
こんなひどい国には、もう二度と来ることもないだろうと、ニューデリーからバンコックへ出る機中で思っていた。
あれから十年余を過ぎて、また行ってもいいかなと考え出している。
「旅のモノなんですが・・・」
ヒマラヤのアンナプルナの周回路を1ケ月ほどかけて歩いてきた後、途次にトロンパス(5416m)を「まいった、まいった」
とぼやきながら、と言うより半分死ぬ思いで越えて来たこともあって、下界のポカラの町ではほんとに何もしないでぼけ
〜っとしていた。(それでも、いちおう、ぼけ〜っとはしていたらしい)。
或る日、突然自分が仏教国家日本(?)のパスポートを持っていることに気づき、インドに向かうバスに乗り国境を越
える手前にあるルンピニを訪れた。釈迦の生誕地といわれている土地である。
当時(86年)、日本の援助が入り確かユネスコの名の下で聖地の整備事業が行われていた。もっとも、そういった看板
が立っていたのだが、現場事務所もなければヒトの姿も見なかったような気がする。
あの工事はもう完成したのだろうか。
カンボジアのアンコールワットやジャワのボロブドール遺跡の修復にも日本の援助が大きな役割を果たしたというが、
まずは喜ばしい話である。少なくとも、日本に核ミサイルの照準を合わせているような国に毎年何千億円もの巨額の
援助をだすより、税金の使い道としては余程納得できることである。
ルンビニではこの遺跡内にある仏教寺院に付属する宿舎(巡礼宿)に泊まらせてもらっていた。
某日の朝、いつものように庭に一本立っている水道栓で顔を洗っていると、そのうちの何人かは簡易式の(?)袈裟を
着ていたように思うが、釈迦の聖地巡りをしている日本からの仏教関係者らしき十数人の団体さんのバスが着いた。
あとでインド人のガイドに聞いてみると、前日、国境の向こうの町に泊まり、早朝から出てきたと言う。
のどが渇いていたのか水を見て顔で洗おうとしたのか、バスから下りた人々のうちの何人かがオイラの方に近寄って
きた。歯ブラシ片手に 「おはようございます」
と挨拶すると、そのうちのひとりが驚いたように、
「えっ、日本の方ですか?!」。はい、と答えると、
「どうしてこんなところに・・・、ここに住んでるの?」
「ええ、あそこに・・・」
と、振り向いて後ろの建物を歯ブラシを持つ手で指差すと、
「ああ、修行僧の方ですね。ご苦労様です」。両手を合わせて拝むような挨拶をする。
まいったなあ、「いえ、あの、旅のモノなんですが・・・、すみません」
。つい謝ってしまった。
なん日かをお寺の境内で寝起きをしていると、ぼんくらも外見だけはそのように見えてくるのだろうか。
☆ ☆ ☆
水道といえば、インドでは水道の水を飲んでいた。あの悪評高いカルカッタでもそうしていたが、中国では絶対に水道水
を飲まない。必ず熱水(リュウスイ)である。
現地のヒトがそうしているからということなんだろうが、随分いいかげんなことをしている。インドの水の方が怖そうだ。
インドでも普通のヒトはチャイ(ミルクテイー)ばかり飲んでいたようだから、インド人もあまり水道水など飲まないのかも
しれない。しかし、チャイで顔は洗えまい。
田舎など水道が来ていない所も多いだろうから、井戸水を使っているのだろうが、生で飲んでいただろうか?
ミネラルウオーターなども売っていたように思うが買って飲んだ憶えがない。今一度、確認に行くべきか?
なお、上述しているようにルンビニはネパール領内である。
(15Dec99)

カニシカ王の石柱 スノウリのインド・ネパール国境
ルンビニ インドの国旗がポールに垂れている。
石柱は西暦2世紀(*)
のもの。途中で折れている。釈迦の顕彰碑である、同時に今となっては
その出生証明ともなっているが当人の死後500〜600年経ってからのモノゆえ、後者としての
利用価値はどれほどのものなのか。
カニシカ氏はクシャーナ朝の第3代の王。当時のインドは盛大な仏教国でガンダラ-の仏教遺跡
は有名。
(*)
手持ちのガイドブックにはこの石柱がBC250年ごろのモノとあるが、碑文からカニシカ王が建てたことは
明らかであるので、2世紀作とした。間違っていたら追って訂正する
なお、後に釈迦牟尼(釈尊)として崇められた、この地に生まれたゴータマ・シッダールタの生年は
不詳。
『その生母、麻耶夫人(*)が産期が近づき生家に帰る途中、この園の無憂樹の下に休息した時に
降誕したという』(広辞苑)
BC566〜486、またBC463〜383とも。80歳で入滅。場所はクシナガル。(同)
タイの仏暦では今年(1999)が2542年にあたり、最初の1年が釈迦の亡くなった年から始まると
TVでタイの女性が語っていた。
これだと、釈迦の生年はBC623〜543となる。それぞれの生年はどういう根拠を持っているの
だろう。
(*)
神戸に麻耶埠頭なるものがあるが、元はここから来ているのだろうか?