引退前の一日、東さんの自宅でくつろぐポリーの座っている姿。体には東さ
んの古着のTシャツ。おなかをこわしていたポリーに東さんが冷え防止として着せた。 ただ、胴囲80センチのポリーには既製の犬用の服が入らず、東さんのTシャツを着せたという話である。 |
| 「盲導犬クイールの一生」という本が話題になり、七月までNHKでそのドラマが放送されていた。多くの人に盲導犬が知られるようになり、やっと盲導犬が日の目をみたのかと嬉しく思っている矢先、以前から私のよく知っている盲導犬「ポリー」の送別会の案内が届いた。ポリーというのは、大阪市職員で大阪中央図書館に勤務する東(ひがし)泰江さん(30)の使用していた盲導犬(メスのラブラドールレトリーバー、13歳)の名前だ。最初、「視覚障害者労働フォーラム」という集まりで東さんを知り、その後、お芝居やコンサートなど一緒に行く仲になり、東さんとの友情が深まるにつれて、いつも東さんと一緒にいるポリーに愛着がわいてきた私は送別会に飛んで行った。この度、ポリーの引退にあたって東さんに話を聞かせてもらった。と同時に、ポリーの盲導犬訓練時代の訓練士だった日本ライトハウス盲導犬行動訓練所の所長代理である菅庸起(すがつねき)(44)さんにも、話を聞くことが出来たのであわせて報告したいと思う。
(磯貝 圭子) |
ポリーは、7月6日(日)東さんと別れ、大阪府吹田市の新しい飼い主の元で、他の犬たち2匹と共に普通の飼い犬として「第二の人生」を送っている。
★何か忘れ物をした気分★
東さんとポリーは丸9年間一緒にいた。ポリーと別れて2週間あまり。さぞ感傷的 になっているだろうと今の気持ちを聞いたが、反対に「世話をしなくてすむようになっ
て、時間が余って仕方がない」という意外な言葉が最初に返ってきた。しかし、その 上で「何か忘れ物をした気分がする」とも。やはり、ポリーは東さんにとって、大切
なパートナーだったのだ。
★職場でも後押し★
盲導犬をもつことになったのは、平成6年4月大阪に就職で故郷の熊本から出てき て、5月に初めて職場で「盲導犬」という言葉に出会ったのがきっかけだ。そして、
気づいたら2ヶ月後の8月には和歌山・白浜(現在の訓練所は大阪・河内長野市)の 訓練所にいた。訓練のために1ヶ月休暇を取らなければならず、躊躇していた東さん
に、職場はポンと休暇の許可を下さったそうなのだ。同僚が盲導犬を使うことを後押 ししてくれて、本当に事がトントン拍子に進んだようである。
「犬は飼ったこともなかったし、盲導犬を持つなんてことも考えたことなかったの で、最初盲導犬を持つことになった時は『こんなもんかあ・・・』と思いました。た
だ、白杖の生活をしていて、盲導犬がいたら便利かなとは思っていました」
印象に残っていることの一つとして、「海水浴事件」を挙げてくれた。東さんが 大阪市の職員寮にいた時代、仲間と保養所を使い、北陸の方面に観光に行った。そこ
には水族館があり、その脇に砂浜があった。
★海にめがけてまっしぐら★
その砂浜には東さんとポリー達の一行以外誰もいなかったし、砂浜が広くて気持ち よさそうだったので、東さんは普段ははずすことのないハーネスと、そしていつもは
決して離すことはないリード(引き綱)を離したそうだ。そうすると、さすがにポリー も嬉しかったらしく、一目散に海にまっすぐに飛び込み、人気のない海でひとしきり
泳いだ。
しかし、この後が大変だったらしい。というのは、海に飛び込んだのはいいが、海 水なので体がベトベトになり、まず、近くの水族館に行って水道を借り、真水で海水
とそのあと砂浜を歩いて砂混じりになった体を洗わなければならなかった。
★二度とリードは離さない★
当然家の様にドライヤーなど使えないので、持っていたバスタオルでポリーの体を 拭いたのだが、何分中型犬のラブラドールレトリーバーである。一生懸命ポリーの体
をきれいにしたのは良いが、休憩時間が終わりバスに乗り込むときにはポリーの体は 半乾き状態だったという。
同行の仲間達には、ポリーの意外な一面が見られたので喜ばれたらしいが、東さん は、固く「今後二度とリードを離すものか」と心に誓ったそうである。
ポリーは13歳という人間にしたら60歳代半ばという年齢で引退した。東さんの 話では4〜5年くらい前の8〜9歳くらいの時、病気で後足を悪くしてしまった時に
一度引退の話を考えたらしい。ただ、その足の病気も薬を付けていれば大丈夫だった ので、そのまま盲導犬として働いて貰ってたということだ。ただ、今年になって、ポ
リーのおなかの調子が悪くなって東さんの仕事にも影響が出てきたので、菅さんに相 談したら「引退の話」が出たそうだ。盲導犬を使うことになったのも突然ならば、引
退の話がまとまったのも突然だった。
「ポリーも他の犬たちと同じように余生を暮らせて一安心です」と東さんは言う。 引退後はおなかの調子も治ってきていると聞き、ほっとしている。
東さんは、今白杖の生活に戻っているが、また盲導犬を使おうと思っている。ただ、 ポリーの時がそうだったように盲導犬に全て頼るような生活をするという過度の期待
をするのではなく、「会ってから考えます」という返事が返ってきた。
★物覚えのよい犬だった★
ポリーの訓練士だった菅さんに、ポリーの訓練時代の印象を聞くと、まず「はっき り覚えていないんですよね」と言われた。そして、「はっきり覚えていないというこ
とは、最初から盲導犬として扱いやすかった」「人間でもそうだと思いますが、出来 の悪い子ほど印象が強いでしょ、それと同じで印象があまりないということは、物覚
えのよい、明朗で犬たちに対しても興奮することなく対処できる犬だったということ です」「振る舞いが女の子女の子していて、愛嬌もあり、自分をきちんとコントロー
ル出来る犬」だという話だった。
東さんとの組み合わせの仕方についても質問すると、当時はまだ今ほど盲導犬が普 及していなかったこともあり、選ぶという感覚ではなく使用者である東さんが盲導犬
をきちんと世話出来たことが、ポリーとコンビを組むことになった比較的大きな理由 だったそうだ。
今は盲導犬になる犬の数も多いので、そういった意味では幅広い範囲から使用者を 組み合わせることが可能になっている。
盲導犬の引退の時期としては、大体10歳くらい〜12歳くらい(人間の年齢で6 0歳代くらい)が目安とされている。
新しい犬との持ち替え時期を考えて早めに(例えば9歳前後に)引退の相談を受け て、新しい犬との持ち替え時期をさせた場合、新しい犬が予想以上に早く準備できた
場合などは、9歳前後で引退する場合もある。
★次の飼い主にも好印象★
ポリーの場合も、10歳くらいの時に、菅さんも「そろそろ引退を考えないと・・」 と思っていたそうだが、使用者の東さんから、特に年を重ねて困ったことがあるとい
う連絡もなかったことと、東さんがその頃転居し、盲導犬訓練所の方から連絡が取れ なかったということがあった。
たまたま転居先の連絡をした今年春、東さんの方から「ポリーのおなかの調子が悪い」という申し出があったので、そしたら年齢もいっているし、引退させようかという話になったそうだ。
加えて、リタイア犬を引き取る話がタイミング良く一気にまとまったので、引退を決めた。ポリーには「あと何年間かは楽しい思いをして暮らして貰いたい」と菅さんは考えている。
ポリーを引き取った家族には、すでに11歳になる老犬がおり、リタイア犬も安心して任せられる。ポリーと初めて会った時にも、ポリーに老けた感じがないという好
意的な印象を持ってもらえたようだ。
「いい感触で、これからよい余生が過ごせるのではないでしょうか」。菅さんは自分が訓練したポリーの安住の地が見つかったことを心から嬉しく思っている。