[ 目 次 ]      月刊・お好み書き 2002年4月号


箕面ドライバー殺人事件を追う


 
[岡野さんの遺体は箕面山中のこの奥に捨てられていた]

世にも奇妙な事件があったものだ。今年2月10日、大阪府箕面市で発生したトラック運転手殺害事件である。
 2人の中年男性が殺された。ひとりの男性が何者かに殺害 され、後日、この男性が業務で使っていたトラック別の男性をひき殺してしまう。
当初、このふたつの事件の間に関連性はなく、死んだ2人の男性にも深いつながりはないと思われていた。だが、トラックにひき殺された男性の息子が警察の事情聴取後に自殺したことで、事件は思わぬ方向へと展開してしまう。

(取材・写真/庄村有治)

 

 大阪府箕面市と同豊中市を舞台にしたトラック運転手殺害事件は発生から2ヶ月近くが経過したが、真相は藪の中へ消え去ろうとしている。事件の核心に迫る前に、まずはこの不思議な事件をいま一度再現してみよう。

 

●ふたつの殺人事件●

 2月10日、大阪府箕面市の山中で、ビニールシートに巻かれた男性の他殺体が見つかった。被害者はトラック運転手の岡野満義さん(57)。岡野さんの家族は同月8日から府警住吉署に「ワインを積んで出かけたまま行方不明になっている」と捜索願を出していた。
 おそらく固いハンマーのようなもので殴られたのであろう、岡野さんの頭蓋骨は陥没していた。死亡推定日は8日午前0時頃。この時刻に近所の住民が悲鳴を聞いている。 つまり捜索願が出されたときにはすでに殺害され、死後2日経過して発見されたわけである。なお、岡野さんの着衣には現金数万円入りの財布が残っており、勤務態度も真面目で、仕事上のトラブルはなかったというから、恨みや強盗目的の可能性は低いとみられていた。
 岡野さんが殺されたのは、豊中市内にある流通センター。周辺に岡野さんの血痕が見つかり、悲鳴も聞かれていることから、この場所で殺害されたとみられている。彼は毎夜、この流通センター前にトラックを止めて朝まで仮眠。早朝からワインや酒などの荷物をここで受け取り、各地へ配送する業務に就くことを日課としていた。
 さらに別の事件が発生する。岡野さんが殺害された後、彼のトラックが、豊中市内で死亡ひき逃げ事件を起こしていたのだ。ひき逃げの発生は9日午前1時45分ごろ。このひき逃げにより、豊中市内に住む無職・山田邦明さん(仮名 57)が死亡した。

 山田さんは背後から振り向きざまにひかれ、その身体には引きずられた傷跡も残っていた。彼の身体からは酒の臭いが漂っていたというが、知人の話では普段、酒を飲むような人物ではないという。
 現場には散乱したヘッドライトの破片。当然、警察はひき逃げ事件として捜査を開始する。それから約8時間後の午前9時ごろ、ひき逃げ現場から約2キロ離れた豊中市千成町の路上で岡野さんのトラックが見つかっている。
 事件を捜査する大阪府警は当初、山田さんをひき殺したのはトラック運転手の岡野さんだと睨んでいた。確かに時系列でいえば、9日未明に山田さんがひき殺され、同日午前、岡野さんのトラックが見つかったのだから、そう考えても不思議ではない。しかも、発見されたトラックの前部は何かと衝突したような跡があり、さらに、ひき逃げ事件の現場に落ちていたライトの破片もそのトラックのものと一致していたからなおさらである。
 岡野さんは山田さんを誤ってひき殺し、自責の念にかられて行方不明になった―。捜査陣の誰もがそう考えていた。 だが、この推理は岡野さんの遺体が箕面山中で発見されるや一転する。そのひき逃げ事件の被害者となった山田邦明さん自身が、岡野さんの殺害に関与したという疑惑にかわってしまうのだ。


山田さんは見通しの良いこの場所でひき逃げされた

 

●長男の供述●

 2月15日夜、ひき逃げで死亡した山田邦明さんの長男、徹さん(26)が親類に付き添われ豊中南署に出頭した。徹さんは警察の事情聴取に対して驚くべき供述を行ったのだ。「父(邦明さん)が箕面の事件に関与しているのではないか。父は殺されたと思う」「父に頼まれ、勤務先の軽トラックを用意した。その軽トラにシートに包まれた荷物を乗せ箕面の山に運んだ。あの荷物が遺体だとは知らなかった」。
 この供述に捜査陣が色めき立ったのはいうまでもない。と同時に、加害者と思われていたトラック運転手が、じつは被害者だったという意外な顛末に捜査陣の誰もが驚いた。 長男・徹さんの証言によれば、2人で箕面市の山中へ向かう途中、長男は岡野さんが殺害された豊中市の流通センター近くでいったん車を下車。代わって父親である邦明さんが軽トラでどこかへ向かい、彼が戻ったとき荷台にはシートに包まれた荷物が載っていたという。遺体が捨てられていた現場でも長男は父親から近くで車を降りて待つよう言われ、その後、邦明さんが一人で車を運転。戻った時には荷物がなかったという。
 長男はさらに、「岡野さんの殺害に父がかかわったと思う」「父も『山口』(仮名)という男と仲間割れし、それが原因でひき殺された」「事件後、複数の男から呼び出され、私もその男たちに脅されている」と、真犯人がいるかのような供述を繰り返していた。
 だが、長男・徹さんが犯人と名指した「山口」という名は、じつは父・邦明さんが仕事で使っていた別名と判明。長男の供述には随所に矛盾が見られることから、警察の聴取もおのずと厳しいものになった。だが、長男を事情聴取して3日目の2月18日朝、徹さんは自宅近くの11階建てのマンションから飛び降り自殺してしまう。飛び降りた現場に残っていたのは、自転車とタバコ、そして飲み干した缶コーヒーが1本。自宅には「自分は事件と無関係。犯人を捕まえてほしい」という遺書が残されていた。事件の鍵を握る長男・徹さんが自殺したことで、死者の数は3人となってしまう。捜査本部の某幹部は「事実は小説より奇なり」と、いまも苦渋の色を隠せないでいる。

 

●疑問と推理●

 捜査は難航、疑問も膨らむ一方だった。トラック運転手の岡野さんはなぜ殺害されなければならなかったのか。山田邦明さんは誰にひかれたのか。岡野さんと邦明さんの接点はあるのか。邦明さんの長男・徹さんはなぜ自殺したのか。彼の証言にはなぜ矛盾があるのか。そして最大の疑問、第三者の関与はあるのか、という点である。 その後の調べで、山田邦明さんには約1億円近い借金があり、さらに同額の生命保険がかけられていたことが分かっている。また、サラ金十数社から約400万円の借金も残っていた。
 まず最初の疑問、なぜ岡野さんは殺されたのであろうか。その後の警察の調べでも分かっているが、岡野さんはトラック内で仮眠中に誰かに起こされ、その後外に出されて殺害されている。トラックが置かれていた流通センター前には大量の血痕が残されていたが争った形跡はなく、運転席にも目立った血痕がなかったことから、岡野さんと面識のある誰かが寝ている岡野さんを起こして外におびき出し、油断したスキをみて背後からハンマーのようなもので頭を殴り殺害したとみられている。


山田さんの長男・徹さんはこのマンションから飛び降りた

 岡野さんや山田さんを殺害した「第三者」はいろいろと取り沙汰された。また、その説を後押しするかのような事実も浮上した。そのひとつは、「岡野さんの身内には暴力団関係者がいた」(全国紙記者)ことである。そのため、事件の背後に暴力団がからみ、恨みか金銭目的で暴力団が岡野さんを殺したという線で捜査も進められていた。事実、自殺した徹さんも「父の死に暴力団がからんでいる」と供述している。その暴力団関係者と山田邦明さんは何らかの接点があり、岡野さんの殺害後に山田さんも仲間割れで殺された、という構図である。
 第三者の関与については、このような報道があるので引用してみよう。
 「岡野さんのトラックにひき逃げされ死亡した無職男性(57)が、岡野さんの遺体とみられる荷物を運んだ際、『黒いワゴン車』の人物と接触していたと、無職男性の長男(26)が知人にうち明けていたことが25日、わかった。 長男は『第三者』の関与を強く示唆していたが、あいまいな点を残したまま自殺しており、大阪府警捜査一課の箕面署捜査本部は、長男の『告白』について裏付け捜査を急いでいる。知人によると、長男は、岡野さんが殺害された直後の8日未明、父親の無職男性に頼まれ、軽トラックで豊中市内の実家近くに着替えを届けた。父親はそばに止まった黒いワゴン車に近づき、車内の人物に着替えを手渡したようだったという。この人物が、血痕などが付着した衣類を着替えたとの見方も出ている」(2月25日付け読売新聞)。
 この記事にある「黒いワゴン車」に乗った第三の人物。この人物が第一のターゲットである岡野さんを殺害し、その後、何らかの理由で山田さんまで殺してしまう。次に、その事実を知った長男を脅迫した…。これならなんとなく合点はいく。長男の不自然な自殺も、じつは第三者の人物に殺されたと考えられなくもない。
 が、第三者の存在は長男の供述以外に目撃者はなく、彼が自殺した現場付近でも不審な人物は目撃されていない。第一、かりに第三者が徹さんを自殺にみせかけたとするなら、自宅にあった第三者の関与を示唆する遺書が不自然である。自殺現場に「わたしが殺しました」とニセの遺書を置いておけば、捜査をかく乱出来る。徹さんの死はやはり自殺と考えた方が自然だろう。だが、第三者関与の説もその後の捜査で消えてしまう。身内に暴力団関係者がいるからといっても、動機があまりにも不明だしアリバイがあったからだ。しかも長男の供述も矛盾だらけである。また、岡野さんと山田さんとの接点も明確になっていない。ある捜査官は「絶対に接点はある」と筆者に語っていたが、その「接点」はいまだ定かではないのだ。
 では、岡野さんを狙ったのではないとすれば、いったい誰を狙ったのか。


岡野さんの遺体が捨てられていた山中

●事件は3人で完結!?●

 これは山田邦明さん以外に考えられない。彼に多額の保険をかけ、その保険金を騙し取るために最初から山田さんをひき殺したのである。
 事実、山田さんは昨年初め、生命保険3社に加入し、しかも月々の保険料約10万円を約1年間支払い続けていたことが分かっている。保険金の合計額は約9千万円。だが山田さんは数年前、経営していた教材販売会社が倒産し、それまで加入していた生命保険を解約までしている。自宅を担保に金融機関と親戚から約1億円近い借金があり、サラ金の取立ても厳しかったという。60歳手前の無職の男が入る保険にしては、あまりに不自然であろう。しかも、邦明さんには大学進学を控えた高校生の三男がおり、受験代や入学金は長男が面倒を見ていたという。


箕面ドライバー殺人事件相関図

 多額の借金を抱えた男を複数の保険に加入させ、保険金詐取目的でひき逃げを装った、こう考えた方が納得できる。ならばなぜ、岡野さんは殺されたのか。そして、誰が邦明さんの保険金を狙ったのか。
 山田さんの自宅登記簿をみると、借入先は大阪府中小企業信用保証協会となっている。ただし、債務者は邦明さん本人ではなく、Hという会社である。このH社が邦明さんの自宅を担保の一部として6600万円を借り入れている。 が、H社の商業登記簿に邦明さんの名はなく、なぜ邦明さんがH社のために自宅を担保に入れたのかは不明である。しかもこの会社、本店を大阪、名古屋と転々としたあげく、倒産。社長の所在も福岡を最後に消えている。
 確かに怪しい話ではあるが、H社も元社長も債務者であるから、邦明さんから逃げ回ることはあっても、邦明さんを追いつめる必要はなかろう。登記簿には他に親類から3000万円の借入があるだけで、怪しげな金融機関からの借入はない。債権者にからんだ人物が邦明さんを死に追いやったとするのは無理がある。
 邦明さんにかけられた1億円近い保険金もそうである。他人が受取人になっていたら、誰が考えてもその人物が怪しいと分かるが、今回の場合、受け取り人はあくまでも親族。かりに保険金詐取が目的とするならば、犯人は身内しかいないことになる。
 しかもここにきて、岡野さんのトラック(運転席ドアのノブ付近)からは邦明さんの指紋が検出され、このトラックも一時、長男・徹さんが勤務する倉庫近くにあったことが判明しており、この父子が事件に深く関与した疑いが強まってきているのだ。長男が供述した第三の人物についても、警察の調べでは該当する人物がまったく浮上せず、虚偽だった可能性がかなり強くなっている。
 つまり、この事件に第三者は介在せず、いまのところ死んだ3人で完結する公算が大なのだ。ではなぜ3人は死んだのか。筆者の推理はこうである。
 岡野さんと邦明さんを結ぶ「接点」はない。おそらく岡野さんはトラックを奪われるだけの目的で殺されたのだ。深夜から早朝にかけて流通センター前に停車している岡野さんのトラックは普段から多くの人が目撃しており、山田父子がトラックの存在を知っていても不思議ではない。
 父と長男は何か理由をつけて岡野さんをトラックの外におびき出し、背後から撲殺した。父子は遺体を箕面の山中に捨て、そのまま帰宅。翌日、自身の命と引き替えに借金返済を考えた邦明さんは自殺を決意。勇気をつけるため飲めない酒を大量に飲み、わざと長男が運転するトラックにひかれてしまう。これならひき逃げの事故ということで保険金が手に入る…。
 ならば、なぜ長男は自殺したのか。おそらく計算外のことに、行方不明を装った岡野さんの遺体が見つかってしまったからである。長男は岡野さんの遺体が発見されるや、周囲の知人に「父は暴力団に狙われていた」「真犯人は別にいる」など、あたかも真犯人が別にいるかのような話を周囲に吹聴しているのだ。長男は警察で供述するが、話の矛盾を衝かれて狼狽し、精神的に追い込まれて自殺。遺書に本当のことを記さなかったのは、父子が真犯人と分かれば保険金が手に入らなくなると思ったからではないだろうか。
 断っておくが以上はあくまでも私の推理であり、これが事実というわけでは決してない。
 山田さんの三男は無事大学に合格したと聞く。その入学金や借金の返済を考えて父子が事件を計画したのかどうかは分からないが、かりに家族を思いやっての犯行だとしたら、その行動はあまりに短絡的、あまりに悲しすぎる事件である。



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