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      雑 記 [3月]



部屋捜し

 自分は国としての韓国や中国、またその国民のひいきでも何でもないのだが、何故か半分身内意識を感じて、
 いつも彼らの過去や現在の生きざまが気になっている人種である。何処にいても、いつも何か東アジアに関係
 したモノを読んでいるのだが、こういう話しは初めて知った。

 中国人はどうだろう。

       私が日本に来て部屋を探していたとき、不動産屋の人が私を案内しながら言った。
       『外国人だと料理で油を使ったり、壁に何か取り付けたり、大家さんとトラブルを起こすことがあるんで
       すけど、韓国の人はお部屋をきれいに使うので問題ないんですから、すぐ見つかりますよ』
       お世辞でもうれしかった。私が決めた部屋は以前に韓国人が使ったことがあって、大家さんも韓国人な
       らいいと言う。・・・・
       (『東京コリアン純情日記』 安里  総合法令社)

 
 (22/03/00)


『よど号』
 
 『よど号』で
ピョンヤンに行った日本赤軍のメンバーに、テルアビブ空港事件の岡本公三の次兄、武がいた。他の
 赤軍のメンバーと思想的に対立していったのは、どうも日本人妻の影響もあったらしい。妻は福留貴美子、騙さ
 れて北に連れて行かれた高知出身の女性である。
 
 ふたりは北朝鮮から漁船で脱出を試み失敗、政治犯収容所送られる。そして共に処刑されたらしい(1988)。
 (『宿命』 高沢皓司、新潮社)
   
 『宿命』の著者は元は赤軍のシンパで田宮高麿の友人でもあったが、後に袂を別っている。よいしょ本も何冊か
 書いており、それだけにこの本が出た時には驚かされた。もっとも、その分、本代に値するだけの事実は盛られ
 ている。

 著者もこの本に書いているが、90年代に入って日本のメデイアに顔を出すようになったメンバーの中で、先に亡
 くなった(殺された)吉田金太郎、後にカンボジアで偽ドルの札束を抱えて北の大使館員と共にベトナムの国境を
 車で越えようとして逮捕された田中義三、それに岡本武の三人が最後まで表に出てこなかった。
 
 当時、岡本武は北朝鮮の女性と結婚して、巷で幸せに暮らしているとされていたのである。ピョンヤンに通ってい
 た著者でさえ騙されていたというのだから、日本では何にも分からなかったのも仕方がないというべきか。
 
     ☆

 『よど号』の妻たちについては、1992年に金日成が朝日新聞とのインタビューで明らかにしたこと。その結果、当
 事者たちもそうした事実を認めざるを得なくなり、そこから日本で妻たちの素性さがしが始まり、彼女たちがヨー
 ロッパや日本と北朝鮮の間を往復していた事実が明らかになっていった話などが書かれている。

 なお、メンバーの妻たちがヨーロッパで日本人の若者のリクルートをしていた時に、北に連れていかれた有本恵
 子さんの件は、深田祐介が『高麗奔流』の中で背景を借用している。
 
 驚いたのは、別件で頭の中に引っかかっていたいた八尾恵という女性が、『よど号』のメンバーのひとりで工作の
 為に日本に戻っていて逮捕された柴田泰弘の妻だったことが書かれていたこと。北に子供がふたり残されている
 という。彼女もある意味で騙されて北に拉致されていった犠牲者と言えなくもない。
 
 メンバーたちが北とヨーロッパなどの第三国の間を行き来していたのではないかと噂されていたことも、田宮高麿
 の言葉として、この本でその事実が確認されている。
 (18/03/00) 

 


反日教育

 日本にとっても、また朝鮮半島の暮らす人々にとっても不幸だったことは、戦後、南北ともその支配者となった人
 物が外から、そのパトロンたる異国の軍隊と共にやってきたことである。 
 
 日本時代に半島にいなかった彼らは、日本に対しては自分の保護国と一体化した意識を持ち、対日戦勝国であ
 ると考えたがったようだ。
 
 一方、その支配下にはいった国民は35年間の植民地時代に日本人化が進み、新らしい支配者にはそうした彼ら
 のありようが我慢ならなかったようである。
 
 そして、反日教育を掲げることで民族意識を取り戻させようとしたのである。


 これは満州にいる朝鮮族が全く反日意識を持っていないことから見ても、朝鮮半島における反日意識が戦後意
 図的に作られたものであることは明らかである。

 大戦前にスターリンによって沿海州から中央アジアに強制移住させられた朝鮮人も、書かれたものやTVのルポル
 タージュで見る限り反日意識はないようだ。
 

 戦後、朝鮮半島を治めた支配者とは、ソ連軍とともに北に戻ってきた金日成と、米軍に眼をつけられた李承晩の
 ことである。
  (17/03/00)


 日朝赤十字会談

 
米10万トンのお礼に、北は拉致していった7件10人の日本人を捜してくれるという。
 『捜したけれどもいなかった』という、先の回答は何だったのだろう。

 彼らの凄いところは、前後の辻褄が合うとか合わないとかいうことにこだわらないところである。
 しかし、それを知って、相手に合わせている日本側を何と言えば言いのだろう。
 不甲斐ないというべきか、それとも狸オヤジなのか。

 どんな形でも良いから「行方不明者」が出てきてくれれば、そのいきさつを問わないというのが日本政府の方針
 のようだ。

 拉致問題が解決されない限り国交正常化はないと北が認識すれば100億ドルと言われる、国交正常化時の日本
 からの『経済協力資金』(*)を得るために北はこれに乗ってくる可能性もあるかも知れない。

 もっとも、最終段階に達するまでに紆余屈折はあるのだろうが。


            ☆       ☆       ☆


   (*) 北は対日戦勝国であるという立場をとっているので、『賠償金』と言っている。
   
   終戦後、韓国もそう言い張ったのだが、植民地の朝鮮は、事実そうであったのだが、対日協力者とみな
   されサンフランシスコ講和会議(1951)に韓国代表が招かれることはなかった。

   この会議には国連軍と朝鮮半島で戦っていた大陸の共産党政府も、台湾に追われた国民政府も招かれ
   なかった。日本は日華平和条約(1952)で国民党政府と終戦処理を、ついで日中共同声明(1972)で共
   産党政府に乗り換えた。

   ソ連はこの会議に出席はしたが講和条約に署名しなかった。日ソ共同宣言(1956)で国交を回復したが
   北方四島問題がネックになって終戦処理は未だ済んでいない。

   日本が韓国や北朝鮮に対するのにもっとも相応しい態度は、過去をいたずらに謝罪するのではなく、歴史
   を共有した日本時代の彼らの協力に感謝の言葉を述べることなのだろう。
   (14/03/00)


女性の進出
 
 
ソウル大学医学部では新入生の半分が女性だという。『選択 3月号』
 (01/03/00)