音楽歴を語る

ここでは誰にでもアルであろう個人的音楽歴を載せて見ました。共感した人、泣いてくれた人、笑えた人、腹がたった人、感想・苦情は掲示板へどうぞ。



幼少時代〜
小学校3〜5年の頃、当時週末はいつも父と釣りに出かけてました。イカダと呼ばれる浮き島みたいなところで船で乗せてもらうので帰りたくても船が迎えに来るまで帰れないのが現状、さすがに朝8:00から釣っているため昼過ぎには飽きて暇になるのがお決まり。その時、いつも持ってきていたのがポケットラジオでした。入る電波と言えばAMしかない。AMと言えば歌謡曲。当時は近藤真彦ことマッチの全盛期。そこでいつも耳にするのは「ギンギラギンにさりげなく」当時僕のチャートの1位でした。その1位は1・2年くらい続いた。マッチのモノマネもマスターと思ったら、これは鶴太郎のモノマネだと気付いてガッカリ(笑)。

一番初めに買ったレコードと言えば
僕の場合は正確に言うと買わされたレコードになるけれど、長渕剛「とんぼ」です。当時僕は小5くらい、中3の兄に無理矢理買わされました、恐喝罪です(笑)。でも、回転数を変えて聞くと面白くてハマっていました。ちょうどこの後、急スピードでレコードからCDに時代は変わり。「とんぼ」のレコードは見事時代に取り残されてしまいました(笑)。

光GENJIブーム到来
ちょうど小6でした。学芸会みたいなので「ガラスの十代」を歌うためにとんぼ返りとバク転をマスターしました。本当に流行って休み時間そこら中でやっていました。お約束で中には無理して腰を折る馬鹿も出てきて学校では禁止令が発令、変な時代だったよ本当に。ジャニーズの曲をテープに取ったりしたのも後にも先にもこれが最初で最後でした。当時もうひとつTM NETWORKが流行っていましたがあまり興味を引きませんでした。

イカ天ブーム到来
中学時代がちょうど全盛期。毎週欠かさず見ていました。たま「さよなら人類」には衝撃を受けましたが、本当にさよならの一発屋でしたね。個人的にはジッタリンジンビギンが好きでしたが、みんな今は何処に?この頃兄がギターをかじり始めてしまいました。隣の部屋から聞こえてくる佐野元春浜田省吾ビートルズ、兄の歌がヒドイのか元曲がひどいのかもちろん前者だったんでしょうね。兄が歌う浜省の「マネー」は10年以上経つのにいまだにこびり付いています、コワッ(笑)。

初めて買った洋楽CDは
何を隠そうMCハマーです。「You Can’t・・・」は今では謎な当時の大ヒット曲。大好きな「元気が出るテレビ」によってダンス甲子園ブーム到来。「メロリンキュー」の山本太郎は生き残ったけれど、大好きだったどすこい同好会は何処に?この頃から受験勉強を初めラジオにかぶりつき洋楽に興味を示すもリンドバーグを好きになる。カラオケブーム到来で、頻繁にカラオケBOXに、当時のレパートリーはブルーハ−ツチャゲ&飛鳥COMPLEXボウイなど実にベーシック。特にチャゲアスの「SAY、YES」武田鉄也の「僕は死にましぇーん・・」モノマネつきで一世風靡(セピア?)する。

ギターを初めて握る
高校に入り、洋楽に目覚める。当時MTVアンプラグドブームでエリック・クラプトンが再注目に。しかし、僕が惚れこんだのは歳を食ったエリックではなく若かりしドミノ&ドレクスとして歌う「レイラ」である。エネルギッシュなギターの出だしシャウトする歌い方。電気走って鳥肌もんでした。兄から偽物エレキを譲り受けたものの、「レイラ」までにたどり着かずに練習用のローリング・ストーンズにハマッテしまいました。お気に入りはそう「サティスファクション」。人前でやって意外と好評もちろんミックのモノマネは欠かせない。邦楽ではB’zMr.Childrenにハマる。しかし、洋楽熱は冷めることなく深夜のワールドチャートと言うUS・UKのチャートTOP40を垂れ流すだけのラジオ番組に夢中になり毎週徹夜。AM2:00〜5:30と言う時間は堪えた。学食の昼食代としての1日600円を100円で済ませ毎週1枚輸入版CDを買うと言う強攻策もやってのけました。バンドは何度か組んだりしたけれどサッカーで忙しくてクビになってばかり。

パンク・ハードロック路線に
移ってしまったのはガンザン・ローゼスに魅了されたところが大きい。「Welcome to jungle」は衝撃的。BONJOVIMR.BIGプリティメイズとバンド世界に浸りっぱなし。ポッと出のDIZZY MIZZ LIZYには驚いたが、やはり長持ちせず。NIRVANAも存在を知った1年後にはああいう結果に。もうちょっとコアな世界パンテラなどにも魅了されるが危ういところで脱出。パンクにもハマる、グリーンデイが始まりだがオフスプリングスにはそうとう入れ込みました。オフスプは今もペースダウンすることなく良い調子。グリは2ndで死んだ(笑)。また初外人コンサートとしてオアシスの初来日コンサートに行く、これがまた良過ぎて感激(ヒデキも?)。後に発売された「Whatever」僕の中で21世紀に残したい名曲入りを果たした。

憧れの音楽業界
で働いたのはわずか半年だけ。上京を夢見て4年目(はじめは、ジュリアナ東京・ボディコン含むを夢見てただけだけど無くなっちゃって夢破れた)、高卒と同じに上京。いろんな人と会えて、いろんな音楽を聴きました。いち時期ボーイズUメンシャイなどのブラックコーラスグループにもどっぷり。ベビーフェイスの楽曲には高得点を。コンサートに数多く行くことになり第2期邦楽時代に突入。ミスチルの虜となる。一番好きな曲は「クラスメイト」なんかリアルで切実に感じる。そしてこの頃あの名曲ウルフルズ「ガッツだぜ!」と出会うのである。「バンザイ」とセットで工藤・上原(巨人)のような2本柱。いまでもこの2本柱は僕のカラオケレパートリーとして健在中。

サントラにハマる
ようになったのはいろいろあって東京を後にして地方の大学に通うようになってから。時間がたくさん取れるようになって映画をたくさん見ていました(今でもかな?)。多い時には1年に100本近く。ビデオも合わせれば300くらいいきそう。サントラにこだわりをもつ。
・・・・つづく