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 日本国王

  沖縄の友人にサンミゲルビールを1本送ったら、現地のオリオンビールが1カートンになって戻ってきた。
  これじゃ昔の中国に対する朝貢貿易のようなものである。
  
  もっとも、日本は大陸との間に2000年に渉る関係を持っているにもかかわらず、朝貢船をそれほど送り
  だしていない。7世紀初に統一された日本国が成立して以後は、聖徳太子が遣隋使船を送り出したのが
  大陸との付き合いの始まりとなるが、菅原道真が894年に遣唐使を打ちきっている。

  その後、倭寇に手を焼いた明が足利義満に御朱印船を受け入れることで海賊船の取締りを依頼してきた
  という歴史があるが、室町幕府の力の衰えと共になくなってしまった。


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  東アジアでは近代に入るまで中国との付き合いは朝貢と冊封という中国皇帝に対して周辺国家の首長が
  文化と政治の両面で臣従をあらわすことで保持されていた。

  ところが日本は遣隋使や遣唐使という朝貢船を送りはしたが、聖徳太子がそうしたようにこちらには「日出
  づるところの天子」(天皇)がいるとして、冊封関係には入らなかったのである。


  こういう国柄ゆえ義満が日本国王に冊封された時には、これで日本も中華世界秩序の一員になってしま
  ったと、当時から彼の評判は悪かった。しかも、かれは日本の実権者であっても日本の元首ではなかった
  である。

  もっとも、彼にすれば日本には彼をして幕府の主宰者たる征夷大将軍に任じた天皇がいるのだから、
  『日本国王』はいわば二重任官であったわけで、形式だけのことだと考えていたのかもしれない。
  

  沖縄でも、朝鮮でもそうだったが臣従した国王は中国の皇帝の使節にたいしては、都の入り口で拝跪
  してこれを向かえることになっていたのだが、義満はそういうことはしなかったらしい。使者を肩車にして
  遊んだりして辟易させたという記録もあるという。

 
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  韓国のメデイアは天皇のことを日王と呼びたがるのだが、こうした風潮は80年代に入ってからのことではな
  いか。日本はインドやローマがそうであったように、早くから中華世界秩序の枠の外にいたことから、この
  足利義満を除くと誰も日本国王であったものはいないのである。もちろん天皇が日本国王であったことなど
  一度もない。

  朝鮮の役の講和に際して、明は秀吉を日本国王に任ずるむねの冊封書を持ってきたことがあるが、当人
  は北京に天皇を置き、自らは江南の寧波にあって大陸を含んだ政権を建てるつもりでいたのだから、全く
  相手にしていない。
 
  もっとも、志賀島から『倭奴国王』の金印が出ていることから、ヤマト政権ができる以前には北九州にあった
  倭人の国のひとつであった奴国の王は後漢から冊封されていたことになる (57年)。また卑弥呼も魏から
  親魏倭王の称号をうけている (239年)。

   
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  中華世界秩序に組み込まれていた朝鮮半島ではいつの時代も中国の元号が使われていたのに対し、日本
  列島では中大兄皇子の”『大化』の改新”(645年)以後、今の『平成』に到るまで日本独自のものが使われて
  おり、大陸とは別の世界に属していることを主張していた。

  昔、朝鮮の文人たちは自分たちが中華世界の一員であることに誇りを感じ、化外の日本に対しては文化的な
  優越感を抱いていたのであり、それは今の韓国のインテリたちも感じていることである。

  しかし、中華世界の一員であるということは、自国の元首が中国から冊封を受けた『朝鮮国王』であったとい
  うことであり、彼らもそれは認めているのだが、化外の地の日本では『日本国王』がいなかったいうところまで
  考えが及ばないらしいのである。
  
  
  それとも、韓国が『王』で日本のそれが天『皇』では、位負けになってしまうということで、これはまずいと気づい
  たということなのかもしれない。隋・唐を始めとする大陸のいくつもの王朝の皇帝になりかわり、自分たち韓国
  のメデイアが日本に対し、過去千数百年を遡り常に中華世界の一員であり文化国家であったことを認めてや
  ろうということなのか。天皇対し過去に遡り『日本国王』の称号を与えてやろうということなのだろうか。  


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  しかし、日清戦争の結果、半島を大陸の影響力から切り離そうとした日本が朝鮮を中華世界秩序から独立
  させたことから、李氏朝鮮は大韓帝国となり自前の「帝国」を呼称し、以後、朝鮮国王が『皇帝』を称すること
  になったのである。

  日本から与えられた独立ではあったが中華帝国の価値が暴落したことに気づくと、その帝国内の一王国である
  ことに満足できずに『帝国』を名乗った国から見ると、昔から独立していた日本という国が今度は羨望の的に
  なってしまった。

  天皇を『日本国王』にしておきたい深層にはそんな嫉妬意識があるのだろう。
  (05/05/00)