Pen・Pen D 雑学の森/うんちく編
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01 Penを設計した人はどんな人か? |
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1958年に作られたこの小さなカメラの企画書には"MEMO OLYMPUS"と書かれていた。メモを取るように写真を撮ることのできるカメラ、、ということだったのだそうである。そこから発展してPenとなった。MENOに書き込むのは、Penなのである。その他の名前の候補としてミニチュア、ミニ、マイクロ、18(エイテイーン)、ミッチーというのがあった。18はハーフサイズの18X24mmの18をとったもの。ミッチ−は1959年の皇太子殿下の御成婚(美智子妃殿下)で日本中が沸いていた為。Penの生みの親である桜井栄一氏はこの名前の決定にはかなり悩んだそうで、桜井氏が所属した桐畑会の写真仲間でオリンパスで特許関係の仕事をしていた弁護士の「桜井さん、ペンに決めなさいよ」の強い一言で決意したそうだ。結局記録の為のカメラと言うことから、Penに決定された。 |
Penの生みの親である桜井氏と設計者である米谷氏はカメラマンとしてカメラに求められる条件としてコンパクトであることを重要視していた。そして次に速写性。コンパクトさだけであれば、フルサイズでもスプリングカメラ型式にすれば可能だそうで、しかし速写性に欠けてしまう。それならばいっそ16mmフィルムを使えばという事になるが、一般性に欠ける。世界中で広く使われている35mmは絶対条件であった。またハーフとすることで必要とされるレンズの焦点距離が短くできレンズの小型化にも一役かうことができる。また一般大衆に広く受け入れられるためには経済性も欠くことのできない条件と考えていた。ハーフサイズとすることでカメラを安くそしてコンパクトにできると共に、DPEを考えた上でもランニングコストを低く押さえることが可能と考えたそうである。 |
Penは世界初めてのハーフカメラではありません。1912年にツーリストマルチプルというカメラが誕生しています。これは専用マガジンに50ftもの長さのフィルムを入れて使うカメラだったそうです。 |
1950年代、小形で機能がシンプルなハーフカメラが欲しいという要望は、桜井さんのもとへ、かなり多く寄せられていたそうです。カメラ界のベテランの多くは、28mmx18mmのハーフサイズで小形なカメラが欲しいという点では一致していたものの、細部においては好みのちがいが多々あったそうで、具体化されたPenの姿にはいろいろな意見がだされたそうです。桜井さんは「レンズだけは、コストの許す範囲で、口径比を3.5に抑えたものの、4枚構成のDズイコーを装着しましたので、必ずや満足いただけるのではないかと考えた」と語っておられます。Penが発売されるや、「我こそが、オリンパスをしてPenを作らしめた先達なり!」と語るベテラン写真家や作家が多かったそうです。 |