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裁判所の命令を無視―。暴力団が、ではない。小さいとはいえ地方自治体である町が、である。この「町」とは琵琶湖の東南に位置する滋賀県豊郷町。人口約7千人の小さな町である。その町の豊郷小学校が事件の舞台となった。 裁判所が出した解体工事差し止めの仮処分命令に従わず、町長である大野和三郎氏が業者に命じて同小学校の窓を取り壊し始めたのだ。町全体を揺るがす大騒動に発展した。
(取材・写真/庄村有治) |
★窓ガラスを次々と破壊★
昨年12月20日のこの日、豊郷小は二学期の終業式があったばかりだった。児童が帰宅した直後、代わって現れたのは解体工事を請け負う作業員たちと引越し業者。10人以上の作業員が教職員の制止を振り切るように2階へ上がり、バールで窓ガラスを破壊し窓枠を外した。実質的な解体工事の開始である。
そのため、同小の保存・改修を訴える住民らともみ合う騒動に発展してしまった。
豊郷小学校の改築問題は新聞やテレビで報道されたから、ご存知の方も多いと思う。筆者も昨年初めから見守っていたのだが、町側のあまりにマヌケな行為を見て、取材に動くことにした。
豊郷小を訪れた日、校内でここを卒業したという中学生2人に出会った。彼らは「テレビを見て胸が痛んだ。勉強した校舎がなくなるのは淋しい。お手伝いできることがあれば、と思ってやって来た」と話していたのが印象的だった。
★建築家はあの会社も設立★
その豊郷小学校は、米国の著名な建築家であるウィリアム・メレル・ヴォーリズ氏が昭和初期に設計した校舎である。ちなみに、このヴォーリズというお方、もともと英語教師として滋賀県にやって来たのだが、商才もあったらしく、メンソレータムで有名な製薬会社「近江兄弟社」を設立している。
彼の設計による建造物はいまも日本に数多く残っており、有名なものとしては大丸大阪心斎橋店や主婦の友社、関西学院大学、神戸女学院大学などがある。
彼に設計を依頼し建設費用を財布からポンと出したのは、豊郷町の出身で丸紅の重役だった古川鉄治郎という人物だ。 建設資金は当時で60万円。いまなら約10数億円に匹敵する額だという。この金は古川の全財産のうち、約3分の2にあたるといわれ、財産の大半を投げ打つ行為に周囲も心配したが、「私の生まれ育った村のためになるのなら、どんな辛抱でもします」と語ったエピソードが残っている。
完成したのは65年前。1937年(昭和12年)というから戦前の話である。昔の小学校はいまと違って、町の名士が寄付した例があちこちにあったのだ。
著名な建築家が設計しただけあって、小学校といえどなかなかの威容を誇っている。
敷地中央にある校舎は本館中央部が3階建て。両翼は2階建てになって左右対称にひろがり、南北に講堂と図書館が配置されている。だが、写真でも分かる通り、いま現在は周囲を工事用のフェンスで囲っており、その荘厳さを外部から見ることは出来ない状態だ。
★耐震性に問題あり?★
さて、この古い小学校を取り壊し、新しく改築しようという動きが、阪神・淡路大震災をきっかけに起こった。
豊郷町が平成8年、同校校舎の耐震調査を実施。調査を担当した建築設計事務所は「コンクリートに問題がある」とし、補強のための改修には多額の費用がかかるとの結果を出した。その後、この調査を受けて昨年10月には町議会が校舎の改築を決定。改築費用は19億円。年間予算30億円の町財政にとっては突出した額である。昨年12月に解体工事に着手し、今年春には新校舎が完成する手はずとなったのである。
だが、この決定に疑問を投げかける人たちが現れた。同校卒業生や地元の人々が「豊郷小の歴史と今後を考える会」を結成し、各地でシンポジウムを開催。改築の是非について建築専門家などの意見を求める活動を開始した。
その結果、多くの建築構造の専門家から「この建物は構造上も大丈夫」であるというお墨付きもらっている。ほとんどが「廊下や壁はメンテナンスが必要であるが、建築物そのものに構造的に問題はない。丈夫な建物である」という意見だったという。メンテナンスにかかる費用も改築費用よりずっと安くすむ、という話である。
筆者も知人の建築家に意見を聞いたところ、「私も豊郷小を見学したが、戦前の建物は現在のものよりうんと丈夫だ。耐震性はおろか、耐爆性まで考えて作られている」と断言している。
その「考える会」が改築に反対するのは、構造上の問題だけではない。もうひとつの理由がある。それは、同小が建設当時「東洋一」といわれた優れた建築物であり、重要な文化資源である点だ。さらに、地元名士の私財で建設された経緯や、65年間、地域の誇りとしてきた校舎であることも大きな理由である。
余談だが、豊郷町のホームページには豊郷小学校が紹介されている。むろん、歴史的に意義ある建造物、としてである。いまとなってはブラックユーモアにしかならないが、同校に歴史的な価値があることは町も十分認識していたのであろう。
★なぜ改築を急ぐのか★
結果、解体工事着工を急ぐ豊郷町に対して「考える会」は昨年、解体工事差し止めを求める仮処分を大津地裁に申し立てた。日本建築学会近畿支部も「近代建築史上・教育史・文化史的に極めて貴重な建物。現地で保存活用を」という内容の要望書を同町の教育長に提出している。このため、昨年12月19日、反対派住民の意見を認める仮処分の決定が出た。
しかし、豊郷町の大野和三郎町長も強気を崩さなかった。「児童の安全性が最優先」「議会で決まったこと」を根拠に、解体着工は予定通り、という姿勢を貫き通したのだ。
ところで昨年3月、豊郷小を考えるシンポジウムが同町で開かれた。参加者は大野町長のほか、「豊郷小は耐震上問題あり」の診断を下したM設計事務所、建築学や建築史が専門の大学教授など数名である。
参加した知人に話を聞いてみたところ、「客観的にみて、町長とM設計事務所は、建築史や建築設計、構造の各エキスパートの話をまったく理解していない。アホとしかいいようがない。専門家が出す科学的な数値データを、町長などは『それは主観ですから』と言い出す始末。失礼極まりない。まっ、アホでなければ何らかの計略が最初からあったと思わざるを得ない。つまり改築がまずありきということでしょうかね」と呆れていた。
ちなみに、彼は豊郷小を巡る問題にはニュートラルな立場にいたが、このシンポを聞いて、改築反対派の意見に軍配を上げる、とまで言いきっている。
さて、町長は冒頭にあるように、裁判所に対しても実に失礼な、というより無法な行為を犯している。大津地裁の命令に対しても「最高裁の判断が出るまで拘束されない」との持論を展開し、改築反対派住民による刑事告訴にも、「ご自由にどうぞ」と開き直る始末である。ここまでツッパる自治体の長も珍しい。裁判所命令を無視したのも、はたして「生徒の安全性を最優先」した結果なのかどうか、怪しいものである。
あまり知られていないが、豊郷町ではこの町長が就任してまもなく、同町日栄小学校の改築を行っている。案の定、町長のゴリ押しで決定したというが、今回の一件もとにかく改築ありきの印象が拭い切れない。うがった見方をすれば、解体業者からあらかじめ賄賂が町長に流れている、と思わざるえない。町長はすでに引くに引けないウラの事情があるとしか考えられないのだ。
同町の中学校を卒業後、家業を手伝った後、昭和56年、25歳の若さで町議に初当選した大野町長だが、地元ではプチムネオと呼ばれている。とにかく、恫喝一本でここまでのし上がってきたらい。「ぴんから兄弟」を連想させるヘアスタイルは、当時からのトレードマークであったという。
その町長、裁判所無視はさすがにヤバイと悟ったからなのか、とりあえずは「工事は当面中止」とし、後日、一転して「校舎は保存」の方針を打ち出した。もっとも、グラウンドに新校舎を建てる、という方針は変えておらず、反対派住民との対立はまだまだ続きそうだ。
★文化の継承も教育だ★
筆者は昔、米国シカゴの街を訪れたことがあるが、百年以上の建物が現役として数多く残っている風景に圧倒された思い出がある。泊めてもらった友人のアパートも築百年を超えるものだが、住み心地はまったく問題はない。冬のシカゴは極寒だが、二重ガラスを施したアパートの室内は春のように快適だった。米国はあまり好きな国ではないが、建造物は百年先を考えて建てる、という彼らの文化意識の高さには敬服する。
翻って日本の場合はどうか。年度末になれば街のあちらこちらで必ず下水道やガスの工事が行われる光景が見られる。造っては壊す、という手法がいまも大手を振っているのだ。 公共事業に税金を投入することで景気を拡大する―。これが日本の政策だが、その結果、文化・歴史に対する思い入れが希薄になったのは間違いない。
なにも新しい校舎で授業を受けるのが教育ではなかろう。確かに、子供の中にもそういった意見が多いのも事実である。 だが、文化を次世代に継承することも教育ではないのか。古い校舎の歴史を若い世代に伝える、そんな教育がひとつくらいあってもいいのではないか。
豊郷町はいまいちど反対派住民と話し合う姿勢を持ってほしいものだ。
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