幻のPen RFシリーズ
庶民の為のカメラ、その普及の為に価格を極限まで抑えた初代ペン。そしてさらに従来、カメラを扱うことの少ない女性層にも、カメラを普及させるべく誕生したペンEEシリーズ。露出計と高速なレンズで上級者のニーズに答えたPen
Dシリーズ。そして究極のハーフカメラを目指して開発された一眼レフ、Pen
Fシリーズ。このシリーズ展開は、様々な需要に答えるべく米谷氏が考えたPenという宇宙なのだが、そこにはひとつだけ不可解な謎が存在する。それはPen
Dシリーズのあと、いっきに一眼レフへと飛躍する点で、当時の日本カメラ界はむしろ、距離計連動のレンズ交換式レンジファインダーカメラが頂点に立っていた時代であり、Penシリーズ上にそういったモデルが存在しないことは、関係者の間でも謎とされていた。
実は米谷氏の宇宙には、そのレンジファインダー式Penというモデルが存在していたことが、その後の調査で明らかになったのである。上司である桜井氏より、日々Pen
Dの設計に追われていた米谷氏に対し、「そろそろ究極のハーフ、やってみるか?」の問いかけが行われた際、内緒でその構想を練り続けていた米谷氏は、自分の机の引き出しから、とあるカメラの設計図の青刷りを出して、「これでいかがでしょうか?」と答えたという逸話が残っているが、実は米谷氏は2種類の青刷りを用意していたという。ひとつはもちろんPen
Fであり、もう一方はなんとレンジファインダーのPen
、幻のPen RFだったのである。
Pen
RFの開発が実現しなかった背景には、高度な企業判断が存在していた。当時の日本はライカコピーに始まったレンジファインダーカメラの設計、開発技術が頂点に達していたと共に、より可能性を秘めた一眼レフ開発競争がまさにスタートしていた時代であった。低価格、小形軽量、高画質を実現したハーフカメラPenは、しかしその将来に陰りを見せ始めており将来を見据えた上では、ハーフ一眼レフとハーフレンジファインダーの両者を開発していくことは、オリンパス光学の開発陣の総力を注ぎ込む必要があり、小型化、高性能化でしのぎを削るフルサイズカメラマーケットでの著しい戦力低下を招くとの判断であった。
かくして、Pen RFはお蔵入りとなり、Pen
Fシリーズのみが具現化された訳である。現実的にはPen
Fの独創的なメカニズム開発に多大な労力を費やしたオリンパス光学は、フルサイズ一眼レフ市場において、明らかに出遅れる形となってしまったことは有名である。またその出遅れた故にフルサイズ一眼レフ市場にて、名機OM-1が誕生したのもまた事実である。
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