<<脚注のコーナー>>


トワイライトゾーン

「トワイライトゾーン」と言えば、ウルトラQ的なおどろおどろしいものを 連想する方も多いかもしれないが、ここでいうのは、もっと「路上観察学」的な ものです。
道を歩いていて、不思議な形の建物とか、おかしな看板とか見つけたことは ありませんか?
そういうものを漫画家でエッセイや音楽活動もしている 久住昌之氏 がまとめたのが、「東京トワイライトゾーン(日之出出版)」です。
開けて出ようとすれば、落っこちるに決まっている「高所ドア」やタイルを 一面に貼り付けた「タイルの家」など、不思議なものが満載です。
これは、誰にでも出来る「不思議発見」です。楽しいですよ。


ミニラの思い出

ミニラが「ゴジラの息子」という映画でデビューしたのは昭和44年頃でしょう。
ゴジラで遊ぶのが大好きだった僕は、ミニラが欲しくて欲しくてたまりません。
そこで父におねだりしました。父は「今度の出張の帰りにお土産に買って来る」と 約束してくれました。
父が帰って来る日僕は、いつも父が来る道が見える、家の裏手でゴジラを抱いて、 ミニラの到着を待ちました。
この辺でもう、父よりミニラの方が待ち遠しかったのですね。
ところが待てど暮らせど、父は帰って来ません。 「変だなあ、もう帰って来るころなのに」僕は待ちくたびれて来たその時です。
父がニコニコしながら、ミニラを高く掲げて帰って来ました。
「おかえりなさーい」僕は、言うが早いか、父に飛びついてミニラを奪取しました。 そして、大はしゃぎで家に飛び込み、父に「ありがとう」をいうのも忘れてミニラ で遊んだのです。
それにしても、何故、あのとき父は帰りが遅かったのか。その疑問は、父の死後、 母から話を聞いて解けました。
あの日、父はミニラを買って来るのを忘れてしまったのだそうです。そして、普段と 違って家の表側から帰って来たのだそうです。
母から、僕が裏で待っているのを聞いた父は、大慌てで家を飛び出し、おもちゃ屋 さんに行き、ミニラを買って、何事もなかったかのように、また戻って来たのだそう です。
僕が待っていた、裏手の方から・・・。






おねだり作戦で買ってもらったGIジョー

GIジョーは、昭和42,3年頃で、1200円という高価なおもちゃでした。
従って、おいそれと買って貰えるようなシロモノでは、なかったのです。
でも、少年マガジンだかサンデーに載っていた広告を見ると、どーしも欲しい。
母親は、買ってくれそうでしたが、父の許しが必要でした。
そこで母が作戦を伝授してくれました。
「お父さんが、お酒を飲んだ時に頼みなさい」と。
別に、酒を飲むと気前がよくなるのではなくて、酒に弱い父は、仕事の付き合い
などで、ちょっとでも、ビールをコップ一杯とか飲むと、真っ赤になって、立っ
ていられない程でした。
ある晩、部下らと飲んで帰って来て、茶の間で苦しそうに横になっている父を見
た時、「これはチャンスだ」と思いました。
さっとそばに寄って、マンガ雑誌の広告を見せて、「これ買ってもいいでしょ」
と迫ったのです。
父は、苦しいもんだから考える余裕なんてありません。そんな面倒な問題から、
一刻も早く解放されたい一心で、「いいよ」と答えました。
かくして、次の日曜日、僕はあこがれのGIジョーを手に入れたのです。



マジックで落書き

Q太郎の服にアクセントを付けようとして、正太郎とその兄の伸一がマジックで
絵を描く話があった。一人がゼロ戦を描くと、もう一方も負けじと描く。
だんだんエキサイトした二人は、Q太郎の服の上で空中戦を始めてしまう。
幼い僕は、このエピソードを真似て、指人形に絵を描いて遊んだのだ。



音楽青年のカリカチュアライズ

例えば、鏡を見ながらギターを弾いて、自分の姿に悦に入るような・・・。