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朝鮮語
『朝鮮語で
”万葉集”は解読できない』(安本美典、JICC出版局)という本に付いている<日本語、朝鮮語、アイ
ヌ語の基礎語彙表>というものを見ていたら、「やま」に対応する朝鮮語は現代のそれがSanだが、中期朝鮮
語ではMoiになっていた。
つまり、朝鮮語で「やま」を表現するのに漢語のSanを使うようになったのはせいぜい李朝以後ということである。
どういういきさつがあって朝鮮本来のことばであるMoiを捨ててSanという表現を使うようになったのか、調べて
みたら面白いかもしれない。
また、他にどういうことばが漢語に置きかえられたのか、またその理由についても研究されているのだろうか。
朝鮮語は万葉集のような古代の文献が残されていないことから、ハングルの作られた15世紀までしか遡ること
ができないという。
新羅時代の吏読(りとう=日本の万葉仮名のようなもの)で書かれた詩が何篇か残されているのだが、あまりに
も数が少なく、サンプルとしてそれだけでは古代朝鮮語を体系的に研究するには不充分ということなのだろう。
またハングルが作られてからも、李朝をとおして正式な文字としては認められていなかったようだ。政府の公文
書は漢文であり詩は漢詩である。全国にあったという郷校でも教えられたのは朱子学系の論語の解釈法であり
ハングルの出る幕はなかった。
ハングルが一般の朝鮮人に近づくのは、それが学校で教えられるようになった日本時代の国民学校においてで
ある。
それも、1930年代後半に大陸がキナくさくなり、太平洋の波が高まると内鮮一体がとなえられ皇民化運動なるも
のが始まると朝鮮語は学校ごとの選択科目になってしまう。日本人校長の学校の方が支配者(日本人)にゴマを
する必要がないぶん、朝鮮語が教えられ続けたケースが多かったと聞く。
(31Dec99)

ハングル 扶 余 94
宗親会の看板は韓国の到るところで
見かける。
ハングル
ハングル:朝鮮語で「大いなる文字」の意。朝鮮固有の音標文字。初めは母音字・子音字合わせて28文字あった
が、今は10の母音字と14の子音字を用いる。1446年李朝の世宗が「訓民正音」の名で公布。かって
は諺文(オンモン)と称した。朝鮮文字。
広辞苑によるとこういうことになる。当時の李氏朝鮮では公文には漢文が使われていて、これはその政府が滅びる
日韓併合(1910)までつづくのだが、半島の住民は普段、朝鮮語を話しているのであり公文で使われていた漢字の
発音も年の経過とともにローカル化してくるのは避けられなかった。
この流れに杭をさしなんとか漢字の原音を維持しようとして作られたのがハングルであることは、その本来の名称
『訓民正音』(民ヲ訓シ、音ヲ正ス)からも明らかである。(*) つまり漢字の発音記号として作られたのがハングル
なのである。
これは日本のひらがな・カタカナを真似て作られた中華民国の注音字母(カタカナに似た符号)と同じ思想である。
こちらは地方毎に異なる漢字の発音をなんとか北京官話のそれに統一させようとする意図から作られたものだった。
それは中華人民共和国になってからも引き継がれ、今度はローマ字で書かれるようになる(ピンイン)。今の簡体字
が正式に採用されるまでは、漢字を廃して中国語はローマ字で書こうとする動きもあったのである。
平仮名は日本語(やまとことば)を文字にして書き写したいとの考えから作られたことから、同じ表音文字であって
も最初からハングルとの間では発想が違っている。こちらは漢字についてはその原音を書きとるのに難があるのは
仕方がないこととされていた。
それは英語をカタカナで書きとるのと同じようなものであり、アメリカ人が日本人のカタカナ英語を聞いて、「それも英
語!」と驚くのと似たような状況をつくりだす。
漢文、漢詩ではないいわゆる朝鮮文学がでてくるのが17世紀で、こうなると漢語だけではなく朝鮮の固有語も書き
写す必要がでてくることから、さすがに初期のハングルは改良されていく。
とはいえ、元は漢字の発音記号であっ
た文字で韓国語が書き取れるというのはある意味で驚くべきことである。韓国語にはそれほど多くの漢語が入って
いるということなのである。
金大中氏や金正日氏といった中国風の名前は、百済、高句麗といった強国の間でその存亡の危機に立たされた
新羅が唐と同盟を結んだ際、支配者層から「創姓改名」していったのが始まりだといわれている。
また、「こんにちは」や「ありがとう」といった、言語のもっとも基本となる表現にも「安寧ハシムニカ」、「感謝ハム
ニダ」と漢語が使われていることからも、韓国語のなかの漢語の持つ意味の大きさが納得できる。それは2000年
に及ぶ中国との結びつきの深さがもたらした現実なのであろう。
ただ、現代韓国語における漢語の氾濫については、その最大のものは日本時代に持ち込まれた和製漢語なので
ある。
(27Jan00)
(*) ハングルの由来にはいろいろの説があるが、その背後には高麗期に半島を間接支配していたモンゴルの
文化的影響があるといわれている。民族主義的な自尊心を強く意識している現代の韓国人はそうは言わな
いが、モンゴルのパクパ文字が基本になっているとする説が有力である。
ちなみに今も韓国女性が着ているチマ・チョゴリは、モンゴル支配時代に高麗の王妃はモンゴル皇族の女性
が迎えられていたことから、宮廷はモンゴル風に染まりその服装が今に残されたものである。
(日本の着物は呉服というように中国南朝の呉から入ってきている。)
半島の北半分をモンゴル人に奪われ、南朝鮮においても親元的な政権を作らされた高麗朝に植え付けられ
たモンゴルの残した文化は意外に多くの分野におよび、それが今に踏襲されているようだ。
P.S. 韓国の国語、日本の国語 k-21.htm
日本語との関係
よく日本語と韓国語の類似性が言われる。確かに両者ともウラル・アルタイ語族の一員として、中国語とは全く
違うカテゴリーに分類されている。だが両言語がここまで似てきたのは半島が日本時代を経て、どこまで咀嚼
され吸収されているかは抜きにして、その文化に中に日本語を含め日本文化をまるごと取り入れてしまったことと、
戦後も「反日・克日」が叫ばれ続けた中でさえ日本文化を摂取し続けてきたことが最大の理由である。
このことは江戸時代の日本語よりも現代韓国語の方が、文章表現法や使用単語から見て現代日本語により似て
いているという一事からも容易に理解できることである。
江戸時代の文章には句読点を使った表現法がなかったように、李氏朝鮮でも朝鮮語の正書法には使われては
いない。
これは日本語の影響を受ける前の中国語でも同じである。
言文一致の文章は日本では二葉亭四迷から始まるが、この成果も日本時代に朝鮮語に持ちこまれている。学校
教育や官庁の使用言語、新聞、法律、文学作品などなど通じて、韓国に持ち込まれた近代の諸々をあらわす単語
や表現方法の影響を受け、李朝の散文的な朝鮮語は劇的に変化し近代を語るにたる言語として現われてくる。
中国史家の岡田英弘氏が『現代マレー語とはマレー語の皮を被った英語である』と書いていたが、同様にこうして
出来た新しい朝鮮語とは『朝鮮語の皮を被った日本語』とも言えるのである。
つまり、日韓両語の類似性とは韓国語(朝鮮語)が日本語の影響を受けて変化し、その文章構文が日本語そっくり
になってしまったのであり、もともと両者が似ていたのではないのである。
韓国語も法律や新聞の文章、政治、技術論文などの改まった文章になればなるほど、日本語そっくりの構文を持つ
文章になっている。
さらに幕末期から西洋の文明を取り入れるためにつくられた和製漢語の存在も見逃せない。日本の新聞を開いて
もそこにでてくる単語はほとんどがここ100〜130年来に造られたものである。このほとんどがそのまま韓国で使
われている。
半導体や超電導などの戦後つくられた造語も多い。マスコミやアパートという和製英語、省エネや財テクなどという
和英合体語、パンやカステラなどポルトガル人が14世紀に日本に持ちこんだものだが由来も知らず向こうで韓国
語になっている。
☆ ☆ ☆
実は現代中国語も日本語の影響を受けて、確かに主語、動詞、目的語と並ぶ語順の違いはあるが、日本語に似
た文章構文になっているのである。中国において口語体の文章が書かれるのは、日本から上海に帰った胡適が
上海で雑誌「新青年」で始めてからのことなのである。
日本の学校で教えられる漢文や漢詩は中国人にとっても古文、古詩なのであり、それが難解なのは日本人にとっ
てそうであるのと同じ状況にあることは日本では意外に知られていない。
日本製の漢語が中国語の中に氾濫しているのは、日本人旅行者が中国旅行をしていて筆談で話が出来ることか
らも明白であるが、ヨーロッパにおけるラテン語がそうであるように、政治や文化、科学、芸術など抽象的で高尚
な話題になればなるほど一発で相手に通じるのである。
翻訳語を中心として幕末期からひとつずつ先人たちがつくってきた新造語をむこうでもそのまま使っているからで
ある。中には「手続」や「取消」など、漢字で書かれた「やまとことば」
まで中国に渡っている。
こうした状況になったのは日清戦争後、清朝がそれまで2000年に及ぶ歴史を持つ科挙制度を廃止して、中央官
庁の官吏登用を日本留学者をもってそれに代えたという理由もある。
戦後も一時期まで、台湾も中国もその閣僚の半数は日本留学経験者であるのが普通だったのである。
韓国のほうは日本時代は北海道のように日本の一部だったのであるから、日本語教育が行われていたので、日
本語の浸透率は中国以上に高い。
フランスで韓国人と話をしていて「avalanche」という単語がでてこなくて、つい日本語で「なだれ(雪崩)」とつぶやく
と通じてしまった経験がある。あれだけ倭色排斥運動が何度もおこなわれても生き残っている「やまとことば」がま
だまだかなりあるのである。
☆ ☆ ☆
もっとも和製漢語の方は全て排斥してしまうと、日本語から幕末期以後に作られた単語を排除するのと同じで、
新聞や教科書にでてくるような単語がおよそ全て消え去ってしまい、日常的な会話が成り立たなくなってしまうので、
日本語単語の漢字を韓国読みすることで元来の韓国語と見なされているようだ。
日本語のように外来語をカタカナで書くというようなことがないので、ほとんどの韓国人は自分たちが日本語を
使っているとは知らないでいる。中国人も漢字は自分たちの作り出したものだからという理由で、こちらも日々
使っている日本語を中国語だと思いこんでいる。ベトナムでも似たような状況にあって、ベトナム語の中に入りこ
んだ日本語の存在に気付いているいる人はほとんどいない。
ローマ字で書かれている外国語の単語をイタリア人はそれをイタリア読みしていても、それが英語でありフランス
語であることを認識しているのだが、アジアではどうもそうではないらしい。もっともローマ字は表音文字ゆえ書いて
しまうと、それぞれの言語の癖が一目でわかるようになっているのだが。
(28Jan00)