[ 目 次 ] 月刊・お好み書き 2000年7月号
男達よ、ダンディに遊べ!!
大阪・ミナミで今月 居酒屋「橋」から、タウン情報誌発刊
その名も「Dandy Town」
|
|
大阪・ミナミ、中央区東心斎橋にある舶来居酒屋、酒館「橋」のマスター尾崎義宗さん(48)がこのほど、スナックやバー、ラウンジなどを紹介するタウン情報誌を発行する。「最近30代 から50代に元気がなさすぎる。ストレスを解消する方法を知ってもらうのが一番の狙い」と言う。尾崎さんと知人のデザイナーら3人によるDTP(デスクトップパブリッシング )製作だが、でっかく4万部でスタート、地下鉄駅で配布したりビジネスホテルに置いたりして浸透させ、界隈の活性化を図る。「何でも手に入る時代、最近の男性は小粋に遊ぶすべを知らない。女の子をエスコート出来ずに引っぱり回されている」と嘆く尾崎さん。7月20日発行予定の創刊号では、「男達よ、ダンディに遊べ!!」と呼びかけている。(取材・磯貝圭子、門田耕作)
|
 |
酒館「橋」から発信される男性向けタウン情報誌「Dandy Town」の試作品。
小粋に遊べるこだわりの店を紹介していく
|
タイトルは「Dandy Town」。「最近の30代から50代の男性は小遣いも減って、昔と比べて外に出にくい状況にあって、元気がなさすぎる。ダンディに遊んでもらえるように」と名付けた。手に取ってもすぐに捨てられてしまう冊子ではなく、ビジネスマンのかばんに入るB5判サイズにした。カラー、見開き8ページで月刊。東心斎橋界隈に数千軒ある店のうち、風俗関係を除いた2000軒余を対象に、毎月約30軒ずつを紹介していく。
30〜50代男性に向け
「女性向けの食べ歩きやグルメタウンの情報誌は多いが、30代から50代の男性向けのは皆無に近く、あえてその一番きついところにターゲットを絞った雑誌を目指す」という。上質のコート紙を使って重量感を持たせ、直接手渡しする。創刊号は4万部を作り、3万部を朝の通勤時間帯に地下鉄駅で配り、残り1万部はビジネスホテルや各店に配布する予定だ。
酒館「橋」は、1960年にオープンした洋風居酒屋。「橋」の名前は先代のマスター、橋本和夫さんの名前から取られている。若者の行き交うヨーロッパ通りを南へ折れ、ラウンジやクラブのネオンきらびやかな玉屋町の一角、ビルの谷間の細い路地を歩くと、半間ほど奥まって、その木製の重厚なドアはある。店舗の入れ替わり激しいミナミの繁華街にあって、40年の歴史のある店内は、昔ながらのバーのスタイルを伝える数少ない空間だ。
数人が座れるカウンターとテーブル席1つだけ。カウンターの向こうに色とりどりの洋酒のボトルが並ぶ。目を引くのは、壁に据え付けられた下駄箱よろしく並んだ木箱の列。かつてはそれぞれに“持ち主”がいて、鍵を持っている常連客だけがそこに、高級ボトルをキープしていた。筆者が通い出した十数年前でも順番待ちが10人や20人はいる、と橋本さんは話していたが、一般客にも“開放”された今も、華やかなりしころのなごりをそのままにとどめ、横に並んだボトル群の明るさと対照的に、木の温もりが落ち着いた雰囲気を醸し出している。
先代の店、開けたい
橋本さんが4年前に68歳で亡くなり、2年前に尾崎さんが後を継いだ。尾崎さんは、橋本さんと家が近所で5歳くらいの子どものころからの付き合い。「橋本さんと懇意にしていた親父が、この店で沈没してたんですわ」「夜の商売に入るとき、ここで初めてお世話になったんです。そのときは厳しくて逃げ出したんですけどね」と懐かしそうに話す。
尾崎さんは大学卒業後、コンピューター業界にいて行政の指導などに回っていた。今も、名刺には「舶来居酒屋通信」と記し、インターネット中心の印刷業務も手がけている。橋本さんの死後、しばらく閉じられたままだった「橋」を再開したのは、サラリーマン時代には常連客であり、古くから親交もあった尾崎さんの「とにかくあの店を開けよう」という熱い思いだった。
最近の男性は元気がない、と嘆く尾崎さんだが、「実際に元気がないのはお店の方」とも言う。景気は一向に上向かず「どの店もしんどい」。付近でも6月だけで6、7軒が店を閉め、家賃の安いところへ移っていくケースは後を絶たない。「元気のあるのは韓国系のお店ばかり…」と舌を巻くが、ここ2、3年、夜遅くになると外国語が飛び交うようになった周辺の環境変化を受け入れ、彼らの商才とも共存していけるのでは、と考えている。
「Dandy Town」創刊のスポンサー探しはままならなかったが、「やってみないと先へ進まない。効果があれば協力者も出てくるだろう。だれかが活を入れていかないと…」と赤字覚悟で、夏休み前の創刊を決断した。
店全体の雰囲気は橋本さんがマスターだった当時とあまり変わらない。カウンターの端に置いてあったジャズを流すためのカセットデッキがデスクトップパソコンに変わったくらい。尾崎さんはここから、新しい「元気」を発信しようとしている。
小粋に、元気に
尾崎さんは言う。「ダンディに遊ぶ、とは小粋に遊ぶこと。どこでも何でも手に入る飽食の時代に、たまにちょっといいものを食べ、いい酒を飲んでみたらどうでしょう」「外で飲んでも家で飲んでも、お酒の中味は同じ。(外で飲む、飲ますということは)普段の生活と違う環境をどう作るか、味をいかに変えるか、なんですよね。その部分がなくなってしまっているのが今です」。お店が素人っぽさを売り物にしたり、客も安さばかりを追い求めている「いまどき」に活を入れようとしているのだろうか。
生前橋本さんは、雑誌の取材で「最近の若い子の印象は?」と聞かれ、「マナーがよくなったかわり、もうひとつ元気がありませんね」「ここ数年でミナミもガラッと変わってしまった。でも時代は流れていくものだから」と答えている(「大阪飲み歩きガイドブック」ナンバー出版、90年)。
尾崎さんの言葉と全く重なるではないか!
時代の変化にちょっと疑問を呈しながら、それでも流れをつかんで、共存していこうとするところは、親子ほどの年齢、頑固おやじとソフトなマスターというイメージ、ジャズのデッキとパソコンというツール…といった違いを越えて、酒館「橋」を愛する気持ちは同じなんだと実感した。
(橋 TEL06・6211・5013)
 |
発行人の尾崎義宗さん。
40年の歴史を持つ「橋」の2代目マスターだ
|
[ 目 次 | 上へ↑ ] 月刊・お好み書き 2000年7月号
|