| ほろよいジャーナル(3) 子らへの不信、レッテル張る“物差し”から 矢野 宏 |
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私が暮らしている兵庫県尼崎では、市内を十二の地区にわけ、それぞれに運動会を行っている。この春、代表になった私の地区でも、小学校のそれとは違って、校区の垣根を超えて各校の児童が集まり、世代を超えて園児や大人たちもたくさん参加してくれた。 子ども会にかかわり始めたのは三年前の春。その十ヵ月前に起きた神戸の児童連続殺傷事件がきっかけだった。地域の誰一人として、少年Aの奇行に気づいていなかったことに対し、疑問と不安を持ったのである。 ひるがえって考えてみた。自分が生活している地域とどれだけつながっているのか、地域の子どもたちを何人知っているのか。たとえば、そのうちの一人がタバコを吸っていたら、注意できるのだろうか――。 そんなとき、カミサンが子ども会の役員を決めるくじを引き当ててきた。「アンタ、暇やろ」と出席させられた役員会で、こんどは私が会長までも引き当てたというわけだ。 さて、地区代表として迎えた初めての運動会。小学校のグラウンドを借りて、二人三脚やかけっこ、綱引き、玉入れなどの競技を行った。そのなかでも人気競技は、やはり各子ども会対抗によるリレーである。 一年生から六年生までの男女十二人が走るのだが、ここでも少子化の波にさらされ、各子ども会からは、「一年の女の子がいない」とか、「うちは五年生の男の子が……」という声がでてくる。そこで、自分より下の学年には走ってもいいとか、四十歳以上のおとうさんは一人ならOKとか、さまざまにルール改正して一チームでも多く出場できるようにするので、毎年大いに盛り上がるのである。 そのリレー決勝。競技のトリということもあって、場内の興奮は最高潮。とりわけ、出場六チームのおかあさんたちからは絶叫に近い歓声が子どもたちの背中に向けられる。 それが原因だった、というわけではないだろうが、思いがけないアクシデントが起きた。ぶっちぎりでトップを走っていた小学三年生の男の子が持っていたバトンを落とし、たちまちビリになってしまったのだ。 「ああっ、あーあ」 断然の優勝候補と目されていただけに、その子ども会の応援席には失望と落胆の声が起きた。 で、結果は四位。みんなが欲しがっていたメダルには、あと一歩届かなかった。 閉会式のあとも、その男の子は幼いながらも責任を感じたのだろう、べそをかいていた。出場した選手たちも、絶対に金メダルを取れると思っていただけに、その鬱憤のはけ口はどうしても、男の子に向けられる。 こうなるとイジメだ。こりゃあいかんと、立ち上がろうとしたとき、リレーの選手だった六年生の女の子がこう尋ねた。 「おっちゃん、バトン落としたことでどれくらいのロスやった?」 「え、たしか十秒もなかったと思うよ」と私。 すると、その女の子はみんなに向かって、こう言ったのだ。 「うちらも悪かったと思うよ。だって、バトン落としたあと、残った六人で二秒ずついつもより早く走れば追いついてたんやから。気持ちのどこかでどうせアカンわって思うてたんやと思う」 意外だった。というのも、いつもはわがままばかり言う子だったから。 その言葉を、応援席にいたちょっぴり不良っぽい女の子が引き取った。 「実はうちもな、これはアカンと思うて、一生懸命、応援せんかってん。ごめんな」 このとき、子どもたちを一つの方向からしか見てこなかった自分に気づかされた。いつのまにか、自分の“ものさし”ではかりきれない子どもたちを“不良”などというレッテルを張って排除しようとしていたのではなかったか。 その夜のビールはうまいなかにも、にがさもちょっぴり感じられたのである。 |
