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月刊・お好み書き 2000年8月号
7月19日、2千円札が発行された。故小渕首相が第2次改造内閣を発足させた昨年10月、「来る2000年のミレニアムは、2千円札にふさわしい」などと、何やら訳の解らない理由づけをして発表したミレニアム事業の一つ。宮沢蔵相は「諸外国では2のつく単位の紙幣が広く流通している。使いやすい紙幣を出すということだ」と会見したが、発行初日に使えた銀行のATMや駅の券売機、自動販売機などなかった。発行計画が伝えられた当初から、視覚障害者が容易に識別出来るように「長さや幅を、他の紙幣と変えて」との声は上がっていたが、九州・沖縄サミット開催に合わせて製作を急いだ「演出」のために、通し番号が異なって印刷された紙幣が出回るという失態までやってのけた2千円札。「使いやすさ」なんて二の次、三の次じゃないの? 笑福亭伯鶴に、2千円札を斬ってもらった。 (編集部)
聖徳太子の1万円・伊藤博文の千円に代わって、現在の新紙幣が発行される17年前のその日、私は期待に胸を膨らませて銀行へ行った。生来珍しい物好きではあるが、紙幣に“盲人用に識別マーク”が付くという。どんなものか、一刻も早く見てみたい。ところが、期待は一瞬にして打ち破られた。
小学校1年生から点字を使っている私でもどこに付いているのか、薄くてよく解らない。「ここにある」と説明してもらうと、なるほど確かにマークはあるのだが、瞬時に札を見分けるのは不可能に近い。新札でこの状態なのだから、市中に出回った札だと、マークはますます薄くなり、皺になり、なんの役にも立たない。「我が国では視覚障害者の皆様のために、識別マークまで付けていますよ」という、“大蔵省のパフォーマンス”にしか過ぎない代物だった。
当時、毎日新聞社が週刊で発行する点字新聞『点字毎日』などに「解りづらい」という読者の声とともに「おそらく大蔵省や日銀から盲人の誰かに『これで解るか』という打診があったはずだ。いったい誰がこんなものを解ると言ったのだ」という批判の声が多数寄せられていた。
昨年、沖縄サミットを記念して2千円札が発行されるというニュースが流れたとき、私は即座に「迷惑やなあ!」と呟いてしまった。旧紙幣と新紙幣の大きな違いは、新紙幣は縦の長さは同じで、横の長さだけが違う。旧紙幣の場合、縦と横両方の長さが違うので、紙幣を指に挟んで、基準になる紙幣の長さを決めておいて、それよりも長いか短いかで額面が判断できた。この方法だと、釣り銭を見分けるときなどに時間がかからない。また、縦と横の長さが違うのだから札の大きさの違いがはっきりとしている。
ところが新紙幣の場合は、「横の長さしか違わない」から、指に挟むというわけにはいかない。5千円札を基準にして、それよりも長ければ1万円、短ければ千円という見分け方か、新紙幣が出回って20年近くたっているので、手に持ったときの“感触”で判断するしかない。なんにしても、旧紙幣よりは解りづらいことには違いはない。そこへ新しく2千円札が増えるというのだ。“厄介者が一つ増え”てしまうわけである。“迷惑”以外の何物でもない。
とはいうものの、「今までの紙幣のように、ドーナツ型のマークではなく、インクを盛り上げてあるので、断然分かり易くなっている」というニュースが流れていた。前回の経験があるのでさほど期待はしていなかったが、それでも一刻も早く見てみたい。

縦76ミリメートル、横154ミリメートルの2千円札。
5千円札(下)と比べて横が1ミリメートル小さいだけ
7月19日 夜、妻が会社から持って帰ってきてくれた新札を早速触ってみた。やはり大きな“期待をしなくてよかった”。何をもって今までのマークよりも解り易くなっているというのか、私は理解に苦しんだ。これまでのマークよりはややはっきりはしている。はっきりはしているのだが、それはあくまでもテーブルの上へ置いて触ったときのことであって、持ち上げて触るとこれまでの札同様、解らない。
日常生活を考えると、お金の受け渡しは手から手へ渡するわけだから、ほとんどが持ち上げた状態でなされる。テーブルの上に置いて解るようでは、何の意味もない。今度こそ「いったいどこのどいつがこれで解ると言ったのだ」という“囂々たる批判が出る”のは間違いない。月に一度点字毎日に原稿を書いている関係で、編集デスクに問い合わせてみたら「おそらく現在の紙質ではこれ以上どうしようもないと言われたのでしょう」と言うことだった。それはそれで仕方のないことだ。
が、しかし、それならばである。2千円札と5千円札の長さは“1ミリしか違わない”のだ。こんなもの、とっさに見分けられるわけがない。なぜもっと大きく長さを変えないのか。ちょっとそういう心遣いをしてくれれば、よっぽど楽に見分けられるようになるのに。最近あちこちで使われている“バリアフリー”という理念が、いかに“謳い文句だけのもの”であるかが、はっきりと解る。
先天性の疾患で失明する盲人の数は減少する一方で、人生半ばで失明する人が大半の昨今。この問題、ひとごととして見過ごしてはおけない、貴方自身の問題になるかもしれないのですよ。
(笑福亭伯鶴)
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月刊・お好み書き 2000年8月号
