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生活・福祉大国デンマークに学べ ―提唱者の記念財団講演、障害者バンドと共に来日 さとう 裕 |
発端は情報誌で、こんな記事を目にしたこと。 「(デンマークで)ノーマリゼーションが始まった当時、親たちは自分の子どもを普通学校に入れることがノーマリゼーションだと思っていました。しかし、いくつもの試みの後、障害のない子とまったく同じ教育を受ける事が『教育を平等に受ける』ということではなく、一人ひとりの障害や能力、個性に合わせた教育の場が必要という認識に至りました」(奥西利江『手をつなぐ』01年6月号) さらに、「ここでは、身体障害児がサポーターの援助を受け、普通学校に通うことはあたりまえのことです。一方、知的障害のある子は、望んで障害児学級や養護学校で教育を受けることが増えています」ともあった。
● 個性に合った教育の場必要 ● 私は、知的な障害を持つ子どもたちも可能なら普通学校へと思うが、何でも普通学校へ、というのはおかしいのではないかと思っている。それぞれの子どもの発達に最も適した教育をこそ追求すべきではないのか、と。 『手をつなぐ』には、7月10日にノーマリゼーションの提唱者バンクミケルセンの遺志をついでデンマークで活動してる千葉忠夫さん(N・Eバンクミケルセン記念財団理事長)が、京都に来られるとあった。知的障害者のデンマーク人のバンドの人たちとともに。そのトーク&コンサートへ行ってみた。そこで、世界中で福祉の取り組みが最も進んでいる国デンマークに、私たちはもっと学ぶべきだという思いを強くすることになる。 当日、受付で写真を撮ってもいいですか、テープ回してもいいですかと、尋ねていたら、「控え室に千葉さんたちがいますから、どうぞ」。役員さんが、気さくに横の控え室へ案内してくださった。挨拶もそこそこに、奥西さんの記事を見てやってきたんですと説明すると、千葉さんは、「奥西さん。よく知っていますよ」と笑顔をさらに崩してニコニコニコ。はあ? そら、こういう紹介文を書いてはるんやから、まんざら知らん仲でもないでしょ。どういうこと? けったいな事言わはるなあ。わけが分からず目を宙に泳がしていると、名刺を持った女性が近づいて来て、「奥西と申します」。 なーんや、そういうことやったんか。奥西さんは、伊賀上野にある上野ひまわり作業所の所長さん。実は、私も母の実家が伊賀上野で、私も上野で生まれた。そんなことはどうでもいいようだが、郷土意識の希薄な私も、やはり郷愁を感じて、奥西さんだけでなくみなさんとの距離が縮まったように感じたのだから不思議だ。 ● じゃあ一緒にコンサートを ● 奥西さんは、今回の企画(千葉・東京・京都等5ヶ所で開催)の発起人。昨年、かねてから知り合いの千葉さんたちが、上野ひまわり作業所を訪ねた折に、デンマークの教育からバンドの話になって、ひまわり作業所にもバンドがあるんですよ。それじゃあ一緒にコンサートをしましょうよ、ということになった。 デンマークのバンド「ハイデ&5匹の野豚」の前に、ひまわり作業所の小池千鶴子さんとスタッフの今村さん、野下さん3人のバンド「小池千鶴子とリトルギャルズ」も楽しい歌と演奏を聞かせてくれた。奥西さんは、今回バンドの皆さんと同行していて、彼らの社会性の素晴らしさに目を瞠(みは)ったという。「みなさん、知的には、日本の尺度でいえば中程度の知的障害のようですが、社会性に優れていて、ここでスピーチがしたいとか、歌が歌いたい、と能動的にスタッフに意思表示するし、他人への気遣いも行き届いているんです。そして、スタッフの対応も彼らに何かをしてあげるというのではなく、じっと見守っていて必要に応じてそっとサジェスチョン(助言)する。メンバーの中には、気分にムラのある人もいるが、見ていて、そっと手を触って気分を落ち着かせたり、実に自然なんですよ」と。 ● 何でも無条件に同じでなく ● ノーマリゼーションのポイントは「可能な限り」という点だと千葉さん。講演でまずこのことを強調しておられた。過去の講演記録を随時参照し、補足しながら、千葉さんのお話(講演内容も含め)を要約すると…、 「障害児を持った親御さんが『自分の子供も普通の学校に入れて欲しい』といったとします。その気持ちはそれで正しいと思います。しかし、その子供を普通の学校へ連れていき、障害が重い故に学校生活のほとんどが水平状態のままで、授業に全然ついていけない場合はどうするのでしょうか。そうなりますと、この障害児が普通学校に行ったことで良かった点は、他の子供達が『こういう人もいるんだ』ということを理解できたということだけであって、実際本人のためには何の役にもなっていないわけであります。障害者に障害者故の、その人に一番適した教育の仕方があることも知らなくてはなりません。ノーマリゼーションだからといって何もかも無条件に普通の人と同じにしなくてはならないのではなく、『可能な限り』やるということです。ただし、デンマークにおいての可能な限りというのは非常にその可能性を追求致しますので、先程の例でいいますと、かなり重い障害児の場合でも授業に付いていける能力のあるものは付き添いを付けて学校へ行かせます。デンマークでは重い障害児も普通の学校に通っているということを聞いただけで、くれぐれもそのあたりを誤解されませんようにお願いしたいと思います」(「国連・障害者の十年」最終年記念 北欧福祉セミナー 報告書 平成4年12月より)と述べている。
日本では、インテグレーションの名のもとに、すべての障害児を普通学校へと運動する人たちもいる。それらの人たちは、養護学校は隔離であり差別だという。運動の初期には普通学校へ入れたい、入る力のある子も障害ゆえに養護学級や養護学校へ行かざるをえない現実があったから、そういう主張にも意味がなかったとは思わないが、現在の学校教育の現状を考える時、正しい意味で子供を主体にして、その子にもっとも適した教育はなんなのかを、親も行政も教育関係者も、もっと真摯に話し合い追求すべきではないだろうか。
デンマークで保育所や幼稚園で読み書きを教えないのはなぜか。「この時期の子どもたちには、例えば、自由に遊んだ後の片付け、大きい子は小さい子の面倒をみるというように、遊びを通して、自由と責任と社会性を身につけさせることが優先されます」(奥西) 「自由と責任と社会性」。私たち戦後の日本人が、経済大国だと浮かれている間に、いつのまにか忘れてきたものではないのだろうか。よく言われるように、自由と自分勝手のはき違え。社会性の乏しい子どもと青年の目に余る問題行動。政治も経済も官僚もトップの責任はあいまいで、最近は警察だって不祥事の責任をあいまいにして平気。責任者出て来い!と叫んだ人生幸朗が懐かしい。日本は昔からこんな国だったんだろうか? 子どもは大人の背中を見て育つのだ。 また、小学校では1クラス28名以下、それぞれの子どもに適した教科書を使用し(だから1クラスで4〜5種類の教科書を使用している)、そして、試験も成績表もない。日本では、みんな同じ教科書、テストで評価し、点数の差が人間の差であるかのような感覚を小学生の時から植え付けられているのではないか、「福祉の弊害とな るような平等性の否定が日本の教育にはあるように思います」と千葉さん。「競争原理の下に人の間に差をつけていくという教育方法をとりますと、結果的には平等ではなく、差をつけるという感覚ばかりが訓練されていきます。それぞれが違った教科書を使っているデンマークでは、『AさんはAさんに適した教科書を使っているんだ。BさんにはBさんに適した教科書を使っているんだ』ということを自然のままに理解します。『あの人は出来るからあの本で、あの人は出来ないからこの本を使ってるんだ』という考え方ではなく、『あなたに適した教科書』を使うわけで、そこには『できる、できない』という問題はないのです」(報告書) ● 民主主義支える90%の投票率 ● こうして、デンマークの人たちは、自然に民主主義の原則である「自由」「平等」「博愛」の精神を身に付けていくという。だから、国政選挙は90%近い投票率だし、地方議員の選挙も75%をきったことがない。地方議員は自分達の生活を支えてくれる人たちという意識が強く、議員も住民の意思をくみ取り、特に福祉に関する法案は、超党派、絶対多数あるいは満場一致の形で可決するのがデンマークの政治家の姿勢であり、国民の気質でもあるそうだ。 政治家を信じられない、財界も官僚も信じられないどこかの国とは大違い。福祉大国、生活大国デンマークを支えているのは、民主主義であり、民主主義は教育で支えられている。こうした福祉や教育は当然お金がいる。デンマークでは、国民は50%を越える税金を国民は払う。政治家や官僚を信じない日本では、絶対に高い税金を払いはしないだろう。 だがお金は必要だ。最近、長野県の田中知事が言い出して話題になったが、ヨーロッパで始まった地域通貨などを導入して、地域限定、目的限定で福祉や環境に意識的にお金を使う形でなら、日本人もお金を出すのではないだろうか。教育制度や意識の改革とともに必要な資金を集める方法も考えるべきだろう。 話を元に戻そう。千葉さんの講演のあと、「ハイデと5匹の野豚」の演奏があった。メンバーは女性ひとりに男性5人(ひとりは職員)。年齢も28歳から49歳と幅広い。最初 は やや緊張の面持ちだったメンバーも、徐々に余裕の表情から楽しげな雰囲気へ。会場にいた子どもが舞台に上がり、寝転がって体をスイングさせても、迷惑がりもせず鷹揚に迎え入れる。 数曲演奏後、メンバー紹介と質問タイム。ここで彼らの実生活が垣間見られたのは興味深かった。 「音楽の練習はどれぐらいしますか?」の質問に「全員一緒の稽古は、週に1回。1時間から1時間半」。バンドを組んで10年とか。普段は作業所で鳥の巣箱作り(デンマーク野鳥の会の依頼で、週に100個ぐらい作るという)の人もいれば、ボーカルのラースの仕事は、「キッチンでのコーヒー作り」だとか。休日は何してるの? ドラムのジョニーは、町でトランプやボーリングを。唯一の女性、キーボードのハイデは「休みの日はリラックスしてるよ」。みんな音楽が大好きで、9年間の義務教育のあと、ギターのウッフは2年半、普通の音楽学校に。ジョニーはドラムを習いに5年間夜間学校に。なんとラースは11年間普通の音楽学校に行ったそうだ。もちろん障害者のための音楽学校に通った人も。 デンマークでは、義務教育終了後は教師や医者、弁護士等の専門知識や教育の必要な人のみが高校、大学に進学する。高校へ行くのは40%程度。他の人はめいめい自分の進路や興味に合わせて専門学校へ行く。 ● 友達いっぱい、全部女の子さ ● 「ダンスは好きですか?」の質問に、「相手が女の子だったら大好きさ」「友達はどれぐらいいるの?」「いっぱいいる。全部女の子だよ」。ユーモアたっぷりの受け答えに会場は笑いがいっぱい。 千葉さんが講演で「性の問題は重要です。成人の性を否定してはノーマリゼーションになりません」と話されたが、大らかなのは国民性か、それとも福祉大国のゆとりからくるのだろうか。ある作業所で乱暴な行為の目立つ人がいた。職員が話し合った結果、性のはけ口を知らないからだという結論に達したので、職員が(はけ口の方法を)教えたところ、乱暴な行為がなくなった、という具体例を聞き、もっともな対応だとは思いながら、実際にはなかなか他人がタッチし難い部分だけに、日本ではどうなんだろうと考えさせられた。キーボードのハイデは、婚約者と一緒に一軒家に暮らしているそうだ。 最後は観客の障害児たちも舞台に上がって、おおいに盛り上がった。予定になかったアンコールも「やるよ」とメンバーの判断で急遽決まった。 ● 政治・福祉を自分の事として ● 千葉さんの講演の結び。日本の義務教育の中では競争原理をなくし、思いやりのある人間を作るようにしてほしい。福祉をすすめるためには平等が大切、それにはもっと民主主義を。そして、政治を身近なものに。さらに、福祉を自分の事として考えていくことで、日本はもっといい国になるだろう――と。 福祉を考える事、大切にすることは、障害者だけでなく、私たちみんなの幸せにつながるのだということを、いまさらながら感じた。 千葉さんがバンクミケルセンから直接きいたという、「ノーマリゼーションは、ヒューマリゼーションだ。福祉に方程式はある。もし、自分が障害者(あるいは老人)になった時、どうして欲しいと思うか考えること」という言葉が印象的だった。 |
