[ 目 次 ]      月刊・お好み書き 2003年11月号


中国、農民画のふるさと、金山を訪ねて


パソコン教室を描いた農民画 今年度優秀作品のひとつ
  中国農民画が見たい! その一心で筆者は中国を訪れた。中国へは度々訪れている筆者だが、庶民の日常をその素朴なタッチで描く農民画に魅入られてしまった。その絵は「金山」という場所で多く描かれているという。だが、現地を訪ねてみるが農民画を知る人はほとんどいないありさまだったが。

(文・写真/新野貴子)




 数年前私が初めて上海を訪れたとき、現地の知人に連れて行ってもらった土産物屋に飾ってあったのが、色鮮やかな農民画であった。すぐに気に入って購入し、毎日のように眺めている。そしてそれ以来、中国に行くと必ずと言っていいほど、お土産として農民画を買ってきていた。
 昨年冬、古書店で過去に日本で開催された中国農民画展のパンフレットが売りに出されていた。早速買ってたくさんの絵の前書きには、この絵が上海近くの「金山区」というところで数多くかかれているとある。 「来年の中国旅行は金山にしよう」私はすぐにそう思った。ところが、予想外の情勢、SARSである。夏期休業中はしかたなく断念、下火になった秋に行くことになった。
 午後発、現地午前発という2泊3日の予定で、フリープランの上海旅行の予約をする。実質、中の一日で金山に行かなければいけないのだ。バイブル的なガイドブックである「地球の歩き方」にも金山区の行き方は掲載されてなく(だから、他の旅行誌にもない)、まさしく「ぶっつけ」の旅行となった。

 

★農民画? 知らない!★

 HISで予約。「『イーカートン』という50元までの公共交通(地下鉄、タクシー、バス等)が利用できるカードをプレゼント」、「現地ガイドあり」その二つが私を少し安心させる。ところが、着いてみればカードはくれたものの、現地ガイドは「金山という、農民画のふるさとの場所への行き方を教えてほしい」の私の質問に、「知りません」のひとこと。「知ってそうな人やホテルの人に聞いてほしい」の頼みにも全く応じてくれなかった。上海に着いたのが午後だったから、明日一日で金山をまわろうと思ったら、今日中にせめて行き方だけでも聞いておかなくてはならない。
 しかし、ホテルでは日本語は通じないし、ホテル内の「旅行案内」のカウンターも、開店休業状態。しかたなく外に出て、街を歩く。
 中国でも、国内旅行はブームで、街のいたるところに「旅行社」の看板をあげている店がある。その中の一つ、誰も客はいなかったが、親切そうなおじさんのいる店に、わらをもすがる思いで入った。何を聞くにも最初は、「私は日本人で、中国語は少ししかわかりませんが、教えて頂けませんか」と話すようにして、相手の反応を見る。そして、私が今までに出会った中国人は、必ずと言っていいほど、親切丁寧に接してくれる。この旅行社でもそうだった。「私は中国農民画が見たい。上海の付近の金山に博物館があるそうだが、行き方を教えてほしい」旅行社の方にそう言うと、彼はそこら辺にいた人みんなに聞くが、わからないとのこと。すると、彼は次にどこかに電話をかけた。早口で何か話しているかと思うと、即座にメモをとりはじめる。電話を切った後、彼はこう言った。「博物館は知らないが、農民画の金山は、中山公園の駅付近からバスが出ている」。私は丁寧にお礼を言い、旅行社を出た。
 外はもう暗くなっていたので、とりあえず明日の朝に迷わず「中山公園」に行けるように下見をしようと出かける。私が初めて中国に来たときに比べると、交通網はみるみる発達する上海。今では地下鉄まででき、わりと行きたいところに連れて行ってくれる。私が泊まった良安ホテルの付近には「漢中路」という駅があり、路線図には中山公園という駅名が見えたので、安心してその日は上海一番の繁華街で、歩行者天国でもある「南京路」を散歩した。マクドナルド、ケンタッキー、ピザハット、回転寿司、吉野家など、日本人が一人で来ても(値段は別として)安心して食べられる店が増えてきた中で、私は小さい路地を曲がったところの店で食事をする。野菜炒めが3元(1元が約15円)、ビールも5元と、安価だった。

 

★素朴な風景画がそこに★

訪れた金山農民書院の全景

 翌朝7時前にホテルを出る。言われたとおり中山公園で地下鉄を降り、国鉄(?)の駅付近でバス停を探す。そして、親切なおばさんにきのうの旅行社の方に書いてもらった紙を見せ「金山」の文字を指すと、「このバスに乗ればいい」と教えてもらった。無事に乗り込むことができ、揺られること2時間(これだけ乗れて10元とは安い)、無事に『石化』という駅に着いた。途中は田舎道もあったが、着いたところは大都会。たくさんの企業がビルを建てていて、経済が動いているのがわかる。ここでも、旅行社の看板を見つけて入っていく。カウンターに一人おばさんが座っていた。
 「金山の農民画の博物館に行きたい」「では、私がバス乗り場まで連れて行ってあけます」。おばさんは私のために、店を空っぽにしてバス停まで連れていってくれた。
 そしてまたまた揺られること30分。「健康通り」というところに『金山農民書院』があった。
 門をくぐって管理棟の様な所で10元を払い、左手にある建物へ。1階のみが観覧できるギャラリーになっており、ちょうど訪ねたときは、今年の農民画コンクールでの優秀作品が主に飾ってあった。
 私が農民画を好きになった理由の一つに、「庶民の素朴な日常の行事や風景を描いている」ということがある。題材になるものとしては、物売り、漁をする人、祭りや結婚式、子どもの遊びなどさまざまであるが、どれも輪郭がくっきりしており、あまりぼかしなどを使わない色遣いも他にはない独特な絵といえると思う。これらは、20世紀70年代の末から、この地方の伝統とされてきた刺繍や布織り、かまどの壁画などの芸術の特徴を、絵画にうまく応用して作品にしたものだという。
 ギャラリーを見渡すと、私の好きな子どもの日常の様子も数多く飾ってあった。中でも学校か塾なのか、パソコン教室の風景が描かれたものがあった。「今風やなあ」と、一人で感心していた。またしばらく見ていると、「絵画教室」というタイトルの作品があった。「どこかにこんな教室はあるんですか」そこにいたスタッフに聞くと、「今日はその教室の日です。みんな3時になったらとなりの建物に来ますよ」ということだった。「ちょっと見てもいいですか」と聞くと「いいですよ」の返事。そのときまだ12時だったので3時間ほどあったが、街をぶらぶらしてから、あらためて来ることにした。
 わたしはそこで買った絵と絵はがきと画集を管理棟に預け、書院の周りを歩いた。書院を囲っている塀は2メートルぐらいの白いもので、所々に色鮮やかな作品が展示されてあった。
 しばらく歩くと、学校のような建物があった。私も職業上、学校らしきものを見ると、とりあえずのぞいたり、ぐるっと一周したりする。するとそこの壁(ブロックのようなもの)には、子どもの絵画教室の小学校別の優秀作品が大きく拡大されてプリントされてあった。どれも10歳ぐらいの子どもの絵だが、タッチがどれも農民画っぽいところに、金山の地域性を感じ、とてもおもしろかった。

 

★こうして農民画ができる★

 3時過ぎになり、農民書院にもどる。管理棟の人たちも私のことを覚えていて、「右側の棟の4階で教室をやっているよ」と教えてくれた。階段をのぼり、教室のドアをあける。
 まだ2、3人しか来ていないが、すっかりアトリエ風の室内には、いくつかのキャンバスが立てられていた。先生風の人が「ゆっくり見ていってください」と言いながら、今日来る生徒の絵を何枚か出してきた。自分の描いた絵は、教室に置いて帰る人、家でも少し描いてくる人とあるという。しばらくすると、何人かの生徒さんがきた。
 子どもを連れた若い母親、私の母ぐらいのおばさん、(日本なら)会社を退職したぐらいの男の方など、年齢性別もさまざまであった。そのうちの一人の男性が、今日で絵が完成したということで、画板から取り外す行程を見せてくれた。
 端の方だけのり付けされて貼り付けられていた和紙には、多少の余白があり、描いた部分を破らないようにカッターで少し切り目を入れて、そこからへらで上手にはがしていく。四角くはがし終わった絵は、定規とカッターを使って余白がないように直線に切る。みごとな農民画のできあがりだ。
 男性は、新しく描くための行程も見せてくれた。ここでは、オリジナルを描く人もいれば、模写をしている人も多くいる。男性はこれから模写をするらしい。まず黒で縁取りだけされた(輪郭だけ描かれた)絵を画板に貼る。といっても、ちょんちょんと四隅をのり付けする程度だ。次にそれよりも大きな和紙を余白が均等になるように上に貼っていく。これは、原画プラス1センチの余白を残してその周りをていねいにのり付けしてはがれないようにしていた。次に原画のとおり、線書きをしていく。原画は色見本と二つあり、それを見ながら、書き落としのないようにしていくのだ。次に、色見本を見ながら、着色していく。絵の具は下の線書きの原画には映らないようだ。さきほどはがされた絵の下からも原画が出てきたが、色はほとんど染みついてはいなかった。原画があるといっても全くの模写にしなくてもいいので、自分なりに少しアレンジした作品を描いた人もいた。そこから、自分の描きたいものが浮かんでいき、オリジナルもうまれていくという。
 子ども連れで来ていた母親は、家から画板を持ってきて、三脚に乗せた。春節祭の子どもの龍舞を描いている。「今日は青を中心に描くんです」母親はぬりえをするかのように、線書きされた子どもの服を塗っていく。彼女はオリジナルを描いているので、自分のイメージでどんどん色づけしていった。
 ひととおり見て回ったので、隣の部屋に行く。そこには昔の農機具が置かれてあった。くわやすきやとうみなど、日本とあまりかわらない機具であり「これが画材になることもあるのかな」と私は思った。
 帰りのバスのこともあるので2時間ほどの短い見学だったが、私の知らなかった、そして今まで見たこともなかった農民画の描かれる過程を少しでも見れて、とても充実した旅になった。ギャラリーの絵はまたしばらくすると変わるとのこと。また機会があれば訪れてみたいと思った。
帰路、金山区から石化までのバスの中から団地が見えた。その壁面に大きな農民画が描かれてあったことが、最後の金山の印象として残った。


絵画教室では模写の作品とオリジナルの2通りが描かれている

 


[ 目 次 ] [ 上 へ ]     月刊・お好み書き 2003年11月号