幻のPen EE2-Drive
1959年、初代Penの登場以来、米谷氏はやつぎばやにEEシリーズ、Dシリーズといった機能別のモデルを生み出し、万全のハーフ王国を築いていった。ところがその万全の王国に陰りがさした時期があった。それは1963年から1965年にかけてで、販売の落ち込みには明確な理由が存在していた。強力なライバル達の登場である。特にその最強のライバルと目されたのが、リコーが磐石の体制で送り出したRicho
Auto Half シリーズである。Richo Auto
Halfには、Penに勝るとも劣らないほどの強い設計陣の意思が込められていた。小形軽量、突起の少ない外観、自動露出、そして何よりも購買層にとって魅力的だったのが、モータードライブの搭載であった。押せば写るという発想においては、EEシリ−ズが先行していたのだが、Richo
Auto
Halfは押せば写り、しかも巻き上げが自動的に終了して、次の撮影がスタンバイ状態になる。スプリングモーターの巻き上げは軽快かつ、そのドライブ感覚は庶民を魅了するに十分すぎるものだった。その後のたびかさなる改良で、フィルム装填後、自動的に空送りされる機能までも搭載するに至ったRicho
Auto
Halfの存在は、王者オリンパスにとって、もはや無視できない存在となっていた。
オリンパス営業部門が、この状況を黙って見ているはずが無かった。開発部門にはRicho
Auto
Halfに対する対抗馬として、自動巻き上げ機能を有するEEカメラの市場投入を求めるオーダーが連日連夜、矢の催促であったのだ。米谷氏はこの件であるモデルの構想を練っていた。Pen
EE2-Driveである。
Pen
EE2-Drive Proto Model
しかしそこには根本的な問題が存在していた。Pen
EEシリーズはもともとリヤーワインディングを前提に設計されているという点であった。Richo
Auto
Halfはモータードライブを前提として、内部機構のレイアウトが成されている為に、無駄なく、コンパクトにまとまっていた。レリ−ズボタンとスプリングモーターとの位置関係、およびカメラを置く際の安定性等、Pen
EEのモータードライブ化は難産であった。
Pen
EE2-Drive Prot Model
EEシリーズの基本レイアウトを尊重すると、米谷氏にとっては納得のいくモデルが見いだせなかったのだ。こうして試作されたEE2-Driveは、決して世間の前に姿を見せることなく闇へと消えていった。しかしこの段階においてEE2の基本構想はほぼ決定されていた模様である。営業部門内には、ある面において個人的な主義を貫き通す米谷氏の存在を疑問視する者も少なからずいたと伝えられている。
このような背景からオリンパス設計陣は全く異なるアプローチを試みることとなった。それがPen
EMというカメラのプロローグである。EMの設計開発に関して米谷氏がいっさい関与していないことは、ある意味においてオリンパスという大企業における、必然であったのかも知れない。しかし、大企業オリンパスの威信をかけたPen
EMがわずか1年の命となったことは、皮肉なエピローグである。
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