[ 目 次 ]      月刊・お好み書き 2002年9月号



【お好み後記】

▼市営プールやホカ弁屋さんでこんな貼り紙を見た。「缶のプ ルトップを集めています。車椅子と交換するのでご協力ください。○○小学校」。本紙でも以前取り上げたが、アルミ缶を集めるのならともかく、プルトップだけを缶からはずすのは無意味。どうしてこんな噂が長年広域にわたって消えないでいるのか。こどもたちの何か人の役に立ちたいという思いにプルトップの小ささがピッタリくるのだろうか。(敦)



▼8月号のお知らせ面で取り上げたみんぱくゼミナール「バリアフリーの民俗学〜座頭市から視覚障害者サッカーまで」に行ってきた。講師の広瀬浩二郎さんはお好み書きでも取り上げている盲人サッカーの元キャプテン。かつ居合道もしているということで、サッカーウエアの上に、居合抜きの胴着袴、刀を持ってのりりしい姿でしかも、「座頭市」の曲にのって登場した。その座頭市を引き合いに出して、健常者でも五感を全て使い切っている人間はいないと言われた。逆に視覚障害者は視覚という一感が欠如しているが、その一感が欠如することによって、他の感覚が研ぎ澄まされて使えるようになる。また、使えるトレーニングをするようになる。例えば、広瀬さんの場合、カレーヌードルが好きでよくコンビニに買いに行かれるのだが、何種類も並んでいる同じ形をした商品の中からカレーヌードルを選び出すのは不可能なので、お店の人に聞かざるを得ない。しかし毎回お店の人に聞くのも気がとがめるので、自分で見分ける方法を見つけられた。そのやり方はカップを振って、底の匂いをかいでみるとほのかにカレーの匂いが漂ってくるそうだ。確かに、晴眼者の私でも学童で運動場に立っていると、雨が降りそうな予感がする。それは、運動場の地面から雨の匂いを感じるからかもしれない。湿度の変化で敏感に雨の変化を感じているのだろう。そして本来のバリアフリーについて、今のバリアフリーは全て五感を使った状態に近づけようとしているが、それは少し違うのではないか。いわば四感を使った「異文化」があることを認めることが大切ではないか。その一つとして、音の出るボールを蹴って聴覚という一感に集中するb-soccerを体験してみることを挙げられた。9月から在外研究で渡米されるが、帰国したら今回の話の続きをして下さる。一年後どんな装束で登場されるか楽しみだ。(圭)



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