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ニュースで大騒ぎの欠陥マンション問題について
「企業に対して厳格なルールを作れ」とアメリカ国民は教えてくれた

          (ジャーナリスト・マンション問題の市民団体事務局長・根来冬二)

恐ろしや、危ないマンション
 11月末から突如始まった欠陥構造マンション問題の報道は、当初は関東圏の建物だけでしたが、今や全国的な広がりを見せています。あそこにも、こっちにも、いや、大田区から九州、北海道まで至る所に、構造に欠陥のあるマンションは建てられていることが分かってきました。そして、この報道は国交省の対応により、日に日に進展しています。また、新聞、週刊誌等にもたくさん書かれておりますが、本誌では、あまりタイムリーな部分に触れても、本誌が配布された時には結果として過去の問題になりかねませんので、ここでは、じつは、まだまだ紹介されていない「本質的」な問題について、解説させていただきたく思います。

■こうなることは誰もが予測していた
 じつは、構造欠陥マンション問題は、マンションに関わる人々、つまり専門家、市民団体のメンバーなどは、こういう問題があることは以前から散々自治体・政府に指摘してきており、このため、国交省も大田区も前々から知っていたはずの問題なのである。
 にも拘らず彼らはずーっと「知らん顔」を決め込んできていた。自治体で言えば「それは設計屋や施工者の問題であり、有資格者がそんなインチキをするはずがない。万が一インチキでも、自治体はそれを見抜く必要もないし、その権限も与えられていない」と自治体は市民側を怒鳴り散らしてきたのが実態である。

■本当はもっと怖い問題が指摘されていない
 不勉強なマスコミは、今いろいろ書きたてているが、今ひとつ核心に迫れていないのが我々専門家の実感である。
 その問題とは、良識ある専門家及び市民団体側として指摘すれば、マンションの建物の危険は、構造(骨組み等)の欠陥だけではない。別に「施工の欠陥」が山とあるのに、今だ国交省は「ほっかむり」である。これはどういうことかと言うと、構造の欠陥は、ある意味、おおもとの設計図的な問題である。施工は、いくらおおもとの図面が正確に出来ていても、造る段階で、図面どおり造られなければ意味がない、と言うことである。工業製品で言えば、図面がいかに正しくとも、工場のワーカーがいい加減な手抜きをすれば、製品の品質は保てない、と言うことである。例えば、ひと昔まえのアメリカの自動車産業のようなものだ。
 この施工の欠陥は、じつは、マンション倒壊の大きな原因と確実になりうる。その証拠は、阪神淡路大地震では、施工不良のビル・マンションこそがばたばたと倒れているからである。あのセンセーショナルな写真でおなじみの神戸の高速道路も施工の不良が原因だった。図面上は倒れるはずもなかったのである。
 にも拘らず、国交省はこの施工について放置してきた、のが実情、実態なのである。 みなさん、施工の不良が一番こわーいのですよ。

■では何故国交省は有効な手段を放棄したのか
 つまり、構造欠陥マンションは何故建築確認機関のチェックでひっかからなかったのか。これについても、週刊誌等はいろいろ書いてくれている。が、しかし、ずばり核心は、「もともと国交省は意図的に有効なチェックになどしておかなかった」のが事実である。これは専門家なら誰もが周知の事実である。つまり、噛み砕いて言えばここでも「業界の圧力→業界保護」、「消費者、国民無視」なのである。建設業界がやりやすいように、手抜きで儲けやすいように、もともと建築物のチェックシステムはつくられている。
 例えば、ある市民が違法の工事が行われていますよ、と国に告げ口したとする。本来なら国交省の役人が現場に立ち入り、違法を見つけ訂正させる、悪質なものは罰則に従い罰則を与える、または、工事をやり直しさせる、のが常識、当たり前だが、わが国の法はそうなっていない。つまり、他人が他人の土地でどんな建物をつくろうが、自由ではないか。と言うことが基本になっている。つまり、行政は自由に立ち入り検査が出来ないのである(特殊な希な情況でのみできるが)。すべて造ってしまったあとで、つまり、すべて化粧して隠してしまった後で、どうぞ検査しなさい、になっている。
 つまり、ある意味で「泥棒が捕まえられない」ようになっている建築関連法規は、異常ではないのか。それなら法などいらないではないか。じつは、土壌汚染でも、環境でも関連法は皆そうなっていた。オオタカを守る、としながらも環境庁のつくった法律には罰則がない。つまり、開発で業者がオオタカを追いやっても、驚くことに、強制力をもって中止させられないのである。みなさんこの馬鹿げた事実を知っていますか。

■では、欧米はどうなっているのか
 ひよっとしたら、どこの国もそうなっているのかも知れない。筆者は望みすぎなのか、そう考えたことがある。そこで、じつは、筆者は大金を投じて、アメリカに行きアメリカではどうなっているのかを調べた。すると、アメリカでは工事中には、何時でも官憲(専門係員)が建物を調べる、工事の立ち入り検査が出来る、ようになっていた。これは「当たり前の、当たり前以前」の話ではないのか。それが出来ない日本国はゆがんだ業界保護国であろう。
 余談だがアメリカは最近国際関係ではその政策は「いかがなもか」と言う感じだが、自国の国民に対してはすばらしい民主主義を取っている。この建築の例ひとつを
取り上げてみても、そのことが良く分かっていただけると思う。

■ゆがんだ民主主義の国に未来はなし
 さて、このゆがんだ国の建築マンション問題をどう是正すればいいのか。答えは、ずばり「専門官」が自由に建物の検査を出来る、法とシステムを作れば良いだけの話である。そして、きちんとした罰則も、であろう。つまり、きちんとした取締りの法律をつくればいいだけの話なのだ。
 そして、アメリカでは、国民たちはこう言い切る、「企業は、本来営利が目的である。そうであれば営利のためには時には何でもすることになる、これは当たり前のことである。それなら、この営利のために何でもする組織に対して、国民、国側は、厳格なルールをつくってやればいいのである」−−−−−いやー何とも素晴らしいではないか。進んでいますね。私たちは彼らから学ぶことはまだまだ沢山あります。       
★2006年1月号★