[ 目 次 ]      月刊・お好み書き 2004年3月号


リタイア犬の引退後の生活問題を考える【第2弾】

 

 本紙03年12月号で、リタイアした盲導犬では最長寿のユキちゃんと、ユキちゃんのご家族を紹介した。
 今回は日本ライトハウスと日本の女性で初めて盲導犬を持った戸井美知子さん、また日本サービスドッグ協会の方々を取材。盲導犬はどうやって育つのか、リタイアした後はどうなるのかなどのお話をうかがった。

(文・写真 森下香奈子)




■盲導犬が社会に出るまで■

 盲導犬は、盲導犬訓練所や繁殖ボランティアの下で生まれた犬、また外国から輸入された犬で形成されている。
 そうして生まれ集まった犬たちは、パピーウォーカーというボランティアの下へ預けられ、そこで人間に対しての信頼感や安心感を深め、人間が大好きな犬に育てられる。そして1歳になると訓練所へ戻り、さらに1年間の訓練を受ける。
 訓練が終了したら、マッチング(使用者と犬の性格が合うかどうかを訓練所が判断すること)によって選び出された使用者との共同訓練を経て、いよいよ盲導犬として社会の中で活躍する。
 ところでみなさんはゴールデンレトリーバーやラブラドールレトリーバーならどんな犬でも、躾や訓練をさせれば盲導犬になると思っていないだろうか。それは全くの誤解で、日本で初めて盲導犬になった犬はシェパードであるし、躾や訓練をさせても気が弱すぎる犬、または逆に気が強すぎる犬は盲導犬になることができないのである。
 たとえば日本ライトハウスによると、02年4月1日〜03年3月31日の1年間でパピーウォーカーに預けた犬は98頭。そのうち盲導犬として不適格になった犬(リジェクト犬という)は62頭にも上るという。
 全ての犬が盲導犬になれるわけではないのである。

 

■育成にかかる費用■

 盲導犬を1頭育てるには、300万円もの費用がかかると言われている。盲導犬になるために生まれてくる犬はたくさんいるが、盲導犬になれる犬はほんの一握りである。しかも盲導犬になれなかったリジェクト犬にも、盲導犬になれた犬と同じだけの費用がかかっているのである。
 一方収入は以下の通り。盲導犬貸与事業を実施している自治体(都道府県)と委託契約をしている訓練所は、その自治体に在住の視覚障害者に盲導犬を貸与すると、自治体から1頭当り190万円ほど支給される。また若くして職を失ったリジェクト犬は、リジェクト犬を引き取りたいと申し出た家庭へ引き取られるが、その際、施設への寄付として5万円を引き取り側が支払うことになっている。
 あとの不足分は自治体や政府からの助成がないため、寄付や募金でやりくりしているのが実態だ。

 

■取得の条件は歩行不能■

 盲導犬を希望する人は、全国に9ヶ所ある盲導犬協会へ直接問い合わせるか、各市町村の福祉窓口に問い合わせる。取得の条件は18歳以上で身体障害者手帳の1種1級程度を持ち、視力による単独歩行が困難な人に限られる。盲導犬を取得する条件を満たした人は約1ヶ月間、協会で犬と共同訓練を受ける。訓練が終われば、協会から盲導犬を無償で貸与されるわけだ。
 その他にも東京都にあるアイメイト協会では、同協会の犬を持つときに、「プライド料」という料金を払う制度がある。これは、自分の命を預けて歩いてくれる犬に対して払う料金で、使用者がお金を払えば犬を大事にし、犬を使いこなす意力を引き出すという意味合いを持っている。
 アイメイト協会から盲導犬を初めて貸与される時は15万円を、2頭目以降は9万円を支払う。

 

戸井さんとアリサ。日本ライトハウスの盲人情報文化センター内で

■日本の女性で初めて■

 盲導犬のことについて無知であった私が取材を進めていくうちに、本誌スタッフの笑福亭伯鶴が出入りしている、日本ライトハウスの盲人情報文化センターに、アイメイト協会について詳しい人がいて、その人は日本の女性で初めて盲導犬を持ったという情報を得て、話を伺うことにした。
 その人こそ冒頭で少し紹介した戸井美知子さんである。戸井さんは盲導犬を初めて持ったときからずっとアイメイト協会の犬と生活をともにしている。残念ながら5頭目は、同協会に犬がいなかったため、関西盲導犬協会の犬と暮らしていた。現在はアイメイト協会育ちの、真面目で少し怖がりなアリサが6代目のパートナーを務めている。
 戸井さんは昭和38年に初めて盲導犬を持った。当時の日本には盲導犬の訓練所がアイメイト協会しかなく、戸井さんは「日本で6頭目の犬だったの。6年越しの願いが叶ってやってきたのよ」と当時の喜びを語ってくれた。その犬は現在のように繁殖された犬でもなければ、パピーウォーカーを経験したわけでもないシェパードだった。
 ところが大変いい犬に育てられていたそうだ。
 あるとき、戸井さんはその犬に妊娠をさせた。なぜならば次の犬を持つためのあてが無かったからである。しかし妊娠はさせたが出産の時期が遅かったために死産し、その犬も後日死んでしまったと言う。その後を引き継いだ2頭目もシェパードで、3頭目から現在お馴染みのラブラドールレトリーバーや、ゴールデンレトリーバーに変わったそうだ。
 戸井さんが盲導犬を持ちはじめた当時、世間の盲導犬に対する認識は皆無に等しく、盲導犬を連れて交通機関を利用することが出来なかった。しかし戸井さんは「交通機関が利用できなくても、盲導犬がいれば自分の好きなときに、好きなところへ行けるから、それでもよかった」、また「歩くことは人間の本質でしょう?どうしても1人で歩きたかったの」と言っていた。

 

■歩いて出かけること■

 昭和48年に国鉄(現在のJRの前身)旅客営業取扱基準規定により、列車への盲導犬持ち込みが許可された。この規定が成立するまでに、盲導犬を連れていない視覚障害者が、ホームから転落する事故が後を絶たなかった。このことが列車への盲導犬持ち込みを許可した一番の要因だろう。それを皮切りに、だんだんと盲導犬を連れて入ることが出来る施設が増えだした。今では生鮮食品を取り扱うスーパーマーケット(私のアルバイト先のスーパー)や、理髪店にも盲導犬を連れて入ることが出来る。
 ただ、今も盲導犬を連れて入れない場所がある。そこは病院である。患者の感染症予防や衛生面のことを考慮すると、盲導犬は病院へ1歩も踏み入ることが出来ない。
 まだ盲導犬を連れて入れない施設はたくさんあるが、戸井さんが初めて盲導犬を持ったときに比べると随分行動範囲が広がったと言える。しかし戸井さんは、これ以上盲導犬が普及しなくてもいいのではないかと考えている。戸井さんにそう考えさせる原因は、盲導犬を持っていてもガイドヘルパーを連れて歩く人がいたり、盲導犬が無料で貸与されるために「とりあえずもらっとけ」と考えて犬を大事にしない人がいるということである。盲導犬を新たに持つときに「前の犬で訓練を受けたから、今回は訓練を受けずに早く犬をくれ」と訓練を怠る人もいて「盲導犬を連れて歩いて出かけることの難しさ」という意識が薄れているようである。
 マッチングで選ばれた使用者と盲導犬は、訓練所に寝泊りしながら約1ヶ月の共同訓練を受ける。その生活は今までの生活リズムが崩され、それは辛いものだという。
 しかしこの共同訓練を怠ると、使用者と犬の信頼関係ができない。さらに何頭か盲導犬を持ったことがある使用者はまだしも、子供の犬は初めて、使用者と暮らすために知らない環境へ放り出される。すると犬はストレスがたまって気が散り、仕事をちゃんとこなさなくなるのである。
 戸井さんは「盲導犬をしばらく待ってでもほしいと言う人へ、優先的に貸与するべきである」、また「どれくらい自分が盲導犬を必要としているかが問題だ」と話した。
 自分の目となり、命を預けて歩く。盲導犬を持ってまで、歩いて出かけたいのであれば、自分の目である犬を大事にしないわけにはいかないはずである。

 

■10歳くらいでリタイア■

 たくさん育てられた盲導犬の卵たちの中から、晴れて盲導犬として社会に出ることが出来た犬は、使用者の目となり、使用者の命を預かりながら生活を共にする。
 そして盲導犬自身が階段の上り下りを辛そうにしたり、足を引きずって歩くようになるとその仕事をリタイアする。だいたい盲導犬が10歳くらいになるとリタイアするようである。
 盲導犬をリタイアしたら訓練所へ戻り、自分が生まれた繁殖先や、自分 が育ったパピーウォーカーの下へ、または面倒を見てくれるボランティアがいれば、そこで余生を暮らす。

 

■気力・体力・経済力!■

 リタイア犬は訓練所が催す見学会に集まった人やテレビや新聞などの報道で関心を持った人、また盲導犬使用者の知り合いやご家族、パピーウォーカーが引き取っている。
 しかし安易にリタイア犬を預かってはいけない。訓練を受け、躾が行き届いた盲導犬はたとえリタイアしたからといっても、元気なうちはペットとして飼いやすい。しかしそんな考えや「かわいそうだから・・・」という善意の気持ちだけで引き取ってしまうと、自分もリタイア犬も幸せな生活を送ることが出来ないのだという。
 リタイア犬と、リタイア犬を預かる家族が幸せに暮らしていくには、ある力が必要なのである。ユキちゃんを引き取っている松井さんはこう話す。
「リタイア犬を預かるには3つの力がいるんです。それは気力・体力・経済力!」
 私は確かに松井さんがこの3つの力を持っていると感じた。 同じ態勢で横たわっているために軽い呼吸困難を起こし、苦しそうに深呼吸するユキちゃんだが、重度の歯槽膿漏で歯茎が腫れ、化膿して出てくる膿が歯茎から鼻にかけて開いた穴を通って鼻の穴から垂れてくる。
 こんな痛々しい姿を毎日、いつ絶えるか分からない命が続く限り、愛し見守り続ける「気力」。自力で立つことが出来ないユキちゃんを片手に抱いて、もう片方の手でシーツやタオルを換えたり、食事を与えたりすることが出来る「体力」。ユキちゃんを預かるための「経済力」。
 この経済力がまた難点なのである。ユキちゃんの容態がいいときは、ユキちゃんが寝ている間に外へ出ることが出来るが、容態が悪い時はユキちゃんを放って働きには行けないのである。そのため松井さんは、ユキちゃんを預かる前からアルバイトをしてお金を貯めている。
 パピーウォーカーには医療に関しての補助金がある程度は支給されるが、リタイヤ犬には一円たりとも補助が支給されないのも経済負担を重くさせる一因だ。
 このように、リタイア犬を預かると莫大なお金がかかるのだ。
 さらに松井さんは「リタイア犬を預かると同時に、今まで自分の目をして生活してきた使用者の想いも一緒に預かるんですよ」ともおっしゃった。
 リタイア犬を看取ることが出来ない使用者の想いを、代わって果たすという責任が負える人でないといけないのだ。
 リタイア犬を預かるために必要な3つの力を持ち、使用者の想いも預かることが出来る覚悟があってこそはじめてリタイヤ犬を預かることが出来るのである。
 私は松井さんのお宅を訪ねたときに、正直なところ、あまりの大変さに言葉を失っていた。ところが松井さんは私が思ってもいなかった言葉を発したのだ。
「ユキと暮らしていて大変だと思ったことはありません。むしろユキがいない生活のほうが考えられません」と話すや、松井さんは涙を流した。ユキちゃんは寝たきりで、世話をしてあげても尻尾を振ったり「遊んで!」とせがんだりはしない。それでも松井さんの中で、ユキちゃんは大きな存在なのである。
 松井さんの涙、この涙の意味は一言では伝えられない。

 


眠っているユキちゃん。2月9日(月)

 

■預かれる環境作り■

 私はユキちゃんに会うまで、リタイア犬を間近で見たことがなかった。それ以前に、戸井さんにお会いするまで、仕事をしている盲導犬というものをテレビでしか見たことがなかった。
 初めて盲導犬に接したとき、盲導犬は他人に懐かないかもしれないという先入観があったが、戸井さんが「遊んでおいで」と言うと、アリサはペットになった。しかしそれも戸井さんの許しを得ている間だけで、戸井さんが「戻っておいで」と言うとペットだったアリサは、瞬時に仕事の顔に戻り、戸井さんが仕事をしている机の足元へ戻った。
 こうして仕事をしている時は常に使用者の命令に従い、使用者の目となって毎日緊張して暮らす盲導犬。
 リタイア後、酷使してきた体を安心して休ませる環境が、今は簡単に用意できないでいる。
 松井さんは、リタイア犬の引き取り手が増えてくれることを望んでいらっ しゃるが、リタイア犬を預かることが容易ではない現状を知ってしまうと、引き取り希望者が減ってしまうのではないかと懸念もされている。
 リタイア犬を預かりたいと思った人が、容易に預かることが出来る環境作り。それが今、問題なのである。

 

 


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