北京の胡同 (裏どおり)

    

 パスポートを見ると、初めて中国に入ったのが1983年の12月18日となっていた。
  日本人のひとり旅としては、わりと早い頃の入国者だったかと思う。
 

                     


幻想崩壊

初めて中国に行った時(83年)には、外国人が入れない地域や町があるなどということも知らず、外国人が泊まれ
ない宿があるなんて考えもしていなかった。
まだひとりで旅行をする外国人も少ないない頃で、こちらはどうしても中国人のなかに埋没してしまう。むこうもまさか
目の前のモンゴル顔が外国人だと思いもしないから、同国人として扱うので、道中の食事から始まり、バスの車掌
とのいざこざ、などなど散々な目にあうことになった。どうして中国人は互いに敬意をもって人と接しようとしない
のかと何度も腹を立てたことだった。

大陸が貧しいことは知っていたが、みんな助け合って貧しくも美しく暮らしているのだろうと思っていたのが、とんでも
ない間違いであることが分かり、まだ少し残っていた共産中国への幻想が吹っ飛んでいった旅だった。
(18nov.99)

   


 

人種差別

初めて中国に入ったときに香港から乗った列車でブリスベーン(オーストラリア)で移民の子どもに母国語を教えてい
る、スペイン政府から送られて来ていた女性と隣あわせた。彼女と広州で分かれる時に、2週間後の正午に首都での
再会を約束する。北京には『北京飯店』という名の首都を代表するホテルがあることを日本の新聞などで知っていた
ので、そこのロビーで会う事にした。

感動の再会の後、旅の苦労ばなしを始めると、このスペインの女の子はけっこう楽しい旅をしてきたようなことを言
いだす。どうも、金髪の西洋人でしかも若い女性ということでけっこうちやほやされたらしい。
後に何度も中国を訪れるうちに、中国人は日本人以上に人種差別主義者であることに気づかされるのだが、その
最初の体験だった。
(18nov.99)
 
 


 

日本のODA

昨日のNHKの夜9時のニュースで、貴州省の山中の村に水道を日本のODAで引いた話を取り上げていたが、数百万
円でできるような工事をどうして中国政府なり、地方政府がやらないのか不思議でしようがない。

核ミサイル攻撃システムの構築にお金をつかったり、その効果が疑問視されている三峡ダムを作ったりする前に、
広い中国、もっと他にやるべきことはいっぱいあるはずなのに。
(17nov.99)
 



 

人民統治

二度目に中国に入った時に、旧満州を一回りしてから瀋陽から列車で北京に入った。昔も今もお偉方の居住区となっ
ている中南海のあたりを歩いていて、共産党の世になっても中央政府の人民を統治するシステムはほとんど変わって
いないのではないかと感じたものだった。

中南海から全国にエリート役人(共産党員)や軍隊を派遣して、各地方を治めるシステムは今も健在である。
戦後、台湾の支配者が日本人から大陸から来た国民党とその軍隊へと代わったように、旧満州でも北京から送
られてきた共産党員とその軍隊(人民解放軍)が満州国政府の日本人官僚と関東軍にとって代わったということ
である。
(16nov.99)

 

            

        

     北京 1986

       シンガポールから石油関係の仕事で中国に来ていたリム(林)くん。 <左>
           この時、休暇で北京に出てきており、王府井の宿で多人房の隣のベッドの住人だった。

 

 


対日感情

近は中国全土に反日風が吹いているので、状況はだいぶ変わっているのかかも知れないが、86年当時
旧満州でも戦前からそこに住んでいた現地の人達やその家族の対日感情が良いのには、それまでさんざん
戦前の日本人の悪業について日本のメデイアを通じて聞かされていて、ある意味で覚悟していただけに拍子
抜けしたものだった。(日本によって工業化された豊かな旧満州には、満州国時代同様、戦後になって
からも千万人の単位で人々が関内から入ってきたという。)

今の政体が変われば、旧満州においても公式には中国共産党の悪業だけが語られることになるのだろう。
16nov.99)

 

 

  

     

    旅順口 1986 

        当時は外国人は旅順には入れなかったので、中国人の乗るバスに紛れこんだ。
          ハンガリー製のイカルスというバスで、ローカル製に比して乗り心地は良かった。

 


石原訪台

石原都知事が台湾を訪れ、中国政府が不快感を表している。地方自治のあり方が日本とは随分違っているので、
いくら外務省が『地方の知事の行動や発言に政府は責任を持ちかねる』と突っぱねてみても、納得してくれる相手
ではない。
もっとも、納得してしまうと、その人物の首が飛んでしまうので、中国の役人ならここはあくまでも抗議を続け
ざるを得ない。

言うべき時にはきちんきちんと抗議してくる、こうした中国政府のやり方を日本政府も見習うべきでは。
(16nov.99)