という行為は荒々しい自然の中での弱い人間の行為であり、ときには不可避の死すらあり得る非
日常的、反社会的行為である。安全で歩き易い登山道を求めること自体登山の本質の否定であるが、そ
の意味では修験道と共通するものがあるのではないかと考える。

【 蛇足・女人禁制 】
 世界遺産登録を機に「大峰山女人禁制解禁」の声が出てきたようだ。不勉強でその理由は良く知らな
いが、毎日新聞のコラム「憂落誌」によれば、「男女参画」らしい。女性としてどうしても「大峰山」
に登りたいのではないそうだ。どうしても登りたい女性登山者は、閉山期にかなりの数が登っているよ
うだ。

 吉野熊野国立公園の指定を受けようと地元で期成同盟を作って運動していた昭和7年に、内閣の現地
調査団一行を洞川に迎えて、「地元の洞川では国立公園になるなら女人禁制を解消してもよいとの歓迎
ぶりであった。」と『山小屋』第七號 関西特輯號(昭和7年6月 朋文堂発行)に記されている。
 更に、日本山岳修験学会編『山岳修験』第四號(昭和63年10月 岩田書院発行)に、伊東 早苗氏が
「大峰山の女人禁制―攻防と存続―」と題して、緻密な資料蒐集に基づいた歴史的経過を12ページにわ
たる論文で詳細に述べている。この問題に関心を持たれる方には必読文献である。地元並びに修験道が
宗教的伝統に固執してきたのではなく、解禁に向かって試行錯誤してきた苦悩の歴史が読みとれ、感動
的ですらある。(この號は売り切れで、現在では入手困難の様であるが、ご連絡戴ければコピーをお送
りする。)

 今更言うまでもなくヨーロッパにも女人禁制の場所があり、日本でも異性禁制の場所がある。理由は
宗教的伝統、慣習である。「大峰山」についても1300年にわたる宗教的伝統をユネスコが承知した上で
の登録である。その宗教的伝統、慣習について今の時点で、次元の違う不毛の論議をしても合意が得ら
れるとは思えない。いくら男女参画時代になったとはいえ、突然の解禁要求は登録便乗と思えてならな
い。それはユネスコの本意ではないであろう。
 もっとも、伝統や慣習は時を経て変わっていくこともあり、やがて女性が「大峰山」に登れる日がく
るかもしれないが、その時は自然な合意でそうなってもらいたいものである。 世界遺産登録の旗降り
役であった高名な行者が、登録後気落ちしている、ともらされたのを私は聞いた。こんなはずではなか
った、と感じられたのではないかと私は勝手な解釈をしている。 未完成な“世界遺産”を機が熟して
いないにも拘わらず登録を急いだために、いろんなところで不協和音が出ているように思う。
                                       2004年8月26日