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大相撲不景気の中を生き残るには (文・笑福亭伯鶴/写真・磯貝圭子) |
| ★大阪でも満員御礼途切れる★ ここのところ、スポーツ新聞や相撲雑誌などに大相撲人気の陰りや観客の不入りがよく取り上げられている。
★キャパシティーの問題★ 大阪の満員御礼が続いたのは、会場である大阪府立体育会館の収容人員が、東京の国技館より約3千人、九州より2千人、名古屋より7百人近く少ないことが一つの理由だと私は考えている。そもそもキャパシティーが小さいのだから、発売されるチケットの全枚数も当然少ない。満員御礼になって当然なのに、そこを考えずに、これまでは「大阪だけは満員御礼が続いている」などと相撲協会は発表し、提灯持ち記事しか書かない相撲雑誌などは、「谷町という言葉の起源となる大阪は相撲人気が根強い」などと書き続けていた。
★不況も一因だが★ 考えてみれば、何年間も満員御礼が続いたこと自体が不思議である。大相撲の本場所は、午前9時過ぎに始まって午後6時に終わる。サラリーマンを始めとして、多くの人々は働いている時間帯だ。経済が好調な時代なら上司に許可を得て1日休みを取って相撲見物も可能だっただろうが、今の時代そんなことをすればリストラ対象者のリストのトップにされてしまうかもしれない。そんな危ない思いをしてまで相撲見物としゃれ込んでいる時代ではない。
★チケット比率の問題★ そして、以前から指摘されていることだが、チケットの販売方法にも大きな問題がある。相撲場の入り口には『相撲茶屋』と呼ばれるものが10数軒並んでいる。相撲茶屋は相撲協会から定価の1割引でチケットを請け負って客に売る。協会から相撲茶屋に回るチケットは全体の75パーセントと比率が決まっている。茶屋はこのチケットを企業や贔屓客に売るのだが、チケットの基本料金に弁当や飲み物、おやつ、お土産などを付けるのだが、この料金が実に不明瞭で、同じ席でも、平日と休日とでは10万円以上も違ったりする。それでも、バブルの頃は、企業が15日間通してお茶屋からチケットを購入して、それを接待に使えば、当時『プラチナチケット』だった大相撲のチケットを貰った接待客は大喜びするし、チケットさえ渡しておけばお茶屋で全て面倒をみてくれるので、接待役に社員を何人か付ける必要もないし、2次会3次会に連れて行かなくてもいいので、かえって安上がりだったのだ。ところが、現在の経済状態では、例えば今まで5枡買っていた会社が3枡に減らすことになる。ところが不思議なことに、この余った2枡が一般には回ってこないのだ。
★一般から遠い存在お茶屋★ この『お茶屋』なるものの存在が現代の一般常識からすれば、実に分かりにくい存在なのだが、そもそもは江戸時代から戦前までは、芝居茶屋や相撲茶屋という、分かりやすく言えば、見物客の面倒を見てくれる店があって、入場券の手配から、自宅から現地までの送迎、飲食の手配、時代によっては、その後の『お楽しみ』の段取りも請け負っていたのだが、今は、大阪道頓堀にただ1軒残る芝居茶屋の『三亀』と、相撲の世界では未だに厳然と力を持っている相撲茶屋だけになっている。
★枡席独占、古くからの慣習★ さて、相撲茶屋だが、各々のお茶屋で何十年も前から持っている枡席と椅子席は固定していて、以前からの権利とかで、各々のお茶屋の独占になっている。前の方の見やすい席が空いているので、本来のお客さんが来るまでなどと思って、電話予約で相撲協会が直接販売するチケットを入手したり、他のお茶屋から入手したチケットを持っている客が座っていようものなら「てめえ!どこへ座ってやがんでえ!」などと、やくざ映画か歌舞伎もどきの台詞で凄まれてしまう。プロ野球やその他のプロスポーツの観戦では考えられないことだ。
★電話予約席は悪席ばかり★ 相撲協会が一般に電話予約のみで発売する25パーセントのチケットは、上の方の隅っこの枡席と椅子席だけだ。見やすい良い席は、ほとんどお茶屋の席に割り当てられている。腱鞘炎になりかけながら何時間もかけてやっと繋がった電話で帰る枡席がそんな隅っこの見にくい席なら、一人1枡単位(後で割るにしても、1週間以内に現金書留で送金しないとキャンセル扱いになってしまうので、先に4人分立て替えて料金を払わなければならない)でしか売ってくれない枡席なんか買わずに、好きな枚数が買えて比較的安い椅子席を買うだろう。
★日本情緒残す相撲茶屋★ 大相撲の会場の表に並ぶ力士幟と相撲茶屋というのは、風情があって実によいものだ。私は、この『相撲茶屋』という伝統的な日本情緒をなくしてしまうのは、絶対に反対だ。
★伝統と現代の狭間で★ ううーん、ひとごとやおまへん!
「大衆芸能やさかい、今を語れんことには生き残れるかい!」とか、「古典芸能やねんさかい、きっちりとした古典落語だけを次代に伝える責任があるんじゃ!」とか言われてる落語もねえ・・・。 |
