[ 目 次 ] 月刊・お好み書き 2001年1月号
今どきの学校 38
百舌鳥養護学校分校を存続させて
重度重複障害児も就学の選択肢を |
| 私が大学を出て最初に勤めたのが、百舌鳥養護学校分校でした。しかし昨年堺市は行政見直し計画の中で分校を廃校にすると打ち出したのです。現教職員や保護者の方々はいろんなところに存続を訴えておられます。私も存続を熱望する一人として「ぜひこのお好みでも訴えて」と現職の分校の先生にと声をかけると、快く原稿を書いてくださいました。 (新野貴子) |
● 百舌鳥養護学校分校の歴史 ●
堺市立百舌鳥養護学校分校は、重度重複障害児の就学が免除されていた三○年前に保護者の強い要望により、「あけぼの療育センター」の中に神石小学校養護学級として作られ、その後、近くの「ふじたに池」を埋め立て、そこで神石小学校分校として教育が行われ、当初からタクシー通学が位置づけられていました。そしてこの頃は、神石小学校と同じ給食であったために神石小学校から分校に運ばれてきた給食を、子どもが食べやすいように教職員が細かく切り刻むような再調理を行っていました。分校に通学していた子どもたちは、障害が重複しており、首が座っていなかったり、自分で座れない子どもたちがほとんどで、自分一人で給食を食べられる子どももほとんどいませんでした。
また、この子どもたちの卒業後の進路として作られたのが、神石小学校の卒業生が通う旭中学校の肢体不自由児学級でした。中学校には給食がないので、簡易給食であるパンと牛乳だけというところから始まりました。それも再三に及ぶ堺市との話し合いの中で、配膳室で少しづつ簡単なおかずも作られるようになったのです。
昭和五四年から、すべての子どもたちの就学が義務化になり、近くにある府立堺養護学校にも重度重複障害児が就学できるようになってきました。その結果、『重度重複児の就学を府立堺養護学校に』という指導が、就学指導委員会で積極的に行われるようになり、分校に就学してくる子どもたちの人数が少なくなってきました。
その間、分校では長年保護者から要望が出されていた理学療法士が、昭和六一年に正採用され、養護・訓練の内容も充実してきました。
● 小中一貫の教育へ ●
ところが、突然、平成三年の九月に堺市教育委員会から、神石小学校分校廃校の話が出されたのです。すでに、分校の敷地は、府立和泉養護学校の分教室として使用すると府教育委員会と約束ができていました。しかし、保護者の分校存続の強い声に押されて、堺市教育委員会は、旭中学校肢体不自由学級の施設に給食調理室を造るなど一部改修工事を行い、「堺市大仙中町に神石小学校分校と旭中学校肢体不自由学級を併せて、堺市立百舌鳥養護学校分校を置くものとする」と堺市立学校設置条令を一部改正しました。
この改正の趣旨は、「平成4年1月1日から、神石小学校分校と旭中学校の肢体不自由学級を同一場所で並行して運営しているが、重度肢体不自由及び重複の障害を有する児童・生徒の教育体制の統一と教育の一層の充実を図るため、神石小学校分校を廃止し、これと旭中学校の肢体不自由学級と併せて、現在地で、百舌鳥養護学校分校を設置するものであること。」となっており、平成四年四月一日から施行するものであることとされていました。
百舌鳥養護学校分校に就学する子どもたちは、ますます障害が重度重複化し、すべての場面で介助の手が差し伸べられなければ、一人で座ったり、給食を食べたりできず、健康面にもさまざまな配慮を必要とし、また、医療的ケアを要する子どもたちが増加してきました。そのような中で、堺市教育委員会は、マンツーマン体制になるような教員配置をし、毎年給食についての話し合いの機会をもってくれました。その結果、給食は、子どもたちの状態に合わせて、五段階から六段階(普通食からヨーグルト状食までを細かく6段階に分けている)の調理形態が、調理室で、栄養士と調理員の手で清潔に行われるようになってきました。
百舌鳥養護学校分校となってからは、全国からの養護学校情報も入りやすくなり、積極的に研修会などに参加したり報告する中で、やっと、百舌鳥養護学校分校の名前が知れ渡るようになってきました。現在、十三名の子どもたちが、マンツーマンの教員配置、通学時間が短いタクシー通学、段階調理による給食などの教育条件に支えられて、安全面と健康面にきめ細かく配慮された上で楽しく豊かな教育を受けています。
● 堺市が「分校廃校」の答申 ●
ところが、平成十二年八月八日に堺市教育改革審議会答申で、《分校の近隣に同じ機能をもち、かつ、小・中・高一貫した教育が行われている府立堺養護学校があること、他の子どもたちと触れ合う機会が少ないこと、また、経済性の観点からすみやかに分校の役割を府立堺養護学校に委ねていくべきである。》と出されました。
このような答申が実施されると、毎日、家の玄関から学校の玄関まで、短い時間でタクシー通学している子どもたちは、バス通学となり、バス停まで保護者に車椅子などで連れていってもらい、長い時間をかけて通学しなければならなくなります。 また、府立堺養護学校は、マンモス校であり、子どもの状態に合わせたきめ細かい段階調理は出来ないと言われています。そうすれば、結果的には、在宅となり、訪問教育を受けざるをえなくなってしまいます。保護者は訪問教育を望んではいないのです。登校して先生たちと他の子どもたちとの楽しいあそびを通しての教育を受けることを望んでおられるのです。
平成十二年九月付けで堺市は、「新堺市行政見直し実施計画」を出しました。それには、《十二年度に分校の役割を府立堺養護に委ね廃校することを検討する》とし、《十四年度に小・中・高一貫した教育を実践している府立堺養護学校に分校の役割を委ねることを実施する》と明記しています。
● 『存続させる会』の取り組み ●
百舌鳥養護学校分校の保護者と教職員は、『分校を存続させる会』を十月に作り、今、十万人署名に取り組んでいます。また保護者は、堺市議会に分校の実態と存続を訴えるために連日議員回りをしたり、街頭署名をしてきました。教職員もいろんな団体に署名を訴えたり、毎週一回勤務時間外に職場会議をもち、情報を交換したり街頭に出て署名を行ってきました。
十月三日に文教委員が九名視察に来られました。その後も、いろいろな議員さんが視察に来られています。
十二月議会に向けて、十一月十四日六万五千名分の署名を堺市教育委員会に保護者が提出に行きました。その日の夕方のニュースでも分校が少し紹介され、提出している様子も報道されました。三月議会に向けて、なんとかあと三万五千の署名を集めたいとこれからも頑張っていきます。
[重度重複障害児にとってかけがえのない百舌鳥養護学校を存続させてください]
[重度重複障害児から、就学の選択肢を奪わないでください]
[障害児にとって適正な就学指導を行ってください]
[百舌鳥養護学校分校を、堺市教育委員会は、誇りとすべきであり、廃校にすべきではありません]
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