[ 目 次 ]      月刊・お好み書き 2001年8月号


昔ながらのこだわりみかん「生産から販売まで」に挑んだ24才

除草剤使わず周りから変人扱い―昔ながらのこだわりみかん

田中 敦子

 みなさん、夏はクーラーの効いた部屋の中でお仕事ですか。この暑い盛りに鈴木洋至さん(24才・和歌山県下津町) はサウナのような戸外で毎日みかん畑の草刈りに追われています。82才のおじいちゃんも、鎌を持って年中 草刈りとか。ご近所の農家からは「薬撒いたら楽やのに」と不思議がられても、あえて「自然」にこだわる鈴木家の方たち。3年前新規就農した洋至さんは、苦労して育てたみかんを理解してくれる人に食べてほしいと宅配便による個人販売を始めました。このことも農協や生協に卸すのが当たり前という農家の常識を打ち破ることだったようです。「ユニクロのように農家も消費者のニーズに応えて変わっていかなければ」と言う彼からの手紙を紹介し、「農家のお仕事」をのぞいてみたいと思います。(田中敦子)


● お好み書き読者さま ●

和歌山県下津町・鈴木洋至(24)

 「自分で作ったミカンは、自身の手で販売したい」と決意したのは、今から3年前のことでした。私は、和歌山県下津町のミカン農家の長男として生まれ、現在24歳になります。高校を卒業後、県立農業大学校へ進学した私は、そこで考え方の原点となる出逢いをします。それは当時約1ヶ月間の梅農家への研修があり、そこで出会った先進農家さんとの出逢いとなります。

「段々畑で出来たみかんを収穫する鈴木洋至さん(24才) 」
(段々畑でできるみかんは太陽の恵みと潮風を受けて甘味と酸味を兼ねそなえている という。写真はすべて鈴木さんのホームページから)

● なぜ味より見た目? ●

 大半の農家では、生産するだけで販売は農協や生協や市場などへ委託するのが当然の事でした。しかしその梅農家では、「生産から販売まで自分自身の手で」ということが"ポリシー"であると、私に語ってくれました。当時の私はそれらの状況に、ただ圧倒されるばかりでした。
 その後農業大学を卒業し、農家を継いだ私の1年目は仕事に慣れるのに精一杯でした。当時我が家は、減農薬や安全性を売りにした組合法人へ出荷する一農家でしたが、1年を通じて仕事をしたことで、様々な疑問や矛盾にぶつかることになります。「減農薬栽培なのに、味より見た目に拘る理由は何か」「除草剤を使わずより安全性を追求しているのに、どうしてその事実が反映されないのか」等があります。


● 数倍の労力も評価得られず ●

 もともと減農薬指向から必要以上の農薬はしないようにと、組合法人で定められている規定以下の農薬量で出荷していたため、見た目はキレイであるとは言えませんでした。また評価の対象とならない「除草剤未使用」を実行していたため、通常の数倍の労力を除草作業に費やしたりと、この様な不器用な経営方針で作ったミカンを卸売り業者へ出荷しても「味は良いが、見た目は悪い」となり、味だけは良い評価を得ていましたが一般的な基準に沿って販売する場合見た目が悪い事が減点の対象となり良い評価が得られませんでした。


● 理解してくれる消費者に ●

 しかし、直接我が家のミカンを食されたことのあるお客様から頂いた評価はそうではないことに気付いたとき、私は『生産から販売まで自分自身の手で』という数年前の言葉が甦ってきたのでした。−そうか! 自分の思いを込めたミカンは、その思いを理解してくれる方々に食べてもらえれば良いんだ。−そう思い立った私は、販売を他に委託するのではなく、自身の手で販売ルートを開拓するという道を選択し、"昔ながらのみかん"が誕生しました。
 現在、農家を取り巻く環境は、決して良いとは言えず、みかん農家も例外ではありません。農業を志す若者は益々減少し、農家を辞めサラリーマンになる人もいました。例えば27歳の友人が農家を辞めた理由はといえば、「農家の良さがわからない。面白くない。今年は豊作年であり収入はきっと赤字。将来的にみても状況が悪くなることはあっても、改善されるとは思えない」とのような理由からでした。
 もし私も自分で販売をしておらずにお客様から「美味しい、もう1箱送ってよ」というお声を頂いたり、「美味しいみかんをありがとう」と書かれた年賀状を頂いたりしていなければ、やり甲斐を見つけられずに彼同様に挫折をしていたのかもしれません。私にとって農業の良さとは、自分の考えたことを全てできる事だと思っています。もちろん結果が出せなければ明日の保障もありませんが、自分の将来を自分自身の手で切り開いていく楽しさだとも思っております。
 私は、最近のインターネット普及に伴いネット販売に興味を持ち昨年からホームページを開設しています。"昔ながらのみかん"の情報を自ら発信し始め楽しみや、様々なものに対する視野が広がったように思います。その1つとして、今パソコンに向かい『月刊お好み書き』の読者の皆様に向けて文章を書いている自分がいます。私にとって日々が新しいことの発見と挑戦です。

すずき ようじ プロフィール
昭和52年1月生まれの24才。趣味はバレーボール。
地域の仲間とチームを作り、毎週月曜日の夜に練習をしている。農業を始めて3年4か月。
消費者の生の声、やりがいを求めて産直。現在はhp(http://www.mikanfarm.com) を作成し、情報の発信もする。休日は彼女と映画や買い物に行くことも。観たい映画は「AI」。




 3年前「お客さんに自分の作ったみかんを直接売りたい」と家族に切り出した洋至さんは「売れたみかんの売上げはみんな僕にちょうだい」と付け加えた。親の畑を手伝って小遣いをもらっている農家の若者が多い中で、このことはかなり変わった申し出だっただろう。まして、農協や生協に卸すのが農家の常識だったので、売れっこないと思った家の人は「もし、お前の方の収入が上回ったら、畑全部をお前にまかそう」と答えたと言う。3年たった今、その彼がすべてをまかされ、全国5、6百件の消費者に除草剤も化学肥料も使わない「昔ながらのみかん」を送っている。


「昔ながらのみかん」の箱を持つ洋至さんの母美恵さん(52才) 。東京の大学を出た後、実家のみかん農家を継いだ。
● ミミズの耕した土はホコホコ ●

 洋至さんの 母 美恵さんはこう言う。「はい、こんなにたくさんの方に買っていただけるとは想像もしませんでした。みなさん、甘いだけじゃなくて、酸味のある懐かしい味がする、と言ってくださるんです。草刈りは大変。近所の人たちには『ちょっとおかしいんと違う?』と言われてます。今の季節、小さい木だとそれより背の高い草がぼうぼう生えてます。そのジャングルの中で、鎌で作業をします。1年中草刈りをしてるみたい。でも、薬の使ってない、ミミズやモグラやヘビに耕してもらった土はホコホコなんです。農薬を使った土はコンクリートみたいにカチカチです。歩くとすぐ分かりますよ」。


● 除草の苦労がわが家の原点 ●

 −環境ホルモンやダイオキシンが話題になっています。ベトナムのベトちゃん、ドクちゃんのことを知ってから家族会議を開きました。収穫量が3、4割減っても、消費者のみなさんと私たち家族の健康のためにも、除草剤を使わずに草むしりをしてミカンを作ろうと決め、今で12年目になる<昔ながらのみかん>です。−
 これは送られてくるみかんの箱の中に入っている一枚の紙に書かれている文章の一部。鈴木家はベトナム戦争で使われた枯葉剤と同じ成分が含まれていると言われている除草剤の使用を中止した。「除草にかかる時間は膨大なものになり、夏場は除草に取りつかれているかのよう。しかし、これがわが家の原点」と洋至さんは言い切る。
 最近彼は1カ月ぶりに同じメンバーで飲みに行った。その中で、みかん農家の後継者5人のうち、2人が栽培をやめていたと言う。そのことについて洋至さんはこうコメントしている。「彼らはみかん農家にとって良かった時を経験しています。しかし、ここ最近は、良い年と悪い年の繰り返し。今年は豊作で悪い年に当たります。一昨年と同じでおそらく前年の3割程度の売上高でしょう、もちろんこれでは経費すら支払い可能かどうか、おそらく無理でしょう。こんな現実が嫌でサラリーマンを選んだようですが、厳しいのはみかん農家だけではなく、お米、お茶等他の農家だって現実は似たような物、もちろんサラリーマンだって、リストラ、ボーナス減、サービス残業等、私には現実はみんな一緒のような気がするのですが。なんにしても2人も同時に止めて、これが現実なんだなって少し寂しくなりました」。


● 消費者のニーズに応えたい ●

 彼は農家自身の意識の改革も必要と思っている。
 「農家は市場への出荷等、販売に力を入れなかった。今も自分の作った商品の説明には全く興味を持っていません。消費者のニーズなどには興味がなく、市場の担当の人、仲買の人の都合の良さに振り回されています。最近の農家の衰退は不況、輸入自由化も原因の一つだとは思いますが、農家自身の意識が20〜30年前から全く変わっていない事が一番の問題だと思います。企業でも体質を変えないところはあかんように、ね。農家もユニクロみたいに消費者のニーズに応えていかなくては」。




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