幻のOlympus M-1DF
ハーフサイズ一眼レフPen
Fシリーズに陰りが見え始めた1960年代中盤以降、フルサイズ一眼レフ=Mシリーズの開発計画が持ち上がった際に、M-1には小型、軽量化という課題とは別にふたつの課題がかせられていた。それは、オリンパスはハーフという確固としたブランドイメージという財産に対して、どのように対応するか。またハーフ一眼レフPen
Fシリーズのレンズ群を有効にMシステムに取り込むこと、のふたつであった。
M-1開発初期において、米谷氏はM-1をDual
Format対応モデルとすべく開発チームの陣頭指揮をとっていた。すなわち、フルサイズとハーフサイズの切替え式とするものであったのだ。
しかしMシステムの最重要課題でもあった一眼レフの三悪(重い、大きい、うるさい)追放は
、高いハードルであった。小型軽量化のために先行メーカーの一眼レフの内部構造を研究しつくした結果、単に従来の内部機能部品を小型化するだけでは、目標とするサイズには到底到達不可能であることが次第に明らかになってきた。結果的には、基本的な内部レイアウトについて、ゼロからスタートすることとなった。いかに合理的に内部空間を無駄無く使いきるか、という研究の中から、シャッターメカの配置についての独創的アイデアが誕生したことや、フィルム感度ダイヤル内部を露出系統の機能部品用スペースとして用いたアイデアは有名であるが、併せて消音とミラーショックの吸収をかねたエアーダンパーを装備するなどの、従来には無い機能追加もあった。また操作性の向上の為、必要とあらば在来機種以上の大型化も計られているのは、周知のところである。一眼レフの命とも言われるレンズマウント径についても、従来のモデルよりも大型化が計られていた。
また米谷氏はM-1設計段階で、すでにM-2(すなわち自動露出機能を有する第二のMモデル)の構想を描いており、M-1とM-2は全く同一の寸法/操作性を有することを前提としていたのだ。
自動露出についても最後発メーカーとしての独自性が求められる中、世界初のTTL
ダイレクト測光による露出制御機能を搭載するという構想は、M-1開発中期にはほぼ固まっていた。ただ当時まだTTLダイレクト測光を実現可能とする超高速演算回路は開発途上であり、あまりにも大きすぎた。結果的にM-1を先行して市場投入する形となった。
TTLダイレクト測光に必要な機能部品と超高速演算回路の搭載を前提とした時点で、もはやフルサイズとハーフサイズ切替えメカニズムを搭載する余分なスペースはM1内部には全く存在しなかった。また逆に言えば自動露出機能の搭載の前提がなければ、フルサイズ/ハーフサイズ切替え機能の搭載は可能であったのだ。
実際フルサイズ/ハーフサイズ切り替えに関する技術的問題は、ほぼクリアーし、操作系に関する詰めも行われていた。M-1(OM-1)のトップカバーに位置するメインスイッチのONポジションは実は"HALF"
ポジションだったのだ。"HALF"ポジションに切り替えることで、可変式フレームマスクが展開すると共に、巻き上げ/シャッターチャージ系がハーフモードに切り替わるメカの設計は、70%程度の完成度であったと関係者は語っている。
TTLダイレクト測光による自動露出機能を実現する為に必要不可欠な超高速演算回路及び、従来のCdsを遥かに凌駕するほどの応答性能に優れる受光素子の開発の目処は、自社開発部門だけの問題では無い為、本当にM-1とM-2を一卵生双生児として実現できるかに関して、疑問視する者も開発チーム内には少なからず存在していた為、ハーフ切り替え式が有利と目されていた。
設計に関する最高責任者であった米谷氏は、決断をくだした。「過去の遺産に捕らわれて、将来の可能性を無にしてはならない。小型軽量化による機動性の回復は、現在の一眼レフが失った最も重要な課題である。高い機動性は、高度な自動露出との組み合わせで、その意味を倍増させる。従ってM-2は実現させる必要性があるし、M-1とM-2との寸法/操作性の統一は絶対的なものだ。」