[ 目 次 ] 月刊・お好み書き 2000年7月号
二○○○年六月十二日は、店の定休日であったのですが、テレビ局の方から電話を頂いた。南北の両首脳の歴史的瞬間の日、店を生放送で写したいとのことでした。それも人気番組であるニュースステーションに出るということなので、「エッ? まさかあの有名なニュースステーションに出るなんて!」と、不思議な感じでありました。しかし、一日延期されると聞いて一抹の不安を憶えました。
一九四五年に解放されてやっと、朝鮮が独立するというのも束の間、大国のエゴ(米国と、今はソ連でなくロシアになっていますが)の為、自国の意志とは違って、38度線に、真っ二つに分かれてしまったのです。この事が私達の国にとって大きな不幸の始まりでありました。
それぞれの陣営の代弁者のように、あらゆる対立を引き起こしていったのでした。まずは一九四八、四、三、済州道事件。これは、赤狩りの名のもと、民族的教育者や罪のない者約五万人もの人々が犠牲になったのです。身内の何人かも犠牲になりました。今年になり韓国では、これらの犠牲者の名誉回復が行われ、愛国者として写真もかざられ、慰霊碑も立てられているということです。
そして一九五○年、六月二十五日は朝鮮戦争がぼっ発しました。死傷者一五○万人もの多くの人々が犠牲になりました。のちの軍事政権、四・一九事件、又、光州事件など、あらゆる不幸が、この38度線によって起こってきたといっても、言い過ぎではないと思います。これらの事から、本当に会談は実現するだろうか?会うことが出来るのか?等々の不安が胸をかすめます。
十三日朝、テレビのスイッチを入れると、金大統領が丁度タラップから降りてこられる所でした。下では金正日総書記が迎えられ、二人はガッチリ握手をしたのです! 五十五年の歳月と、多くの人々の犠牲をのりこえて、お二人は手と手をしっかりと握りしめたのです。
私は思わず涙があふれました。すばらしい、人間って捨てたもんじゃない。どんなにこの瞬間を私達多くの人々が待ち望んでいたことか、会えば分かりあえる、同じ歴史を歩み同じ言葉をしゃべり(だから通訳がいりませんでした)同じ食べ物をたべている、同じ同胞なのですから。
在日同胞がなぜこんなに南北の会談を歓喜し、涙するのかというのは、離散家族一千万名とかいいますが、在日同胞は100%離散家族なのです。南北会談を見た瞬間、「…ああこれで、家族に逢える…」。ほとんどの人がそういう思いで見ていたのです。家族の誰かが北もしくは南にいて、自由に逢いに行けないのが実情なのです。
その日のコリアタウンは大変な盛り上がりでした。皆んな、豚肉を持ちよる人、真露、ピョンヤンというお酒を持ってくる人、高らかに民謡を歌う人、隣りの日本のおっちゃんまで出てきて踊るわ踊るわ、興奮がさめやらぬ一日でありました。
二人の握手が二度と離れることことなく統一へと進んでいくことを心から念じています。
南北の手と手のあいだ七千万
*編集部から 在日2世で、創作民話作家でもある「焼肉亭高橋」の高貞子(コウ・チョンジャ)さんに、お店と作家活動でお忙しい合間に、お願いして一文を寄せていただきました。ありがとうございました。
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