[ 目 次 ]      月刊・お好み書き 2001年8月号


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突然、君が代の感想、尋ねてきた父

堺市 山口 和宏 50歳

 今年も終戦記念日を間近にして、日の丸・君が代について考える季節がやって来ました。私は「君が代」を聴くと一昨年他界した父親のことを思い出します。
 今から25年ほど前のこと、長崎の父親が伊勢神宮を参拝したいと言って私の住む大阪市内のアパートを訪ねてきた時のことでした。当時私は伯鶴氏と同じアパートに住んでおり、その日も伯鶴氏ら数人と私の部屋でだべっていました。部屋の奥でテレビを見ていた父が、NHK放送終了時の君が代を聴くと、突然私たちに向かって「君たちはこの曲を聴いて何を連想するかね」と話し掛けてきました。
 答えに困っていた伯鶴氏に対して父は、戦争中徴兵を受け、辛かった時の事を話し始めました。父は徴兵は受けたものの体が弱く強度の近眼だったので、壱岐の島で後方支援部隊に配属されたそうです。当時父はすでに結婚し、長女が2歳になろうかとする頃で、本人も30歳になっていました。そこで明らかに年下であったろう上官から連日連夜殴る蹴るの暴力を受け地獄の思いだったそうです。君が代を聴く度に苦しかった当時を思い出すんだそうです。
 見ず知らずの伯鶴氏にいきなり君が代の感想を尋ねる父の行動は、誰かに話さずにはいられない心の傷の深さを感じました。
 一般的に思い出は年月を重ねると美化され苦しみも軽減されて行くものですが、父の戦争体験は生々しい記憶として心の一角を占有し、君が代の音楽とともにフラッシュバックしたんだろうと思います。
 私たち戦後生まれのものは、学校で何の躊躇いも無く君が代を歌い日の丸を掲揚してきました。しかし戦争体験者にとっての君が代・日の丸は、私たちには計り知れない複雑な思いがあることを知らされました。
 一昨年国旗・国歌法案が強行採決され成立しましたが、もう少し国民の意見を聞く時間が有っても良かったのではなかろうかと思います。
 奇しくも法案が成立した年に父は亡くなりました。国旗・国歌法について父の意見を聞いてみたかったなあと思います。



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