
北ルソン June 1998

山の子どもたち

ローカルバス バスの屋根から
この旅の途次、無性に山本七平氏の本を読みたくなり、
日本に戻ってきて本棚にあった「一下級将校の見た帝国陸軍」を読みなおした。
持って行けばよかった。
大陸小姐
98年にフイリッピンへ行ったとき、マニラでは初めてチャイナタウンに宿をとった。
マニラのチャイナタウンはクリスチャン大名だった高山右近がマニラに追放された17世紀の始めには既に
存在していた記録があるのだから、バンコックや他の東南アジアのそれとくらべてもけっこう古い。
入国した時には空港でK氏とうまく連絡がとれなくて、彼がオイラを捜しに来てくれてもよくわかるようにと
中心部のホテルに泊まったのだが、ひとりで北ルソンを歩いてから首都に下ってきて、出国前に久しぶり
にチャイナタウンが見たくなって訪れてみた。
何故かどこにいってもチャイナタウンに足が向かってしまう。食べ物の関係かな?
宿の近くの食料品店に入りビールを捜していたとき、店の女の子に問うて見たら英語を話せなかった。
どうしてフイリッピンで英語が通じないのかと、不審そうな顔をしたのだろう、
『彼女はつい最近大陸から出てきたばかりだよ』
そばにいた店主かマネジャーらしきおばちゃんが教えてくれた。
こうしてチャイナタウンの新陳代謝が行われていくようだ。
あの大陸小姐、もう英語もだいぶうまくなっているだろうか。
大陸の出国熱はいつの時代も高い。
そのくせ、出てきた彼らは、どこに行っても捨ててきたはずの大陸の文化と習俗にしがみついて暮らして
いる。
(06Dec99)