[ 目 次 ]      月刊・お好み書き 2001年12月号


ほろよいジャーナル(6)

後を絶たない不祥事“M”教師

責任回避の学校へ地域の風を


「伏魔殿」というのは、外務省だけのことではないらしい。
 このごろの学校にも、「M教師」という名の“魔物”が住んでいるようだ。 M教師――。問題教師の隠語である。
 テレクラで知り合った中学一年の少女(当時一二歳)に手錠をかけて暴行しようとした中学教師(三四)が、車から転落した少女をそのまま放置して死亡させた事件を引くまでもなく、M教師の犯罪、ことに性的犯罪が増えている。
 文部科学省によると、一九九九年度にワイセツ行為を理由に何らかの処分を受けた公立の小・中・高校の教員数は百十五人と、これまででも最高だった。その後も増加傾向にあり、今年に入ってからも、連日といっていいほど、紙面をにぎわせている。
 【熊本】水泳の授業前に受け持ちの女子児童の着替えを盗撮した二九歳の小学校教師が懲戒免職に。
 【滋賀】誰もいない教室で女子生徒の身体をさわりまくった三四歳の中学教師が逮捕。 
 【大阪】女子高生の顔をなでまわすなどのセクハラをした挙句、深夜に連れ出した四六歳の府立高校の教諭が懲戒免職に。
 【兵庫】自分が勤務する中学校の女子生徒の胸をさわるなどのワイセツ行為をした三〇歳の臨時講師が逮捕。
 【長野】進路指導に訪れた女子高生に抱きついてキスを迫り、胸をさわった四二歳の高校教師が懲戒免職に。
 【神奈川】女子高生に現金を手渡し、性的な関係をもった三九歳の小学校教師が逮捕。 あの“手錠事件”で、中学教師が逮捕されたあとも、あれは他人事とばかりに、広島と大阪、京都で、ワイセツ教師たちが相次いで逮捕、懲戒免職になっている。
 いうまでもなく、これらはあくまでも氷山の一角である。というのも、相手は幼くて無抵抗な子どもであり、しかも学校という密室での犯行だけに、なかなか表沙汰にはなりにくい。親としても、子どもを人質にとられているという弱みもあってなかなか公にしにくい。よしんば、教育委員会に「恐れながら」と訴え出たところで、所詮は“同じ穴の狢(むじな)”。問題を起こした教師を他の学校へ異動させてうやむやにするのが関の山である。
 それにしても、なぜ、教師たちは、こうもワイセツ行為に走るのだろうか。
 そんな疑問を投げかけると、決まって聞こえてくるのが、学校現場でのストレスが増えているから教師たちも大変なんだよ、といった類いの“擁護論”である。
 たしかに、学級崩壊や不登校、いじめに校内暴力など、現場の先生たちは随分と気苦労されていることは想像に難くない。
 親の側にも問題がある。
 「うちは子どもの自主性にまかせ、自由奔放に育てています」という親バカならぬ、“バカ親”たちが目につく。それが単なるしつけの放棄だと気づいていないようで、子どもたちは野放し状態なのだ。
 そんな親に限って、わが子がすべて正しいと思い込んでいるのだから始末が悪い。ストレスを背負い込む“元凶”の一つであろう。
 でも、ストレスというものはどんな職業にもある。それに耐えられないのならば、転職するしかない。子どもの将来や命に携わる教師という職業に、そんなM教師がいてもらっては困るからだ。
 M教師が生み出される背景には、個人の「資質」もさることながら、学校現場という組織の「体質」にも大きな問題があるようだ。
 ある教師生活二十五年のベテラン教師がいう。
 「問題を起こす教師がいても、お互いに批判しあうことがない。遠慮があるのです。例えば、熱血先生の中には、子どもたちに平気で暴力をふるう人がいます。本人は、それが正しいと思ってやっておられるので、その先生が気づかない限り、直らないのです」
 それに、教員は手厚く身分保障されており、適格性に疑問があっても、指導力不足が指摘されても、まず免職になることはない。こうした懲戒基準の甘さが、教育現場のモラルの低下にもつながっているのではないか。
 兵庫県龍野市の中学教師、内海 千春さん(四三)は、「教師による不祥事が繰り返されるのは、その責任があいまいにされる風潮が学校にあるからだ」と指摘する。
 内海さんは、七年前、当時小学六年生だった長男が担任教諭からの体罰で自殺に追い込まれた“学校災害”の遺族でもある。
 事件直後、土下座して泣いてあやまった担任教諭と校長が一転、責任を回避。「管理外の事故死。原因状況不明」という死亡事故報告書を市教委に提出したことから、責任の所在をめぐって提訴。昨年、「自殺は、感情のはけ口を求めた教諭の暴力が引き金になった」という判決が下る。
 だが、その担任は事件後、校長とともども異動となり、いまでも教壇に立っている。
 内海さんは言う。
 「私は十九年間教職にありますが、親としては、『学校は怖い』という認識をもっています。学校は都合の悪いことは何も説明しない。何があったのかを明らかにして、その原因を究明しなければ、再発防止はありえません。教師個人のモラルもさることながら、組織の体質が変わらないと根本的な問題解決にはならないのではないでしょうか」
 聞く耳をもたない教師、それを注意できない職場、しようともしない校長ら管理職――。そんな“伏魔殿”に住むM教師という“魔物”から子どもたちを守るには、その地域に住む人たちがもっともっと熱い風を学校に送り込むことである。



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