[ 目 次 ]      月刊・お好み書き 2000年12月号


「アハラン・ワ・サハラン(ようこそ)」
フレンドリーな人達/豊富な観光資源

野の花の国ヨルダンから−下−

 今、ヨルダンは「観光」に力を入れています。野の花の国ヨルダン<上>でお話したように、石油が取れない国であるため、貿易などによる外貨獲得が難しい国であることはご理解いただいたと思います。ところがヨルダンは日本人にはあまり知られていませんが、「観光資源」が豊富にある国なのです。(津田加奈子)


映画『インディージョーンズ3』撮影現場としても
有名なペトラの遺跡。

 例えば、最もポピュラーで日本人好みのところで言えば、世界遺産でもある「ぺトラ」にある古代ナバテア人の残した約2000年前の遺跡。映画「インディジョーンズ3/最後の聖戦」のラストシーンの舞台にもなった所です。また、ヨルダン唯一の海の玄関「アカバ」で楽しむ高級リゾートホテルでのプライベートビーチや紅海沖でのスキューバダイビング。死海でぷかぷか浮かんで、ミネラルたっぷりの泥パックエステ三昧。アラビアのロレンスが愛した、砂漠地帯に突如あらわれるグランドキャニオンに匹敵するワディ・ラムの渓谷で満天の星を満喫しながらのベドウィン(遊牧民)式キャンプ…などなど、観光スポットが国中にあふれています。






□「考古学的遺跡の宝庫」

最近立てられた道しるべ。上は死海、下はキリスト先例の聖地を指す。
 他にもここには書ききれませんが歴史や考古学が好きな人やキリスト教信者にとって非常に興味深い博物館や遺跡がたくさんあり、最近はアラブ近隣諸国からだけでなく、地中海地方、欧米などから多くの観光客がこの国を訪れるようになりました。そして又、人をもてなすことが大好きという国民性も、この国の持つ重要な「観光資源」のひとつかもしれません。 実は日本は、これらヨルダンの「観光分野」に深く関わっています。現在日本政府は「ジョルダン観光施設建設事業実施設計計画調査」をおこなっており、皆さんの税金からなるODA(政府開発援助)予算から、「円借款」(えんしゃっかん:円で貸し付けるローン)としてこのヨルダンの観光分野に援助しようとしています。例えば遺跡・博物館整備や観光地周辺の道路、電気、水道などのインフラ整備も、この分野の協力に含まれています。観光分野が整備され、活性化してくれば、ヨルダンは観光によってさらに外貨を獲得し、自国の経済をまかない、雇用機会を増やすことができて、高い失業率も解消できるであろうということがねらいです。




「イスラエル・パレスチナ衝突事件以後」

 ところが、そんな「アハラン・ワ・サハラン(ようこそ)」の国ヨルダンですが、ヨルダン川をはさんですぐ隣の国で2000年9月28日に勃発したイスラエル・パレスチナ衝突の事件以後、事態はなかなか落ち着きを見せないためその影響を多少とも受けている現状です。ヨルダンはアラブ人国家ですが、民族による人口を厳密に言うと、もともと第一次世界大戦後1921年に成立した現在のヨルダンの前身である「トランス・ヨルダン首長国」時代からヨルダンに住む「ヨルダン人」が30%、その後、第一次大戦中にイギリスが取った「二枚舌外交」に端を発して起こってしまった1948年のパレスチナ戦争(第一次中東戦争:パレスチナ地域で起こるユダヤ人とアラブ人の間で土地をめぐる戦争)の際にユダヤ人に土地を追われて住む所を失ってどっとヨルダン川の東側に移り住んできた「パレスチナ難民」とも呼ばれる「パレスチナ人」が60%という構成で成り立っている国です。



国内に紛争は無いが

 ヨルダンは、比較的国内も安定しており、それほど目立った争いはないものの、元からここにすむ「ヨルダン人」と、後からやってきて。どんどん人口を増していく 「パレスチナ人」とは、仲がいい状態とはいえません。またヨルダンに住むパレスチナ人の中には紛争が起きている西岸地区に親戚がいる人も多く、すぐ隣国で起こっている事態はひとごとではありません。
 このように、ヨルダン国内に紛争はなくとも、近隣がこんな緊迫した状態にある国に、「観光」しに行こうと思う人はおそらく少ないことでしょう。特に今年の夏以来、キャンプ・デイヴィッドなどにおいて和平交渉に積極的に関与しているアメリカは、過激派の反感をいつも、かっているのは事実で、私がヨルダンに滞在期間中も実は、アメリカ合衆国は「ヨルダンは渡航自粛国」と指定し、米国民にヨルダンへの観光は自粛するように注意を促していた、ということを帰国後アメリカ人の友人から知らされました。また、ヨルダンに住む日本人の知人も「毎週行っている教会は、ほぼ8割がアメリカ人であるため、教会に行くのも少し怖いんですよね」というメールをくれました。
 せっかく「観光」というこの国が持つ資源に力をいれて、もっと国を豊かにしていこうという時に「争い」は何かを生み出すのではなく、すべてから奪うことしかしません。イスラエルと国境を接するアラブ3国(ヨルダン・シリア・レバノン)のなかで唯一、イスラエル〜ヨルダンだけは1994年に調印された「平和条約」が有効に働いており、現在のところヨルダン国内にまでイスラエル・パレスチナ衝突が広がるということはなく、普段どおりの生活ができていると現地に住む方々は言っておられ、ひとまずは大丈夫そうです。



平和な日はいつ

 しかし、「私の見てきたすばらしい国ヨルダンを是非皆さん訪れてみてください!」「日本人の皆さん。ヨルダンへ一度観光に行ってみてください! きっと道行くフレンドリーなヨルダン人から、『アハラン・ワ・サハラン』と歓待をうけることまちがいなし!」とお勧めするには、今しばらく中東の様子をうかがう必要があるようです。古くは聖書のアブラハムの時代(紀元前17世紀)に端を発して紀元後2000年の現代にまで影響を及ぼしている、根の深いこの争いの地にいつの日か平和が訪れ、多くの人々がこの地を旅することができる、そのような日がくることをいのりつつ…。 最後に、お世話になったJICAジョルダン事務所の皆様、仕事においてもプライベートにおいても協力していただいたヨルダンの人々、お好み書きの執筆への機会を与えてくださり素敵な編集で記事をつくってくださった田中敦子氏に深謝申し上げます。その他、影で支えてくださった方に言い尽くせない感謝をこめて。(完)

アラビア語のまったく分からない私に親切に教えてくれた近所の小さな先生たち




???アラブ人は???
アラビア数字を使わない!

 私たちが普段何気なく使っている数字が「アラビア数字」と呼ばれるものであることはご存じでしょうか。ところがそれを生み出したアラブ人はインド数字を使っているとしたら驚きじゃあないですか? インドは「ゼロ」を発見したことや数学博士も多くて有名ですが、それではなぜ、そのアラビア数字が世界共通になり、インド数字は漢数字のように独自の文化のみで発達というふうにならなかったのか、とても理解に苦しむところです。インド数字はなぜかアラブ世界共通の数字になってしまったというわけです。

 アラビア数字が世界共通の数字となった現代では、もちろんヨルダンでも私たちが理解することができるアラビア数字も目にしますが、同じぐらい「インド数字」も普段の生活にあふれています。買い物をしていても値札はインド数字ですし、人に電話番号を尋ねてもインド数字でメモしてくれます。文書もアラビア語の正式なものになれば統計資料などの表やグラフもすべてインド数字でかかれていることもあります。




私の選んだヨルダンの家庭料理ベスト3
 
 ヨルダンでの食については前回も少しご紹介しました。アラブ料理はどれもとてもおいしいものですが、やはり家庭料理がなんといっても一番といえるでしょう。今回は私の選んだベスト3についてご紹介します。

第3位:あま〜いデザートのキナーフェ
 第3位はデザートのカナ−フェ。アラブ風チーズケーキです。温かいクリームチーズに砂糖でできたオレンジ色の層がかさなり、ピスタチオがちりばめられているものです。アラブのお菓子の甘さは、はんぱではありません。でも慣れれば結構おいしいものです。


第2位:アカバ湾の魚のオーブン焼き
 第2位はアカバ湾で取れた魚をつかった丸ごと一匹オーブン焼き。首都アンマンではあまり新鮮な魚は食べられませんが、アカバではこのお魚がとってもおいしかったです。やはり魚がいつも身近にある日本人として、ヨルダンでも魚をいただくことができてとてもうれしく思った瞬間でした。


第1位:家庭料理の王様グルーバ!
 そして第1位は・・・家庭料理の王様、「マグルーバ」です。意味は「アップサイドダウン、底をひっくりかえす」という意味。その意味のとおり、これは大きなおなべで作られ、できあがったら、大きなお盆のような皿をおなべにかぶせて「ひっくり返し」、おなべを取って食卓に出されます。とても簡単で豪快な家庭料理です。


 材料は、たまねぎ、なす、カリフラワー、鶏肉、米。まず米以外の材料を切っていためておいて、なべの底に敷き詰め、そのうえから米をいれ、スープを入れ、ぐつぐつと炊いたもの。できあがってひっくり返されたときには、最初にしきつめた鶏肉がトップにくるという簡単な仕掛け。これがまた、米が主食の日本人の口にあうんですよ。これは日本でも材料が手に入り、手軽に作れるものなので、大家族の方にお勧めのアラブ家庭料理です。ちなみに、このマグルーバはヨーグルトをかけて食べるのがアラブ風。しかし日本人にはこれはちょっと抵抗があるかも。



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