[ 目 次 ]      月刊・お好み書き 2002年3月号


雪印食品問題

モノ造りの誇りを忘れた製造業に明日はない


 それにしてもこの国のメーカー、製造業者はいつから腐ってしまったのだろう。敗
戦後、資源の乏しい日本は目覚しい高度成長を遂げたが、その牽引力となったのは我
が国の製造業者である。自動車にしろ機械にせよ、また食品にしても、奇抜なアイデ
アと日本人の手先の器用さがあいまって、ユニークな製品が次々に産み出されてきた。
それらが海外を席巻するまでになったのはご存じの通りである。技術者のモノ作りに
かける情熱こそが世界的なヒット商品を産み、経済を発展させる原動力となったのだ
が・・・。

(取材・写真/庄村有治)

 

雪印食品関西ミートセンター ここから事件は始まった



 一昨年7月、三菱自動車のリコール隠し事件が発覚した。この問題は、三菱自動車工業が運輸省の定例検査で、全国の販売所から寄せられていたクレーム報告書を隠蔽していたというものである。
 報告書にはエンジンが停止したり、また車両火災が発生するなど、本来ならリコールが必要な案件が数十件も記されていたが、意図的に同社のロッカー内に放置されていたというから呆れてしまう。
 当初、組織的な関与を否定していた三菱自動車だが、警察の調査が進むにつれ、クレーム処理隠蔽の可否に同社役員が決済していたことが判明、結局、当時の社長が辞任する事態に至った。
 自動車は便利な乗り物だが、交通事故はむろん、欠陥の深刻度によっては人命など簡単に奪ってしまう。事実、今年1月には横浜で同社の大型車両の車輪が脱落し、直撃を受けた主婦が死亡する事故が起きている。 
 欠陥自動車と同じく、彼らには自動車メーカーとしての誇りと責任が決定的に欠けていた、と指摘されても仕方はあるまい。
 さて、雪印食品である。この老舗食品メーカーも三菱自動車同様、メーカーとしての責務もプライドもかなぐり捨て、儲かれば善とする銭ゲバ体質を無残にもさらけ出した。この体質が本来的なものなのか、日本全体が賭博場となったバブル以降に培われたものなのかは定かでない。 
 いずれにせよ、自動社と食品という業種の違いはあるが、これら一連の事件・事故は日本経済を根底から支えてきた製造業者の哲学が根っこから腐り始めてきた象徴的な出来事に筆者には思えてならないのだ。
 それにしても雪印食品である。連日のように悪事の数々が暴露されているが、ここまで来ると企業モラルの低下というレベルをはるかに超えている。これではまるで詐欺集団ではないか。いったい何が彼らをそうさせたのか。
 その本質、背景を考える前に、いま一度、雪印食品の偽装牛肉問題を振り返ってみよう。

 

★偽装工作の開始!★

 事件の発端は昨年10月31日早朝。西宮市西宮浜にある(株)西宮冷蔵に8人の男たちが入ってきたことから始まる。彼らは全員が雪印食品の社員。部下たちを引率してきたのは同社関西ミートセンター・センター長の菅原哲明(47)という人物だ。
 菅原センター長は西宮冷蔵の社員に、「これから隠密に作業を行う。倉庫内には決して立ち入らないように」と言い残すと、氷点下12度のチルドルームへと消えていった。

 

偽装工作が行われた(株)西宮冷蔵の倉庫

 

 通常、冷凍倉庫内の作業は西宮冷蔵の社員が必ず同席する決まりになっている。同社社員はこの申し出に不信感を抱いたが、相手が得意先でもあり、この不可解な申し出を渋々了承した。
 その倉庫には雪印が所有する、約650個、重さにして12.4トンのオーストラリア産牛肉がうず高く積み上げられている。8人の男たちは真空パックされた牛肉を一つひとつ取り出すと、「雪印」のマークが付いた別の箱に移し変え、さらに「国産牛肉」と書かれたラベルを丹念に貼り、粘着テープで梱包していった。

 

★発覚の発端は内部告発★

 この間の作業は約10時間。菅原センター長は完全犯罪を確信し、彼の部下たちは凍えるような冷凍倉庫内で寒さも忘れ、黙々と密室作業をこなしていったのだ。「バレても大したことはない…」。菅原氏は後日、西宮冷蔵の社長に、こうウソぶいていたという。
 この偽装工作により国産牛肉に化けた輸入肉は、国の狂牛病対策で施行された「国産牛肉買い取り制度」により、1460万円で買い上げられ、そのうち960万円が雪印食品に入金されていた。
 それから2ヶ月後の昨年11月、雪印食品東京本社に一本の匿名電話が入った。その内容は、「関西ミートセンターで牛肉の生産地偽装工作が行われている」という衝撃的なものだった。匿名電話の主は、雪印食品の現役社員だといわれている。
 告発を受けた社員は驚いて上司に報告。上層部も念のため幹部社員を関西ミートセンターへと派遣するが、調査に出向いた幹部は現場となった西宮冷蔵に行くわけでもなく、同センター内で帳簿をちらりと見ただけで日帰りしてしまう。この実にお粗末な"調査"に出向いた幹部とは、同社デリカハム・ミート事業本部の広瀬正夫事業本部長付部長という人物である。 
 そして今年1月23日、朝日新聞と毎日新聞の報道により同社の偽装が発覚する。もっとも関西ミートセンターは昨年11月、朝日新聞の取材を受けたことをきっかけに、偽装工作を慌てて中止していたことが関係者の話で明らかになっているが、この偽装工作は少なくとも3年以上も続けられていたことが、兵庫県警の調べて分かっている。
 事件発覚後、記者会見した雪印食品の吉田升三社長は、「(偽装工作は)センター長の独断で行ったもの」と組織ぐるみの犯罪を否定したが、吉田社長のすぐそばに座っていた広瀬氏はなぜか浮かない顔をしていた。それはそうであろう。彼は調査に出向く直前、部下から輸入肉を国産肉に偽装する相談を受けていたのだ。

 

国産に偽装された牛肉 「雪印」のマークが入っている

 

 しかし、それでも吉田社長は会見で「会社ぐるみではない。担当者が単独で行ったこと」と見苦しく強弁し、後日、問題の調査にあたった社内調査委員会の報告書にも、「本件輸入牛の詰め替え事件では、当該センターなどが単独で行ったものであり、雪印食品が組織的に協議した事実はなかったと考えられる」としているが、結果的に偽装工作に関わった部署は関西ミートセンターだけではなく、関東ミートセンター、ミート営業調達部営業グループにも及んでいることから、組織ぐるみ、会社犯罪と指摘されても言い訳などできないはずである。
 しかも、最近の新聞報道によれば、偽装にからみ、広瀬氏を含む本社の3幹部が事前に協議していたという疑いが濃厚になってきている。「個人の犯行」と寝言を言っている場合ではない。明らかに組織的な犯行ではないか。
 さて、その後明らかになった雪印食品の詐欺行為はご存じの通りだ。
 やはり関西ミートセンターが昨年9月末、北海道産の牛肉三角バラのラベルを熊本産のものに貼り替えて出荷、得意先に納入していたことが発覚。さらに、同じく関西ミートセンターが、輸入牛肉を熊本産と偽装し、沖縄県のスーパーに販売していたことも兵庫県などの調べで分かった。 もちろん関西ミートセンターだけではない。本社ミート営業調達部では、北海道の食肉加工会社に、12.6トンもの大量の輸入牛肉を国産牛肉にみせかけるための加工作業を指示していた。
 書いていてため息が出るほど、いかさまのオンパレードである。

 

マスコミの対応に追われる雪印食品の社員

 

★他もやってる偽装工作?★

 「なにも輸入牛肉を国産に変身させるのは、雪印だけがやっていることやおまへんで」。
 こんな物騒な事を口にするのは、関西方面で食肉の卸売りを手広くやっている某人物である。 
 筆者は過日、この業界関係者と話す機会を得たが、彼は完全匿名を条件に業界の裏事情を話してくれた。
 さて、今回の偽装工作事件。果たして雪印食品だけが関わっていたのか、という素朴な疑問が残る。ひょっとして、雪印食品以外の大手食品会社も同様の手口で日常的にラベル張り替えなどを行っているのではないか、という疑いがついて回るのは筆者だけではあるまい。関係者が再び口を開く。 「大手が(偽装を)やっているかは、噂は聞くが実際はなんとも言えません。ただ、やっていても不思議ではない。たとえばオーストラリア産の肉を熊本産に偽装したような産地偽装ですが、その肉が国産なのか輸入物なのかは専門家がパッと見てもなかなか分からないのです。魚でもそうでしょう。大分県の関サバは大衆魚のサバでありながら、関というブランドが付くだけで高級魚に変身してしまう。瀬戸内海で獲れたサバに関のブランドを付けたって、見た目は同じサバですから素人が簡単に判断できるはずがない。肉も同じですわ。ここに偽装が入り込む余地があるのです」
 この関係者は明確に断言はしなかったが、ニュアンスとして、昔から業界内で肉の産地偽装がしばしば行われている印象を受けた。そういえば、故・伊丹十三監督の「スーパーの女」という映画にも、輸入肉を国産肉に偽装する場面が描写されていたことを思い出す。映画では、スーパーの食肉加工場で調理人が輸入肉と国産肉のかたまりを重ね合わせ、それをスライスすると「国産高級牛肉が一丁上がり」という場面が出てくるが、筆者は劇場で映画を観たとき、この"偽装工作"を感心半分、笑って見ていたものである。 だが、くだんの匿名男性はニヤリとしながら「あなたねえ、この場面は監督の想像で出来たものだと思いますか」と筆者の目を覗き込んだ。
  雪印食品は数年前から産地の偽装は行っていましたが、これに拍車をかけたのは農水省と族議員たちです。かれらの責任も重いでしょう」と語るのは、雪印問題を取材する全国紙記者である。いったいどういうことなのか。
 「今回の問題の背景にあるのは、いうまでもなく狂牛病問題です。消費者から敬遠された牛肉は行き場を失いました。倒産したりリストラを余儀なくされる小売店や焼肉店が大量に現れ、食肉卸売り業者は大量の在庫を抱えてしまいました。そこで政府内で議論されてきたのが『牛肉在庫緊急保管対策事業』に付随する国産牛肉買い取り制度なのです。この制度の成立過程にも非常に不透明な部分がありますが、結果的に雪印食品は制度を"悪用"したわけなのです」。
 この「国産牛肉買い取り制度」を簡単に説明しておこう。これは狂牛病の全頭検査が始まった昨年10月17日以前に解体処理された未検査の国産牛肉については、キロ当たり千数百円という金額で全国農業協同組合連合会、日本ハム・ソーセージ工業協同組合などの団体が業者から肉を買い上げ、国が焼却処分にするという制度である。むろん、資金を提供するのは国であり、このために用意された総事業費は約290億円。すべて税金である。雪印食品はこの制度を利用し、安い輸入肉を国産と偽って利ざやを稼いでいた。「しかし、そもそもこの買い取り制度自体に不備があり、今回の偽装工作に拍車をかけたのですよ」とその記者はため息をつく。
 どういうことか。当初、この制度を利用する条件として、全頭検査が開始される前の昨年10月17日以前に処理されたことを示す「屠畜証明書が必要とされた。農水省も10月19日にいったん、その通知を業界団体などに流している。だがその後、なぜか保管倉庫の在庫証明で構わないと、申請条件を大幅に緩和しているのだ。実際、雪印食品の菅原センター長は警察の取り調べで、「申請が在庫証明だけでOKになったことを事前に知っていた。これなら輸入肉を国産と偽って買い取ってもらうことが出来ると思った」と供述しているという。
 ならば、申請条件の緩和を事前に知っていたのは雪印だけなのか。 「いや、族議員や農水省にコネのある大手業者なら、その情報を事前に入手することは可能」とその記者は断言する。これはあくまでも筆者の推測だが、業者と深いつながりのある議員が農水省に対して申請条件を緩和させたのではないか。その情報を業者に流し、業者側はあらかじめ輸入の安い肉を大量に輸入。あとは「国産」のラベルがある在庫証明さえあれば、かなりの利ざやが稼げる、という構図である。
 明確な証拠はないが、それを裏付けるような事実はある。雪印食品の親会社である雪印乳業は事件の余波で徹底的なダメージを受けたことから、外資系を含む他社との資本提携を探る方針を打ち出したが、農水省と族議員は「国内酪農家を守るために外資系企業との提携は避けるべき」と文句を言い出した。
 金融機関のような許認可事業ならいざ知らず、雪印のような一民間企業の資本提携に政府が口を出すのは異例のことだ。ある外国通信社の記者は筆者に「日本は自由主義の意味が分かっていないのではないか。経済に関してはいまだ鎖国の状態だ」と嘆いていた。

 

★製造業全体の問題だ!★

 「政府は狂牛病対策で雪印のような卸売り業者は助けたが、われわれ小売り業者や酪農家にはなんの援助もありません。狂牛病の問題が発覚してから、ウチの店の売り上げは5割もダウンし、長年働いてくれた従業員にも辞めてもらいました。この先、店を維持できるかは自信ありません」筆者の友人である肉の小売店主はある日、客の来ない店先でこう嘆いてみせた。
 何度も言うが、この国の経済を支えているのは製造業である。モノを造り、モノを売り、そして消費する。それが経済の健全なサイクルだ。バブル期にはマネーが舞い、銀行や証券会社が大きな顔をしていたが、いまではそれが幻想だったことは誰もが知っている。
 政府が企業の発展を側面から支援するのは不思議でないとしても、狂牛病問題に関して先の小売店主が嘆いたように、酪農家と小売店、この両者に冷たい態度を取るのは解せないことである。擬装工作事件の背景のひとつとなった「買い取り制度」に代表されるように、中間業者である食肉卸業者のみを優遇するかのような今回の措置は、おんぶにだっこ、業界と政府のズブズブの関係が透けて見え、とても業界全体の健全な発展に寄与するとは思えない。その結果、良いモノを造るという喜びを忘れ、金儲け主義に走る製造業者が生まれてきたのではないか。
 今回の事件は、なにも雪印食品だけの問題ではない。モノ造りの哲学を忘れた製造業全体の問題である。

 

 

【雪印食品、会社再建を断念 解散へ】

 偽装牛肉事件で業績が大幅に悪化していた雪印食品は22日、取締役会を開き、会社再建を断念し、4月末をめどに臨時株主総会を開催し、商法に基づき会社を解散することを決めた、と正式発表した。同社は事件を起こした食肉事業からの撤退をすでに決めているが、売り上げは事件前の2割以下の水準にまで落ち込んでいた。消費者の不信を自ら招いた企業イメージの再建は絶望的で、今後の回復も期待できないことから再建をあきらめた。(2月22日の「朝日新聞」より)



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