
テレサテン(ケ麗君)
飛行機から見下ろすチェンマイの郊外は緑いっぱいで非常に美しい。三角州に広がったバンコックから飛んで
くるとなおさらその感が深い。生活空間に山の見えないことに慣れている関東平野の住民はどうかしらないが、
やはり日本人は山と緑がいつも見えていないと落ち着かない。
テレサテンがフランス人の恋人とチェンマイに通っていたのは、彼女の名誉を慮ってと言うこともあるのだろうが、
大陸で共産党政権が成立後に雲南から下ってきた国民党軍の住みついた村が近くにあり、そこへの慰問が目的
であったという話を聞いたことがある。
台湾の外省人の娘であり、軍の活動にも協力的だった彼女にとって、一度か二度はそういう目的でこの地に来
たこともあっただろうが、何度も通いつめたのは、やはり山と緑に囲まれ、おだやかな人々の住むこの町がよほど
気に入っていたのだろう。
フランスもそうだがタイも昔から周辺の多くの民族が入りこんで多民族国家を形成していて、もうひとりの異邦人が
彼らの隣りでうろちょちょろしていることに寛大というか無関心というか・・・、旅人にとっては非常に気楽な国なのだ。
フランスはアジア人の彼女には所詮異国、大陸を含むアジアの大スターだった彼女にとって、チェンマイはいち
ばんこころ落ち着ける土地だったのだろう。
☆
小生は決して彼女のフアンというほどでもなかったのだが、砂漠の国にいたときにはいつも誰かが彼女のテープ
を持って来ていたので、何時の間にかその声と歌が身近なモノになってしまっていた。
10年程前からテープはCDに変わったが・・・。
そういうわけで、オイラも彼女に敬意を表して一度ならず、彼女の常宿だったメイピン・ホテルに泊まらせていただ
いた。
ホテルの前に華人のおばちゃんがやっている小さなラーメン屋がある。そこの壁に彼女のサインが入ったメッセー
ジが残されているのを偶然見つけたが、気づいた人は少ないかもしれない。
(07Dec99)
テレサテンのVCD (昆明)
『永遠在我們記憶深処』 Memoの 12月3日の項 参照
台北の桃園飛行場で買ったCD 98年
津軽海峡冬景色など日本語で歌っている。
この時、台湾へは石垣島から基隆へフエリーで入った。
台湾は帰路の切符を持っていれば、今は2週間査証免除 (ビザ無し)で滞在できるようになった。
このときは那覇でビザをとった。