[ 目 次 ]      月刊・お好み書き 2003年9月号


阪神優勝特集

祝 阪神優勝!



ついに阪神優勝!! 胴上げされる選手たち(注:写真は85年当時のものなのでご注意を)

  やっとこの日がやってきた! 前回の優勝から18年。星野仙一監督率いる阪神タイガースは9月某日、怒涛のようなファンの歓声が渦巻くなか、歓喜の胴上げを行った・・・。とはいってもそれはまだ先の話。少し気が早いが、本紙は一足お先に阪神優勝記念号をお届けする。

 

−目 次−
★苦節18年 やっとこの日が★
★このなんという幸せ★
★歓喜にわくタイガースファン★
★阪神オーナーを直撃した!★


★苦節18年 やっとこの日が★

「高校での3年間野球から学んだことは何ですか」と尋ねる記者に「お、おもいや りです」と泣きじゃくりながら答える負けチームの主将。
  「高校野球ってええなあ」と熱闘甲子園を毎晩見ていた。もちろん日中繰り広げら れる熱戦も時間がある限り、軟式野球を始めた7歳の息子と観戦していた。優勝チー ム常総学院の選手たちに胴上げされ木内監督のからだが宙に舞った。これで今年の夏 も終わり。・・・と熱く燃える思いに浸りながら、目を久しぶりにプロ野球に転じて みた。すると、な、なんと阪神タイガース5連敗中。ゆ、油断していた…。 開幕から6月くらいまではいくら勝っても、みんなが「絶対優勝や」と言っても、 マスコミが騒ぎ出しても「期待したらあかん、去年のことを思い出すんや、これから 死のロードもある」とみずからをたしなめていた。  だけど、7月にはマジックが点灯し、さすがにほっとしていたところだった。やっ てくれるなあ。「これがほんまの阪神。今まで勝ってたのはギャグ」なんていうイン ターネットの書き込みもみつけた。
  毎年成績を落とすロード中の成績。今年もその心配を裏切らず4勝11敗という結果 に終わった。それもこの10年で最低の勝利だったなんて。なぐさめはまわりチームの 負けでマジックはぼちぼち確実に減ってはいたこと。まあ、こんなもんや。阪神ファ ンは裏切られることにかけては性根ができている。
  苦節18年、なんてその前の21年に比べたらなんてことはない。18年前、「優勝を知らない子供たち」がラジオから流れていた。「優勝を知らずに〜僕ら〜はそだぁったぁ〜♪」という出だし。ジローズがその昔歌っていた「戦争を知らない子供たち」の替え歌なのが耳に懐かしかった。
  前回の優勝した1985年のシーズン中、私はずっと病院の中にいた。9ヶ月に 及んだ入院期間は開幕巨人戦3連勝で始まった。まあ、阪神が勝てば嬉しいかな、程 度の私だったが、暇な入院生活の間、食堂で入院中のおじちゃん、おじいちゃんたち と共に阪神を応援している間に、私のベッドのまわりにはタイガースグッズが増えだ した。 鈴付きの旗、メガホン、はっぴ、真弓選手のテレカをお見舞いに持ってきて くれた友人もいた。私が調子悪くて(悪いから入院していたのだが)、べッドから起 き上がれないでいる時でも、朝一番に長期入院をしているおじいちゃんが杖をつきな がら部屋まで来て、「おじょう、昨日もタイガース勝ったな」と叫んでくれた。   また常連のおじちゃん連中は、病室横の廊下を通るたびに、私のベッドの足元に立 ててある黄色と黒の旗についた鈴をチリンチリンと鳴らしていった。「今日もがんばっ てくれよ」。 
  そして、優勝決定の日。病院は9時消灯だから、普通であればその瞬間はあきらめ なければいけない。しかし、看護婦さんが大目に見てくれたおかげで、9時を過ぎて も食堂にほとんどの患者さんや看護婦さんが集まり、試合の最後までを見届けること ができた。
  優勝決定後、吉田監督の胴上げや飛び交うテープの渦を見ながら、暗い食堂で (ということは病院には内緒だったのか)、患者さんみんなや看護婦さんたちと固い 握手を交わしたことが忘れられない。
  1985年のフィーバー(この言葉はすでに死語)ぶりは確かにすごかった。年末 の紅白歌合戦には当時の吉田監督が審査員で出演していた。それだけでなく、ハーフ タイムには北島三郎、島倉千代子、水前寺清子などの出演者が「六甲おろし」を歌っ たのを皆さん覚えているだろうか。それほど、阪神タイガース優勝は大きかった。今 年もその感動がもうすぐやってくるのだ。
  ただ問題は今私が関東圏にいること。テレビでのプロ野球放映はほとんどが巨人が らみのもの、阪神VS広島とかダイエー VSオリックスというカードなどは時々BSでやってくれるくらいで(いや、阪神V Sヤクルトや横浜ならともかく、阪神VS広島は今まで一度も放映されていないかも しれない)、とにかくほぼ巨人戦しかテレビでやることはない。それなら、とラジオ をつけてみたことがあるが、これもどのチャンネルでも判で押したように巨人戦だけ を放送していた。もちろん言うまでもないことだが、このあたり(横須賀周辺)で、 白地に黒の縞模様の帽子をかぶっている子供を見かけることはない。  当然のこと ながら、書くこともはばかれるが、息子は巨人ファンとなってしまった・・・。 「阪神優勝」の文字がはっきり見え出してからのこの負け続き。こういうことにへ こたれる阪神ファンではないことはいうまでもない。関東出身の夫はテレビで阪神V S巨人の試合を観ながら、つくづく言う。
「負けても負けても、応援してくれるファンがこんなにいるなんて本当に阪神とい うチームは幸せだね」と。
  横浜ファンという20歳の男性もこう私に尋ねた。
  「関西には近鉄、オリックスもあるのに、どうしてタイガースだけこんなに人気が 高いんですか」と。ナンデだろう。やっぱり巨人あっての阪神応援ということか。ま あ、そんなムズカシイことは考えずに、優勝の瞬間を待とう。 でも、さっきインターネットの検索のところに「阪神 優勝」と入れようとした ら「阪神 愁傷」になってしまった。おっとっと・・・。

(本紙スタッフ 田中敦子)

 

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★このなんという幸せ★


道頓堀のグリコもタイガースを応援!

  今(8月22日現在)、ロードでちょっと足踏みしてるが、今年の開幕前に阪神タイ ガースの、この快進撃をいったい誰が予想しえただろう。
  今年は開幕からずうーっと、勝利の美酒に酔いしれる日々。 ああ快感。おおきに 阪神。おおきに星野監督。感謝してます、選手のみなさん。
  前回の優勝。あの時は、全身全霊で酔いきれんかっただけに、今回は身も心も魂も 打ち振るえながら、楽しんどります。なに? 前回、85年は阪神ファン違たんかて?
  いいえ。阪神ファンでしたで。優勝の決まった日は、缶ビール片手に、深夜までニ ュース番組見ながら涙ぐんでましたがな。え? ほな、なんで心から喜べんかったん やて? 
  まあ、皆さん聞いて下さい。実は後ろ暗い過去があるんです。 私、転向者なんで す。なんや、85年の俄か阪神ファンかやて。ちゃいまっせ。あの時は、俄か阪神ファ ンが巷にあふれたけど、私は俄かやおません。正真正銘。あの78年、ドラフト前日 の11月21日。江川の「空白の一日」。あれで巨人ファンをやめたんです。なにが強く 正しい巨人軍や。えーい。グレたる。
  まあ、皆さん聞いて下さい。なんで私が巨人ファンになったか。
  小学校の頃です。どこにも勉強が出来て、スポーツ万能。おまけに家金持ちいうの、 いてまっしゃろ。いましたんや。こいつ、ソフトボールするいうたらユニフォーム着 て来まんね。阪神の縦縞の。小学生だっせ。私らグローブ買うてもらうので精一杯。 昭和30年代や。まだまだ日本は貧しかった。こいつ4番でサード。背番号11。あの大 投手村山と一緒。こいつ名前まで村山でしてん。嘘みたいやけど、ほんまの話。私は ピッチャー。守備が下手やから、守らんでもええからいうてなった投手。くそー!  どうでもええけど、こいつ京大へ行きよった。こんな奴が身近におったら誰でもグレ まっしゃろ。それで私は、泣く泣く巨人ファンになったんでおま。
  ちなみに、お袋も熱烈な巨人ファン。風呂入るのも、ラジオ持って入る。
  ある時、私は言うたんだ。転向して数年後でした。「もう、ええ加減に巨人ファン、 やめたらどないや」ほな、「なに言うてんの。あんたが私を巨人ファンにしたんやな いの」。
  そうです。野球知らんお袋に、野球教えたん、私でした。 親父は、大洋(現・横 浜)ファン。なんでか。ある日、私とお袋に言いました。 「お前ら、巨人ファンか。ほな、オレは今日から大洋ファンや」。
  そういう家系なんです。どんな家系や。
  あれから私は、心からの阪神ファンになるために、血の滲むような努力をしました。

  野村監督が来た時は、阪神応援落語を作って、網野町の野村阪神後援会発会式まで行きました。なにが。営業違うわい。吉本の有名な阪神ファンの落語家さんの、阪神応援本のゴーストライターもやりました。なに。便乗しての金儲け。違うわい。 こうして禊を済ませ、身も心も清く麗しい阪神ファンに生まれ変わった私は、今年の快進撃を心底楽しんでいるのです。
  フレー! フレー! ハ ン シーン。バンザーイ。

(作家 さとう 裕)

 

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★歓喜にわくタイガースファン★

 

  東京・新宿の京王百貨店にある関東地方で唯一の阪神タイガースショップと、熱狂的なトラファンが集う東京都荒川区の小料理屋「みゆき」を訪ね、念願の優勝に、歓 喜にわくタイガースファンの胸のうちを聞いた。(門田 耕作)

  日曜日の夕刻、京王百貨店のタイガースショップでは、大阪・梅田の阪神百貨店ほどのフィーバーぶりはないが、それでも十数人の熱心な関東のファンが、優勝の喜びをかみ締めるようにグッズを手に取り、1人でいくつもかごいっぱいに買い求めていた。
  リストバンドとTシャツを買った東京都葛飾区の自営業、宇田川寿和さん(38)は中学生のころからのタイガースファン。もともと動物の虎が好きでファンになったという。  18年ぶりの優勝に、「ずいぶん長かったなあ」と一言。優勝の要因を「星野監督の采配が浸透してきたこともあるが、新加入の金本、伊良部が大きかった」と分析する。来シーズンに向けては、「補強も入れて、また来年も慢心しないで勝ち続けたい」と話してくれた。
  グッズでいっぱいの大きな紙袋を抱えてインタビューに答えてくれた埼玉県蓮田市から来た会社員、藤井憲一さん(50代半ば)は、前々回、昭和37年の優勝を鮮明に覚えている。中学生だった藤井さんは、村山投手の活躍に心を打たれ、自身も30歳くらいまでは社会人チームで野球をしていたという。「藤本や赤星、井川と、野村監督が手塩に掛けた選手が一人前に育ってきたことと、片岡、金本という補強がかみ合ってきたのが勝因」と語る。喜びを前面に出さないのは「日本シリーズがまだですから」。

  「(リーグ優勝に)沸き上がってシリーズで負けたのではしょぼんとしてしまう。最後の最後に勝たないとね」と言う藤井さんだが、最後に「ファンの欲ですかねえ」と言って、やっとほほえんでくれた。
  タイガースファンが集う「みゆき」は、10人も入ればいっぱいのカウンターだけの小料理屋。女主人の南城洋子さんは20年ほど前、タイガースのお店がやりたくて兵庫県から上京してきた。店内はタイガース選手のポスターや色紙、応援メガホンなどで飾られ、グラスやお銚子お猪口もタイガース仕様。その日もすでに熱心なトラファンが3人、お酒を飲みながら、店内のテレビの阪神―横浜戦に見入っていた。
  優勝の喜びを南城さんは「18年間待ちに待った。みんなで美酒を飲んで心から酔いしれたい」と言う。タイガースの魅力を「バカな子を持った親の心境。頼りなげなどうしようもないところが好き」と表現した。
  でも早々と優勝を確実なものにした今年のぶっちっぎりの強さに、さぞかし来シーズンへの自信も大きいかと思いきや、来年については「Aクラスに入ってもらいたい。2年続けて(優勝)はないと思うんで」と控えめな答えが返ってきた。  「阪神ファンは控えめやで」と大阪からの出張途中に立ち寄っていた常連客。タイガースの応援サイトを運営しているというその男性は、優勝の時は現場の球場ではなくテレビの前で感涙の涙にふせる、鳴り物入りの応援団ではなくタイガースの試合、タイガースってこんなに素晴らしいんだと、多くの人に知ってもらいたい、これからタイガースファンになろうとする人たちの裾野を広げているのだと言う。

  南城さんには忘れられないシーンがある。それは92年、湯舟、中込、亀山、新庄らを擁して最後までヤクルトと優勝争いを繰り広げたシーズンだった。その優勝争いの天王山、ヤクルト阪神の直接対決3連戦の初戦、同点で迎えた9回裏、八木が見事サヨナラホームランをほうり込んだ!と誰もが思ったが、当時のヤクルト・野村監督の抗議で判定が覆り幻のホームランに。結局その試合は延長戦の末引き分けに終わり、その後勢いを失った阪神は優勝を逃してしまった。それからも10年以上がたつ。


東京都荒川区の小料理屋「みゆき」 熱心なファンが勝利の美酒に酔う

  苦しかった時代を振り返り、一人の客が「オレはやる気のない今岡が嫌いやった」と言えば、「あれは野村(監督)が悪いんや」ともう一人。また一人が「そんなことない。選手が悪いんや」と、遠慮ない議論にも花が咲く。みんなの声が届いたのか、この日今岡は安打を放ち、後続の三累打でホームを踏んだ。
  阪神ファンではない私も、いつしか心地よい酔いとともに、日本一になったらまた、この店を訪れようと思っていた。

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★阪神オーナーを直撃した!★


この方がクマ爺です

  阪神タイガースの名物オーナーといえば、クマ爺こと久万俊二朗氏。82歳の高齢だが、いまも現役オーナーとして阪神グループの頂点にいる人物である。
その久万オーナー、今年2月に肺ガン手術を受けて以来、人前に姿を現す機会はめっきり少なくなった。ごくたまにスポーツ紙でコメントを拝見するが、かつてのような元気な写真姿もない。
  タイガースは快進撃を続けているが、そのオーナーの身になにかあれば一大事。  さて、筆者がかなりお節介な心配をしているとき、久万オーナーが大阪市内の整骨院に通っているという情報を得た。そこで8月某日、本人への直撃を敢行。オーナーの弁によれば、首が痛くて整骨院に通っているらしいが、はたして術後の経過はいかがなものか。
  タイガース好調の感想と病気のことも聞いてみた。あまり時間はなかったが、終始上機嫌で質問に答えてくれたクマ爺、いや久万オーナーであった。

 

 

Q 今年はじめに手術をなさいましたが、体調はいかがですか。
A ご心配かけてすみません。正直、体調はあまり良くありません。体重も体力も少し落ちましたね。仕事もセーブしていますよ。

Q ところで今年のタイガースですが、オーナーから見ても予想外の活躍ではないですか
A はい、これは予想外でした。去年が4位でしたから、今年2位か3位にまで上がればいいなぁ、と思っていましたから。まさかここまで活躍してくれるとは・・・。あまりに強くて慌てていますよ(笑)

Q 慌てているのは、来シーズンは選手のギャラもベースアップしなくてはいけないってことですか。
A あはは、そうかもしれませんね。どこかで借金しなくてはいけませんなぁ(笑)。

Q しかし、ベースアップは選手全員でしょうね。下がる人はいないのでは。
A 確かにそうかもしれませんね。せっかく整骨院に通っても、私の首もまた回らな
くなりますわ(笑)。

Q 監督人事ですが、星野監督は正解でしたね。
A ええ、正解でした(きっぱりと)。星野は本当によく頑張ってくれています。

Q 優勝すれば大阪市内でパレードを行う、という話がありますが、オーナーも参加
しますか。
A いやいや、私は恥ずかしいから、そのような派手な場所にはあまり行きたくないんですよ。見ている方が楽ですわ。ただ、星野監督や選手たちにはパレードで優勝の喜びを味わってもらいたいですね。これからも阪神を応援してください。

  ところで久万オーナーには、7月18日に発売になったJR虎姫駅(滋賀県)の「優勝祈願記念入場券」を差し上げた。恐縮するオーナーだったが、「ほぅ、こういうものがあるのですか」と、この切符の存在をあまりご存知ないようで。
  トラ関連グッズもあまり興味なさげなのは、選手のギャラアップで頭がいっぱいだからでしょうか。

(本紙編集長 庄村有治)


筆者が久万氏に手渡した記念切符



 


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